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一日再び晨なり難し ~いちじつふたたびあしたなりがたし  作者: 井氷鹿


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2/5

べーちゃん走る

 同じ頃、北校舎三階端にある1年H組というと。

 もともと男子校だったから、いい加減少ない女子生徒が固まって話をしていた。


 クラス内は生徒たちの遠慮ない話し声に混じり、聞こえてきた音は1年の北校舎と2年の東校舎の間の中央階段を一定のリズムで駆け上ってくる。

 徐々に足音は音量を増し、廊下に達した辺りから一気に高まった。

 開けっ放しにしている教室の引戸のすぐそこまで足音がした時。


「べーちゃんいる?」

 肩で息をしながら、浜ちゃんこと浜名誠子が北校舎3階一番奥にある教室へと、戻って来た。

 『べーちゃん』の発音は平坦で抑揚はない。

 クラスには半数近くが残っていたが、みんな一斉に話すのをやめ、そのうち入口近くにいた数人が後ろを振り返る。

 つられるようにそれを見た生徒が皆、後ろを向いた。


 視線の先、教室の後ろには、指定バッグを入れる作り付けの棚がある。

 そこでべーちゃんは、引っかかったジッパーと格闘していた。

 お弁当袋をカバンに入れたはいいが、閉めようとしたファスナーが動かないのだ。

「閉まんないんだけど、これ噛んだか?」

 教室の中央に座っていたひろよちんが、教室の後ろに向かって叫ぶ。

「べーちゃん。浜ちゃんが戻って来たヨ」

 名前を呼ばれ、べーちゃんが振り返る。


「浜ちゃん?」

 そう言って前髪を片手でかき上げながら、教室入り口の誠子を見てふわっと笑った。

 べーちゃんはスラリとして、背が高い。

 どう切っても直ぐに跳ねるアホ毛天パーは彼女の悩みの種だ。

 しかし、このくるくる巻き毛の髪型は、女子から見たら少女漫画の王子様なんだそうだ。

 しかも下手に整った中性的な顔立ちをしてるから、中学時代から女子からは『王子』と呼ばれ密かに慕われてたりした。

 もちろん本人は、そんなことは全く意識していないんだけれど。

 

 そのせいか、今『べーちゃん』と彼女を呼ぶのは、誠子とひろよちんの女子2人だけになった。

 誠子とは小学校から、もう一人のひろよちんに至っては幼稚園からの付き合いだ。

 「浜ちゃん」

 紅緒(べーちゃん)はバッグをしまうと、入口で呼吸を整えている誠子のところに走って行きぎゅっと抱きしめた。

 ハグは彼女のあいさつ代わりだ。


「昼練は終わったの? ところで、どうしたの息せき切って」

 小柄な誠子は紅緒の肩くらいの背丈で、可愛らしい彼女が並ぶと彼カノに見えなくもない。

「私」

 ここで浜ちゃんが一息つく。

「私、やっちゃったかも」

 今にも泣きそうな顔だ。

「どうしたの」

 今度は紅緒が焦って、誠子を自分の席まで連れて行き空いてる椅子に座らせた。

「何があったの?」

「笠神先輩って、べーちゃんが笠神先輩っていうから、てっきり皇子(みこ)先輩だと思って」

 誠子が言う皇子先輩とは、双子の兄の方だ。


 去年の文化祭でやった仮装大会コスプレ

 寸劇で崇直が女装した中大兄を演じ、あまりに美人に化けたから期せずしてそれが全学年(メジャー)デビューになってしまったというわけだ。

 以来崇直は上級生(せんぱい)と同学年からは皇子(おうじ)、後輩からは皇子(みこ)先輩とに呼ばれるようになったのだった。


 同じ皇子でも大海人皇子を演った直樹は添え物扱いで、()()()()()と呼ばれ、少々ムカついている。

 この双子は紅緒とは幼馴染で血縁のない再従兄妹(はとこ)に当たる。

 そして紅緒とおなじクラスに年子の弟、(いつき)がいた。

 

「購買の帰りに、ちょうど皇子先輩が見えて、追いかけて声かけたのね」

 誠子は、双子とのやり取りを最初から全部、できる限り細部に至るまで話しはじめた。

 紅緒が、ふと隣のひろよちんを見る。

 話を聞いている狭山博代(ひろよちん)の表情が、徐々に曇っていくのが分かる。


 何となく、紅緒の視線を避けているように見えた。

「それで、皇子先輩が私にべーちゃんに伝えてって言ったの。オレらも好きですって」

 半べそながら、浜ちゃんが言った。

「え? オレらもって言ったの」

「言った」


「なんじゃそりゃ」

 浜ちゃんも首を傾げてる。

「べーちゃんが笠神先輩二人を好きって言ったことになるのかな? だから二人とも好きってだって言ったのかな」

 良くも悪くも、浜ちゃんはまっすぐなのだ。

「ちょっと待って。何で私が笠神先輩を好きって思ったの?」

「先月の宿泊訓練で同じ班になった時。みんなで好きな人を言い合ったじゃない」

 そうだったと思い出し、紅緒は天を仰ぐ。

 しかも言い合った仲間はお互い助け合おうって約束したっけ。

 紅緒はそれも失念していたが。


「べーちゃん、あの後私の書いた手紙(ラブレター)、私の代わりに届けてくれたでしょう」

 その古風な告白がウケ、浜ちゃんは憧れの先輩と記念デートでネズミーランドへ行ったのだった。

 その時、出した名前を思い出し紅緒は今激しく後悔し始めた。

 みんな真面目に言うから、自分も隠せず、つい吐露してしまったのがいけなかったようだ。

 何か聞かれたら話を合わせろって、伝えてたけどアイツはダメだよな。

 こりゃ、やべーかも。


 誰が学校のアイドルとの恋仲を取り持つかって話だ。

 だいたい好きな相手は崇直ではない。

 まったく、面倒くさい兄弟だよなぁ。

 が、浜ちゃんの行動力を甘く見ていたのは自分だ。


 そしてここにきて、ひろよちんの顔色がいよいよ怪しくなってくる。

「だから、私もべーちゃんの役に立ちたくて」

「うん。ありがとう浜ちゃん。たぶんね、からかわれたんだと思うよ崇ちゃんに」

「?」

「ああ、皇子先輩ね。ちょんまげの方」

 そう言って、頭のテッペンで拳を作って見せる。

 それを見て、誠子が崇直の頭を思い出したのか、うなずいた。

「崇ちゃん、人をからかうの好きだから」

「え? からかわれたの? そっか。だよね。だっておかしいよねオレらも好きなんて」


 紅緒はひろよちんを見たが、下を向いて表情は分からない。

「そうそう。大体、私ら親戚だし、あいつら適当なこと言うから。信じちゃダメだよ」

「でも、皇子先輩が東校舎の屋上で待ってるからって、べーちゃんに伝えてって言われたよ」

 一瞬、紅緒の眉間にしわが寄る。

「うん。分かった。今から行って確かめてくるよ。だから安心して、ただの冗談だから、ね。浜ちゃんはもう着替えに更衣室へ行った方が良いよ。私のためにありがとう」

 ことさら冗談に力を入れ、紅緒が席を立った。

 もう一度ひろよちんを見て、紅緒は後ろ髪を引かれる思いで教室から飛び出す。


 そのまま教室から近い非常(そと)階段へのドアを開ける。

 後は全力ダッシュだ。

 最上階まで登り切り、屋上に出る。

 そこからまた東校舎に向かって全力で走った。

 デニム生地が突っ張って走りにくい。


 校舎はコの字に連なっており、順に上から北校舎、東校舎、南校舎と呼ばれていた。

 東校舎への角を曲がり、給水塔の前を走り抜けたら、中央の塔屋入口に人影が見えた。

 あれは。

 んっ? 直樹の方か。

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