表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

仮面の微笑み

作者: 橘塞人
掲載日:2026/02/14

「離婚しましょう」

「え、何故急に!?」


 テレビでは数日後には忘れられてしまいそうな、何の中身も無いバラエティ番組が流れている。その音も今は少し遠い。

 夫は青天の霹靂のような、とても驚いた顔を見せた。ボーッとバラエティ番組を眺めていた夫を呼び出し、何のイントロも無くそう言ったのだから、驚くのは分かる。

 嗚呼、そう言えばこんな夫の顔を見たのも久し振りかもしれない。だからと言って、感じるものは何も無いけれど。

 その夫は改めて訊いてきた。念押し確認してきた。


「俺と離婚したいって、本気か?」

「ええ、本気よ」

「何故、どうして? 俺達夫婦に問題は無かった、無い筈だが……」


 夫は眉間に皺を寄せ、色々と考えを巡らせていった。

 ええ、私達夫婦間に問題は無いわね。結婚して20年、子供はいないけれど夫婦間にケンカもなく、穏やかな関係でい続けられた。

 それは表層上では上手くいっていると言えるものだろう。それは私にも分かっていた。でも、私は離婚を切り出した。


「誰か、好きな男でもできたか?」

「いいえ」


 私は迷わず首を横に振った。ええ、好きな男などいない。年もアラフィフが近付いてきた今となっては、恋愛そのものに対しての興味が薄くなっている。

 それを悲しいとは思わなかった。寂しいとも思わなかった。ただ、そんなものかとだけ思っていた。

 夫のことも、もう好きではない。愛していない。夫はただ、一緒に暮らしているだけの同居人。それ以上でもそれ以下でもない。

 それも悲しいとは思わなかった。寂しいとも思わなかった。ただ、そんなものかとだけ思っていた。


「じゃあ、離婚なんてしなくていいんじゃないか?」

「だから離婚したいのよ」


 何も無いならば離婚しなくていいんじゃないかと言う夫。何も無いならば離婚しようと言う私。ホントに正反対、どちらも歩み寄らなければまるで水と油のよう。

 昔はもっと歩み寄ることもあったけれど、お互いに愛が尽きた今となってはそれも無い。夫は気付いているだろうか? 私達がレスとなってからもう何年経ったかさえ分からなくなっていることに。それどころか、デートさえも記憶に無いくらいしていないことに。

 どちらからも誘いが無いことに。考えもしないことに。

 私はふと気付いてしまった。そして、再度告げた。


「だから、離婚したいのよ」


 昔はそうではなかった。この人に逢えるのがとても嬉しくて、この人と共に過ごせる時間がとても嬉しくて、この人と一緒に生きていけることがとても嬉しくて、心底幸せと思っていた。何の偽りの無い笑顔でいられた。

 今はどうか。相手に対して想うものはとっくのとうに枯れ果て、人間関係をスムーズにしておく為に浮かべる仮面の微笑みがあるだけ。


 私の中で、昔の私が泣いていた。どうして、どうしてと。


 私達はどちらもフルタイムで仕事をしていて、離婚したからと言ってどちらかが困ることもない。そう、何も無いのだ。

 修正していけばいいじゃないか。そう言う人もいるだろうけど……


「だって、私達はもうとっくに夫婦じゃなくて、お互い関与しないただの同居人でしかないじゃない? そんなの必要でもないじゃないの」

「……そうか。そうだな」


 修正したいという気が、もうどちらにも無いことにも気付いていた。

 これはもう、とっくに破綻してしまっていた夫婦の後処理の物語。私の中の昔の私はまだグズグズ泣いているけれど、悲しいことは何も無い。


 次の日私達は離婚した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ