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13/26

013-3/26--->3/31-春と組織と夫の帰還

 3/26 春望




 ふと、空気が暖かいな、とユーメイは思った。

 ここ数週間は、自分の感情や時間感覚を鈍磨させていた。むろん最低限の警戒は怠っていなかったが、外界に対する思考が機械的になるのは避けられなかった。

 窓を開ける。どこから飛んできたのか桜の花弁が一枚、風に乗って吹き込んできた。

 季節に対する感嘆や感動といった種類の感情が、ずいぶんと錆付いていたことを意識させられる。春がここまでやってくるまでその存在を深く意識することは無かった。

 布団の上で眠るソウの肉体を見遣る。

 さして心配する要素は無いはずだ。時折連絡を取っているし、状況の理解も出来ている。そもそも本当に危険ならばソウはここまで積極的に関与しない。彼は勇敢でも無謀でもない。分かってはいるのだ。だが、しかし――。

 ユーメイは何か呟いた。誰にも届かないほどに小さな声で。




 3/27 後事の処理




「いいザマだな。いっそこのまま永眠してくれるとありがたい」

 その女は布団で眠るソウの肉体を見ると、嗤いらしきものを微かに浮かべてそう言った。ひどく威圧的な印象の女だった。容姿は若く美しく、着ているものもシンプルなパンツスーツだ。しかし挙措や発言の端々から、異常なまでの自信と攻撃性が滲んでいる。

「先程説明したように、異世界で回収した意識の誘導はこの精霊に頼んであります。回収のために送り込む人員の意識の誘導も可能です」

 ユーメイはパソコンのモニタに映る、長い黒髪で顔面が隠された女の姿をした精霊を手で示す。ソウに視線を向けていた威圧的な女はその精霊を見て顔をしかめた。

「おいおいおい。いくら毒気が抜けたからって、こんなのを使役しているのかよ」

 精霊は「阿ー宇ー」と低く呻いている。

「向こうに送り込んだ人員の意識が宿る肉体についても用意ができています」

「狭間に立つもの、だったか?」

「はい。彼女と交渉をして、極めて性能の高い肉体を提供してもらいました。その性能についてはソウが実際に使用して確認済みです」

「ずいぶんと用意がいいな」

 女はソウの横で胡坐をかく。

「まあ、この件に関してはこっちも色々と対策に悩んでいたところだ。その提案には乗らせてもらう」

「ずいぶんとあっさり引き受けるのですね。ソウは懸念していましたが」

「こいつには少しばかり厳しくしているからな。気に入らないし」

 女はソウの頬に向けて指を伸ばしたが、横からユーメイに腕をつかまれ阻止される。

「一緒にやるか?」

「断ります」

 女はあっさりと手を引いた。

「こいつは鼻歌交じりでやってのけたのだろうが、自分の意識を肉体から剥離させるだけじゃなく、それを異世界間で行き来させるなんて離れ業が出来る人材は本当に稀なんだ。五行機関ごぎょうきかんにだってそんな人間は数人しかいない。簡単に投入できるやつらじゃないし、投入したとしても必要な人数には足りない。その問題が解決できるのなら精霊の手を借りるのもやぶさかじゃないさ」

 女は機密度の高い情報を平然と喋る。

「まあ、あとはこっちと向こうをつなぐ通路をここを除いて潰して、それから適当な人員を送って意識の回収を完了すれば終わりだな。そういえば、向こうの世界はどんな感じなんだ?」

「異世界から召喚された勇者が、魔王と戦う世界なのだそうです」

「所詮はゲームから生じた世界といったところか」

「そうですね。ただ、ゲームほど健全ではないようです。勇者は富や名誉を与えられ、美しい女性をあてがわれます。権力の中枢では卑劣な陰謀が横行し、社会には理不尽な差別が根付いている。ソウは『この世界は腐っている』と言っていました」

「そりゃあ何とも世知辛いな。まあ、それなりに腐っているのはこっちも同じことだが」




 3/28--->3/30 勇者の帰還




 管理人の甥は3月28日深夜に目覚めた。目覚めた際に「またこのつまらない世界で生きなければならないのか」と言い、そして深く嘆息した。

 後に彼は高い学歴を積み、議員選挙に立候補。クリーンで信頼感のある言動が好印象であったらしく当選した。その20年後、空前の汚職事件が発覚し逮捕され、殺人教唆や婦女暴行の罪状も加えられ死刑となる。

 かもしれないし、そうじゃないかもしれない。




 3/31 そして訪れる危機




 ソウが目覚めると、かなりの至近距離にユーメイがいた。顔と顔を近づけ、その距離は約一センチ。

「何をしているんだ?」

「いえ。特に深い理由はありません」

 顔を離すと、微笑みながらユーメイは言う。

「お帰りなさい」




 その後、Jタワー1301号室に帰還した。一ヶ月近く空けていたため、薄く埃が積もっている箇所もある。掃除が必要だろう。

「これでまた、日常に戻ったわけだな」

「そうで――」

 ユーメイは言葉を切った。

「ソウ。私たちは、とても大切なことを忘れています」

「何だ?」

「明日、高校の入学式です」




様々な謎を投げっぱなしにして、学校へ。

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