017-4/5-デンジャラス前席
怪奇部は篠原瑞季の兄が在籍していた部活であり、その目的は怪奇現象の調査である。名前も目的も胡乱な部活だが、何故か現在も存続している。
彼女はその部活が具体的に何をしていたのか知らない。兄は「自分の目で確かめた方が面白い」と言って教えてくれなかった。しかし中学生の頃に一度だけ、その部室に積み上げられた金庫の内に眠るものを見せてもらったことがある。彼女はそれに強く惹きこまれた。だから、昨年度で高校を去った兄と入れ替わる形で彼女は怪奇部に入部した。
彼女にとって問題だったのは、昨年度の卒業によって怪奇部の部員がゼロになっていたことであった。幸い兄が学校側と掛け合って廃部にはなっていなかったが、その存続も今学期中に部員を4人以上揃えることが条件となっていた。
とりあえず昨日、その4人は揃った。篠原瑞季自身。彼女の幼馴染である森屋篤志。登校初日に怪奇部部室で出会い、勧誘に応じた求遠路八穂。そして八穂が勧誘してきた幽霊部員。
「何よそれっ」
瑞季は苛立ち紛れに金庫を蹴り付けた。その暴挙を篤志が諌めようとする。
「おい。それも一応部の備品じゃ」
「最初から幽霊部員って、ふざけるのもいい加減にしろっ」
ゲシゲシと何度も蹴り付ける。
放課後。瑞季と篤志は怪奇部の部室にいた。
瑞季はその幽霊部員が大いに気に食わなかった。怪奇部は確かに名前からして不真面目な印象を与えるが、初めから幽霊部員になるつもりで入るのは馬鹿にしすぎている。特に、怪奇部に対し別段の憧憬を抱いている瑞季にとっては看過できないことであった。
瑞季は、その幽霊部員を八穂に連れてこさせて、この世界の道理というものを説教した後に入部届けを叩き返してやろうと考えていた。幽霊部員の教室に殴りこむのも一つの手だったが、他の生徒もいるし、第一こっちから足を運んでやるのも何だか悔しい。なので瑞季は篤志と共に部室でその幽霊部員を待ち構えていた。
八穂には放課後になったらすぐに連れて来るようにと言ってあるのだが、終業のHRが終わってから部室に直行した瑞季はかれこれ30分も待っている。
「遅っそーーいっ!」
瑞季は感情に任せて金庫を蹴り付ける。バンッ、と金属が破断するような音がした。
「ギャア」
品の無い叫びを上げると、瑞季は床の上にうずくまる。どうやら当たり所が悪かったらしい。彼女がつま先をなでながら、うー、うー、と低く呻っていると部室の戸が開いた。
そこには八穂と件の幽霊部員――ソウがいた。八穂は冷淡にも思える視線を、ソウは珍獣を発見したような視線を、それぞれ瑞季に向けて沈黙している。
「お、遅かったわね」
頬を赤らめながら瑞季は立ち上がる。
「クラスメイトが危うく飛び降り自殺をするところだった。その関係で少々遅れた」
「じさ・・・・・・」
八穂の発言に瑞季は絶句する。ソウが口を挟む。
「このことは他言無用のはずだろう。まあ、そのうち何処かから情報は漏れるのだろうが。ところで俺に何の用だ?」
「そ、そうよ!自殺未遂よりも、いや、そっちの方が大変だけど、とにかく!私たちにとっては自殺未遂の話よりも先にするべきことがある。あなた!」
ずびしっ、とソウを指差す。
「何よ、部に入るから幽霊部員にしてくれって。馬鹿にするにもほどがあるわ!世の中にはあなたみたいに怠惰に生きる人間だけで成立しているわけじゃない。熱中することを見つけて、それにこだわりを持って、技能を磨いて高めようとする向上心のある人も沢山いる。別に怠惰に生きることをやめろとは言わないわ。けどそ努力する人たちを馬鹿にするような真似は許せない。あなたは」
「ちょっと待て。結局、幽霊部員であることは認められないということか?」
「その通りよ」
ソウは頭を軽く掻きながら、はあー、とそこそこ深く溜息を吐く。その態度を見て瑞季が表情をより一層不愉快なものにする。
「ああ、悪い。馬鹿にしたつもりは無いんだ。動機はどうであれ入部がふいになってがっかりしただけだ。退部するにはどうすればいい?」
「まだ入部届けは提出していない」
ソウの問いに瑞季ではなく八穂が答える。
「なら入部届けは適当に処分しておいてくれ」
「分かったわ」
瑞季はそう言ってから、はあぁぁーー、とやたらと深く溜息を吐いて当て付けにする。彼女の説教をぶった切って平然と部を去るとは少々意外であったが、結末だけは目論見どおりであった。
「向上心や努力を否定するつもりは無い。ただ、俺は怠惰でありたかっただけだ。今のところ入れ込める部活動も無いしな。邪魔したな」
ソウはそう言うと瑞季に背中を向けた。
が。
唐突に彼は振り返るり、瑞季の顔の横に右手を突き出す。その手は黒く変色していた。
異色の右手、その握り込んだ内から黒い煙が立ち上る。
ソウはやや声量を大きくして言う。
「ここから逃げろ」
瑞季は彼の言葉の意味を明確に理解する前に、背後から与えられた衝撃で気を失った。