34話:時の止まった場所
調査のための準備とは言っても、食料を準備するくらいだ。
この状況では満足な補給は期待できない。錬金台や鍛冶道具も無いからだ。薬の補給は家やセーフハウスに寄れば問題無い……と思うが装備の大規模な修繕はできない。
つまり戦闘は最小限で、様子を見てすぐ帰る事になるだろう。
「幸いモンスターが居るようには見えないのが幸いかな」
凍土なんかに居るセンヒョウコウすら逃げ出す低温なのだから、碌に生物が居るかどうかすら怪しい。あくまで予想だが意外とすんなりいけるのではなかろうか。
あくまでも予想、できる限りの準備はさせてもらおう。
「師匠、まだまだ未熟ですが良ければこれを」
「おっと、エリカちゃん……せっかく弟子にしたのにあまり教えてあげられなくてごめんなさいね」
「いえ!貰った教科書で自主練してるので!師匠の素材や錬金台は運び込んであります」
「本当に助かったわ。セーフハウスにある薬は保存容器に入れてない物は凍ってると思うから」
渡された木箱には様々な錬金薬が入っていた。何時も使っている回復薬や疲労回復薬の他にも冷気耐性薬等も入っている。
いくらレシピや注意点などを書いた教科書を渡していたとはいえ、たった1か月ちょっと錬金術を学んだだけでは難しかったはずだ。
「この戦いが終わったらもっと時間を取るわ」
「ありがとうございます!師匠!」
こんな過酷な環境でこれだけ揃えるのはかなり大変だっただろうに……。
「ありがたく使わせてもらうわね」
薬はこれで少し余裕が出た。錬金台があればある程度装備の修繕も可能だろう。
とは言え、無茶は禁物だから慎重に行くけれど。
白蓮は兎も角八重はそれなりに着かれてると思うから、今日はゆっくり行って北部の森のセーフハウスで夜を明かしてから天氷山へ向かうとしよう。
「そろそろ行くわね、村のみんなをお願い」
「はい、ハンターさんもご武運を」
「今回はただの調査よ。すぐ戻るから安心して」
弟子の成長を見れないと言うのは……ちょっと悲しいな。
荷物を纏め、八重に載せる。荷車は繋げないので一泊二日できる程度の食料や薬の他か簡単な整備道具を持って行く。
今日はセーフハウスに泊まるつもりなのでさほど食料は気にしなくても良いだろう。保存容器の中に入れているから凍ってる心配も無いはずだ。
「八重大丈夫?重くない?」
「クルルゥ!」
「疲れてるかもしれないけど、よろしくね」
八重に保険でもう1つ耐冷気の羽根飾りを付けておく。すでにつけているのを合わせれば2つになるな。
あの天氷山がどれほどの極低温空間になっているか分からない。なるべく耐えられるようにしなければ。
「白蓮は、ずっと寝てたけど大丈夫?それにこれからもっと寒くなるけど平気?」
『問題ない。だが、保険にその指輪と同じものを貰いたい』
「分かったわ。一応白蓮用のも作っていたし、渡しておくわね」
『助かる』
多分寒さ対策と言うよりは、氷属性攻撃に対する対策で持っておきたいという事なのかな。
「さぁ、行くわよ二人とも」
「クックー」
『了解した』
改めて天氷山とその周辺の事を語ろう。
とは言え、語れる事は何もないと言って良い。そもそも天氷山と周辺地域は今の人類の未開の地である。ただでさえ山越えとは前世の地球でも生半可な覚悟と準備では死人が出るのだ。それに屈強なモンスターが出るともなればかなり難しいものとなるだろう。
中でも天氷山とその周辺は様々な生態系が築かれていると記録されている。豊かな恵みと、山々の間を流れる渓流、そこに住まう多種多様な生き物たち。かつて調査のために訪れたギルドの調査団の記録ではそうなっている。まさか赴任地周辺の情報を調べたことがこんな形で役に立つとは思っていなかったが。
ここには大自然がある。そのままの形で山々には残っていた。草を食む草食獣、や木々に止まって今にも飛び立ちそうな小鳥。獲物を追う肉食の地竜種の群れと、追われる被捕食者の小型地獣種。
その全てが停止した状態でここにある。
まるで時が止まったかのように凍り付いているのだ。生物の気配が……いや、命の灯火が一切無く、文字通り冷凍庫や北極圏の中にいる様な気分だ。北極圏との違いは北極圏には生命が存在し、そこに適応した生物が居るがここには居ないことだな。
ある意味で芸術的で美しく。そして生命の失われた恐ろしい光景だ。
「……急ぎましょう」
この景色が何処まで広がるか分からない。この状況を一刻も早く終わらせる方法は1つだけだ。
この原因となった真龍を滅ぼす。それしかない。
真龍の引き起こす龍災は人の生活だけでなく、その周囲の生命のことごとくを滅ぼしてしまう。
今回は発見が遅れてしまった。原因の発生が遅れたのは辺境かつ、人類の未踏の地で山々が壁になっていたからだ。
ハンターは人と自然の調律者で調停者だ。傲慢な考え方かもしれないが、人々が自然と寄り添う為にハンターは存在している。
人々の営みを守るために、この災いとなる真龍を滅ぼすのだ。
白い吐息が俺達の通った後に線のように残っている。俺達が高速で移動している為だが、空や横から見れば、それがまるで飛行機雲のようにみえるだろう。
吐息だけでなく、産毛やまつげと言った体の外に出ている部分も凍結によって白く染め上げている。
薬や指輪の力で体温を維持しているとはいえ、吸い込む空気は鼻や喉、そして肺を凍てつかせるような、そんな感覚を受ける。
時の静止した山々、木々の間にある獣道を進む事数時間……10時間近いかもしれない。それだけの時間で天を突き貫く天氷山にたどり着いた。
本当はもっとモンスター対策などで時間のかかる工程だが、生物の居ない山などもはやただの少し障害物のある道と変わらない。
近づくにつれて環境は更に悪化の一途だったが、それは原因が天氷山にいる事を示していた。元々この辺りは温暖な土地なので、この元凶さえ消え去れば気温が戻り、生物も帰ってくるかもしれない。希望はまだ残っている。
天氷山はかなり切り立った山だ。昔前世でとある芸能人が世界中の山を登っていたが、その中にあったなんとかホルンと言う山に似ている気がする。ただし、こちらの方が標高は高そうだがな。
村に居た時定規を使って三角法で図った事があるが、およそ6000m級の山だという事が分かった。因みに富士山で約3800mなのでおおよそ倍だ。
「やるしかないわね……」
八重は流石に連れて行けない。山の麓に仮拠点作ることにした。材料は近くの木を切って、丸太で作った豆腐建築で屋根こそ半分ないが、焚火台に獣油や植物油で作った固形燃料を使って火を起こしておいた。少なくとも体を温めたり、休息には使えるだろう。
「八重はここで待機ね。薪はそこそこ持って来たし、固形燃料は多めに持って来たけれど気を付けて」
「クックー」
「白蓮は私を連れて上へ飛んで。できる?」
『問題ない』
気圧差などの問題は薬と身体能力で無理やり何とかする。行って、見て、帰ってくるだけだからなさほど心配はしていない。それに、鍛えられた上位のハンターは深海でも短時間なら活動できる程度には心肺機能と肉体強度が高いのだ。登山くらい問題ないだろう。
何時ものように白蓮の後ろ脚に掴まる。ゆっくりと体が浮いていき、少しずつ上昇速度が加速していく。
上昇していくにつれて俺の心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。気圧等の環境の影響では無い。真龍に近づいていく事による緊張や恐怖によるものだ。
俺は以前に真龍と邂逅ことがある。ハンターになる為の養成学校で野外授業の時だ。実際にフィールドへ出て、目標の採取や討伐等の複数の目標がある実地試験の際に真龍と邂逅した。
正直あの時は同じ班のみんなを逃がすのを優先したとはいえ、直接対面した時は死を覚悟したし、あの時軽い怪我で済んだのは一緒に戦った子の力が大きい。
あの時の経験があるからちょっとやそっとでは殆ど緊張しないが、今は山頂に近づくにつれて、あの時の恐怖が蘇ってくる。
「落ち着け私……」
いつも通り、冷静にやれば良いだけだ。偵察して、どんなのが居るかを確認して退散する……簡単だ。
深く深呼吸を繰り返して、気持ちと心臓を落ち着かせる。
山頂が……見えて来た。
過去はチラ見せしていくスタイル
次の章は過去(ハンター養成学校)編




