深夜のインターホン
何となくだが、やらかしてしまった感はあった。深夜2時過ぎ、インターホンが鳴った。数秒後、連打、さらにドアをたたく音、続いて、玄関のドアノブを握ってガチャガチャ揺らす音。
ドアの向こうの訪問者は、怒りにくるっていることは想像できた。
ドアのカギはおそらくかけてあったと思う。
出たくない。やり過ごそう。早く行ってくれ・・・
数秒、鳴りやんで、やっと去ったかと思うと、また連打が続く。さらに、ドアをたたく音。
まだ、いるのか、しつこい。
何があっても、直接、会って、苦情をぶちまけたいということだろうか。
翌朝、管理会社を介して、伝えればいいではないか。以前そうしていたように。
今回はよっぽど、頭に来たのだろうか。
そんなふうにして、断続的なインターホンの連打が続き、気付けば、30分経っていた。ついに、自分の部屋に戻っていったようだ。
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3カ月ほど前だろうか。アパートの2階のある部屋に住む安藤は、夜22時~23時にアプリを使って、週3回ペースで、筋トレをする習慣があった。筋トレにはジャンピングジャック、椅子の昇り降り運動、ハイニーなど床に刺激を与える運動も含まれていた。それが下の階に響いたのだろう。筋トレ開始した直後、床がドカンと揺れる音がした。床というより下の階の天井だ。下の階の人間が天井に何かをぶつけているのだろう。
鉄アレイでもぶつけて居るかのような、破壊的な衝撃音が数回続く。相手の怒りに満ちているのは想像できた。そして、翌日、管理会社を通して、苦情の連絡があった。
筋トレ自体はアパートに引っ越してきて半年ぐらいは続けていたが、それまでは苦情などなかった。その当時は、空き部屋だったのか、あるいは、最近引っ越してきた住人が神経質なのか。
いずれにせよ、苦情の連絡があってからは、筋トレは中止していた。
しかし、その夜、在宅の仕事が深夜まで続き、かなりイライラしていたこともあって、深夜2時ごろに音を立てて部屋の中を歩いてしまった。そして、躓いて転倒し、床に派手な衝撃を与えてしまった。
嫌な予感がした。階下の天井をたたく衝撃音はなかったが、かわりにインターホンが鳴ったというわけだ
。
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約30分間、インターホンを連打する音、ドアを叩く音、ドアレバーをガチャガチャ動かす音が続いたのちは、静寂が戻ったが、その30分後に、再び、インターホンが鳴った。また始める気か、何という執念深さ。
幸い、2ラウンド目は数分で終わったが、その夜は恐怖で朝まで一睡もできなかった。
こちらの顔は相手にバレていないはず。部屋を出るところを見られなければ問題ない。
その朝、出勤のために家を出るときは、細心の注意を払うことにした。出勤時間を通常より10分遅らせた。
玄関のドアをゆっくりと開けて、周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、素早く外に出て、鍵をかけ、廊下の先に目を向けたときだった。
相手が立っていた。長髪を金色に染めた長身の若者がこちらを睨みつけている。
「おい、あんた、昨日の夜、何してたんだ。深夜に、どかどか、床を揺らすなよ、バカ!、おまけに居留守まで使いやがって。」
相手は指を鳴らしながら、安藤の方へと向かってきた。安藤は恐怖で冷静さを失い、とっさに嘘をついてしまった。
「え? 昨日の夜ですか? 私、今、帰宅したところですけど。夜勤だったんで。」
「はあ?」
「床が揺れたって、それ間違いないんですか。」
「ああ。確かだよ。」
安藤はドアレバーを捻りながらつぶやいた。
「鍵は閉まっているようですけど・・・」
「え?本当にあんた、いなかったのか?」
「なんか、怖くなってきましたね。もしかしたら誰かがまだ部屋にいるかもしれません・・・念のため、警察を呼んだほうがいいのでしょうか・・・」
安藤はスマホを操作して警察と話すふりをした。
「あの・・・、今、帰宅してですね。部屋に誰かがいるかもしれないんですよ。それで、私が入る前に調べてもらえないでしょうか・・・ええ、あ、はい・・・」
安藤は相手を振り返って言った。
「警察が来てくれるみたいです。あなたも一緒に確認しますか。」
「もういいよ。こっちはこれから仕事だし・・・」
相手は去っていった。
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相手が気持ち悪がっているのが表情からわかった。上手くやれば、神経質な上に喧嘩っ早い、めざわりな住人を追い出せるかもしれない。
安藤は深夜に部屋を真っ暗にして、車を持ちだし、出かけたふりをして、こっそり部屋に戻り、飛び跳ねて床をたたき、相手がインターホンを鳴らしても無視する、というのを数回繰り返した。相手は、気持ち悪がって引っ越していった。
その後は、筋トレも思う存分できるようになった。
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その2か月後、天井の衝撃で目が覚めた。間違いない、上の3階の部屋で誰かが床を思いっきり踏みつけているのだ。深夜3時、熟睡していても目が覚めるぐらいの衝撃音が1時間も続いた。
階下からの苦情の心配はなくなった代わりに、上階からの迷惑行為に襲われるとは・・・
しかし、これは酷い。時間帯にしても、長さにしても、衝撃の大きさにしても、嫌がらせとしか思えないレベルだ。
安藤はさすがに起き上がって、階段を上り、上の部屋まで行って、インターホンを鳴らした。
深夜にインターホンを鳴らされる方の恐怖も味わった身であるが躊躇しなかった。むしろ、相手に警告を与えるという意味ではそれだけ効果があるとも言えるのだ。
数回、鳴らしたが、返答はなかった。レバーを捻ったが鍵がかかっているようだった。だんだん腹が立ってきてインターホンを連打して、ドアをたたいた。
出てくる気はないのだろう。数分間、粘ったが、面倒になって、そのまま部屋に戻った。部屋に戻ると、天井の衝撃は止んでいた。
安藤は次の日に管理会社に苦情を伝えた。ところが、その返答は意外なものだった。
「上の階というと306号室ですか?今は空き家になっていますね。」
「え?確かに、目が覚めるほどの大きな衝撃音が天井からしたのですが。しかも、1時間、続いたのですよ。」
「そんなはずはないですね。もう少しだけ、様子を見られてはどうでしょうか?」
安藤は腑に落ちなかったが、しぶしぶ電話を切った。
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しかし、週に2~3日のペースでその現象は続いた。起きる日は不規則だった。
2時から4時ぐらいに、1時間ほど、天井が衝撃音ともに揺れる。上階で誰かが飛び跳ねているか、堅い物で床を叩いているとしか思えない。
アパートの外に出て、その部屋の窓を眺めてみたが、明かりは点いていない。カーテンもないので、確かに空き家なのだろう。暗くなってから帰宅するときにその窓を見ても明かりが点いていたことは一度もなかった。
仕掛けとして、306号室のドアの隙間に目立たない、小さな紙切れをはさんでおいて、毎日確認した。しかし、その紙切れが落ちていることはなかった。
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誰もいないはずの部屋から、音がする。自分は頭がおかしいと思われるのではないか。そんな気まずさもあったが、やはり納得がいかなかったので、2週間後に管理会社に連絡した。
「はやり、天井で誰かが飛び跳ねる音が続いています。間違いなく、上の階に誰かいると思います。」
「そんなはずはないと思うのですが・・・。1カ月ちょっと前に部屋の下見のため、不動産屋が鍵を開けたのですが、それ以来は鍵がかかったままですね。ご納得いただくためにも、中を確認してみましょうか?」
翌日、管理会社立ち合いのもと、部屋の中に入る約束をした。
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「ドアの鍵は確かに閉まっていますね。」
管理会社の職員が306号室の鍵を開けて部屋の中に入り、安藤もそれに続いた。職員が部屋の中のトイレ、浴室、洗面所、クローゼット、台所下など、すべての扉を隈なく開けて中を調べた。
「はやり誰もいないようですよ・・・窓だって鍵が閉まっていますし。まあ、3階なので、ここまでよじ登るのは無理に近いですねがね。」
その日、安藤はアパートを引き払うことに決めた。
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安藤の住む206号室の真下、106号室に住む木田は、同じアパートの307号室に住む知り合いの三上に挨拶をしていた。
「おれ、このアパート出ることにしたわ。きもちわりーことがあってさ。」
木田は事情を話した。三上は怪訝そうな顔をして言った。
「そんなことあるか?絶対そいつ、嘘ついてるだろう・・・いいこと思いついた。お前、306号室に引っ越したらどうだ。立場逆転だ。」
「お前、知ってるだろう。おれ上階は苦手なんだよ。」
「そうだったな。でも、住まなくてもいいんだよ。」
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木田は「部屋を変えたい」と不動産屋に伝え、空き部屋になっている306号室を下見させてほしいと言った。
不動産屋の担当者が部屋の中を案内して周り、背を向けた時に木田はこっそりと窓のクレセント錠のレバーを下に回した。担当者は気付かずに木田とともに部屋を出てドアに鍵をかけた。
翌日、木田は不動産屋にアパートの部屋を引き払うことを伝えた。
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3日後に、三上は計画を実行した。
まずは、307号室から306号室にベランダをつたって移動する。ベランダの間には壁があるため、隣へ移動するには、一旦、手すりを乗り越えて、ベランダの外側をつたって移動する必要がある。落下のリスクがあるが、とび職の経験がある三上は命綱を付けながら、抵抗なく移動した。
そうやって、深夜に自分の部屋から窓の鍵の開いた306号室に侵入すると、飛び跳ねて、床に衝撃を与え続けた。
下の階の安藤が耐えかねて、インターホンを鳴らしにくるが、もちろん出たりしない。
いずれは、管理人が部屋に入って、確認に来るという可能性も考えて、細工をしておいた。
窓枠についているクレセント錠の取っ手部分と玄関のドアのレバーの取っ手を糸で結びつける。ドアが開けられる際にレバーが動くと窓に鍵がかかるような仕掛けになっている。玄関の郵便受けの中には巻き尺を改造したゼンマイ仕掛けを入れている。それによって、糸は回収され、部屋には痕跡が残らない。
窓に鍵がかかってしまえば、それまでだが、すでに下の階の小癪な住人に十分な恐怖を与えることはできたのだろう。恐怖の倍返しである。




