011-3/5--->3/25-残された人
従来の方向性を逸脱し始めたので、紹介文を微妙に変更。
3/5 わっかの人、再び
「ビデオテープとビデオデッキ。それとケーブル?」
「はい。お願いします」
管理人はユーメイからの頼みを果たすために、ユーメイたちの部屋を訪れた。1301と番号が打たれた扉を合鍵で開け、玄関を通り過ぎリビングに向かう。部屋の一隅、ビデオデッキの載っている棚の中に、一本だけビデオテープが置かれていた。
「これね」
管理人はユーメイに頼まれていた通り、ビデオテープとビデオデッキ、それからビデオデッキに付随していたケーブル類全てを持ち出す。
「こんなもの何に使うんだろう。うっ」
ぞくり、と不意に寒気が背筋を走った。管理人は曖昧模糊とした不安を抱きつつも、持ち出した品々をユーメイの元へと運んだ。
管理人からビデオテープなどを受け取ったユーメイは、ビデオデッキをパソコンと接続し始めた。慣れない様子で試行錯誤しつつ、作業を完了する。
その間、AV機器に関する知識が乏しい管理人は特にやることも無くユーメイの作業を傍観していた。しかし先程から続いている不鮮明な不安が、何故か徐々に増大していく。
ユーメイはビデオデッキの電源を入れ、ビデオテープを挿入する。そして異常事態が発生した。
「唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖」
脳髄を蛆が這い回るような、狂い果てた声がした。
「ひっ」
管理人は喉が痙攣したような声を短く漏らし、こてんと腰を抜かす。彼女の目の前では、パソコンの電源が勝手に入り、モニタが何か黒っぽい映像を表示する。
管理人は、その黒っぽいものが長すぎる黒髪で顔が覆い隠された人間だと気付いた。左右に揺れる髪の毛の隙間から、その顔が僅かにのぞく。
「ひぎゃ」
管理人、気絶。
30分後、管理人は何とも形容しがたい夢から醒めた。部屋を見回すが、特に異常は見受けられない。ソウが布団で眠り、その傍らでユーメイが読書をしている。
そして、パソコンにはビデオデッキが接続されている。
「あ、ああ、あの」
管理人はユーメイに声を掛けた。ユーメイは本を閉じつつ訊ねる。
「何ですか?」
「さっき、パソコンの画面に、変なモノが」
「ビデオテープの精霊のことですか?」
「精霊?怨霊じゃなくて?」
「鋭いですね。元怨霊です」
「何て物を運ばせるんですか!」
管理人は、ちょっと人を信じられなくなった。
3/6--->3/25 決意するということ
それ以降は静かなものであった。
ソウが意識を異世界に飛ばしてから、ユーメイは管理人の甥の家に寝泊りしていた。ソウの肉体は管理人の甥の部屋で布団に寝かされて、点滴で栄養を送られている。
ユーメイは食事や風呂など必要な場合を除いては、出来る限りソウの傍にいた。昼間は読書をして時間を潰し、夜間はソウの横に布団を敷いて眠る。
基本的に、彼女は単調で平坦な日々を過ごしていた。時折、管理人などが様子見に来るが、ユーメイは無難に対応するだけで賑やかに語らうわけではない。
彼女の周囲には重苦しくも空虚でもない、草花にも似たごく自然な静寂があった。