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もし幼馴染に振られた俺が美少女ダンスグループのマネージャーになったら  作者: uruu


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72 逃避行

 俺は誰もいなくなった部室で片付けを終え、最後の鍵締めを行った。職員室に鍵を返すと俺はもうこれでベアキャットのマネージャーでは無くなった。


「……帰るか」


 一人、帰り道を歩きながら考える。ベアキャットか……それにミーアキャットも。この半年ほど、ほんとに楽しい思いをさせてもらったな。みんなには感謝だ。でも、俺はたいした役には立たなかった。俺がいなくなっても問題は無いだろう。


 これで朝に昼に夜にと忙しかった日々も終わりだ。明日からは自由だな。明日からは……何をしようか。


 よく考えてみると何もすることが無かった。当たり前だ。俺はベアキャットのマネージャーになる前もそうだったのだから。俺はただ無気力な日々を送っていた。そんな俺がベアキャットのマネージャーをやめたら、何も無い日々に戻るだけだ。


 そう考えると急に恐くなった。家に帰ってもいつもはマネージャー業で忙しかったのに、今日はやることが無いのだ。ぽっかりと心に穴が空いている。俺はどうしたらいいんだ……


 気がつけば路面電車の停留所に着いていた。だが、そのまま家に帰る気になれない。俺は妹に「今日は友達の家に泊まる」と嘘の連絡を送った。そして、いつもとは逆方向の電車に乗った。


◇◇◇


 別に何か目的があったわけじゃ無い。ただ、遠くに行きたかっただけだ。とにかくここから逃げたかった。俺は熊本駅に到着し、そこからJRの八代やつしろ行きに乗る。南に行けば海が見えるはずだ。なぜかは分からないが、今はただ何も考えずに海を眺めていたかった。幸い、ICカードにはある程度の残額が入っている。


 しかし、海は見えないまま終点の八代駅に到着した。ここからさらに南に行くには肥薩おれんじ鉄道に乗り換える必要がある。スマホの地図で確認すると2駅先の日奈久ひなぐ温泉駅まで行けば海が見れそうだ。だが、肥薩おれんじ鉄道は頼みのICカードは使えないようだ。俺は切符を買い、電車に乗った。日奈久温泉駅で降りたが、まだ海は見えない。俺はただ海を見たくてスマホの地図を見ながら海の方に歩き続けた。


 途中、温泉宿がいくつかある。駅の名前の通り、ここは温泉街だ。どうせなら温泉に入っていきたいけど、温泉宿に泊まるような金は持っていない。俺は温泉宿の前を通り、海の方に向かう。海のそばには公園のような広場があった。そこに入っていくとようやく目の前に海が広がった。


 しばらく海を眺めた後、小さい屋根がある東屋のような場所に座った。ここなら寝ても大丈夫そうだな。自販機もトイレもあるし、今日はここで寝ることにしよう。


 俺はそう思い、とりあえず途中のコンビニで買ったおにぎりを食べ始めた。


 俺は写真を撮ろうと思い、スマホを取り出す。そこにはたくさんの通知が来ていた。だが、俺はそれを見ずにスマホの電源を切った。


 歩いてきたし、ちょっと疲れたな。俺は東屋の椅子に横になった。


◇◇◇


「……おい……おい、君……」


 俺は寝ていたところを見知らぬ男性の声で起こされた。


「……なんでしょう」


「こんなところで寝ていると風邪ひくぞ。さっさと家に帰れ」


「……帰れません」


 今日は友達の家に泊まると言ってるし。


「はあ? 家出かよ。困ったな、まったく……」


 家出とは少し違うが説明が面倒なので俺は何も言わなかった。俺を起こした男性は四十代ぐらいか。少しあごひげが伸びた精悍な男性だった。


「しょうがない。今日は俺の家に泊まるか?」


「い、いえ……そんなご迷惑は……」


「安心しろ。俺も一人暮らしだし、家も広いから」


「そういう意味では……」


「じゃあ、警察に通報するしかないけどいいのか?」


「う……それは……」


「だったら素直に甘えとけ。行くぞ」


 男性は歩き出す。俺も仕方なく付いていった。男性は駐車場にある軽トラックの運転席に乗り込んだ。


「いいからさっさと乗れ」


「はい……」


 俺は少し不安になりながらもその助手席に乗った。


 車は公園の駐車場を出て、少し北に行ったところで家の前に止まった。


「ここだ」


 男性はそう言って車を降りた。俺も車を降り、男性に付いていく。表札には「石田」とあった。おそらく、この人は石田さんか。


「さあ、入れ」


「お、お邪魔します……」


 家に入り、俺はリビングに座らされた。


「飯は食ったのか?」


「コンビニのおにぎりを」


「そんなんじゃ足りねえだろ。たいした物は無いけど、作ってやる」


「おじさん、料理できるんですか?」


「まあな。俺も一人暮らしになったから最近は作れるようになったんだ」


 少し照れた感じで石田さんは言った。

 しばらく待つと、できあがった焼きそばを石田さんは持ってきた。


「さあ、食うぞ。いただきます!」


「い、いただきます……」


 俺たちは無言で焼きそばを食べ始めた。


「美味いか?」


「はい!」


「そうか。ならよかった」


 焼きそばをご馳走になりながら、俺は思った。


「どうしてですか?」


「何が?」


「どうして見ず知らずの俺にこんなことしてくれるんですか?」


「……別に闇バイトさせようとか、そういうのじゃないぞ」


「……でも、だったらなぜなんでしょう?」


「そうだな……俺が昔もらった恩を返してるだけだ」


「恩?」


「そうだ。俺もお前ぐらいの頃、家出したことがあった。いろいろ逃げたいことがあったんだ。ここから熊本市まで自転車で逃げた」


「自転車!? 俺は電車で来ましたよ」


 電車に乗っていた時間を考えるととても自転車で行ける距離には思えない。50キロぐらいはあるはずだ。


「お前は熊本市から来たのか。電車で来るなんて今の高校生は金持ってるな」


「いえ、ICカードにチャージがあったので」


「なるほどな。でも俺の時代にはそんなものは無いし、金も持ってねえ。だから自転車でひたすら熊本市に向かった。でも、熊本市に誰か知り合いがいたわけじゃない。ただ遠くに行きたかっただけだ」


 俺と同じだな。


「熊本市で唯一知っていたのは友人のばあちゃん家だ。夏休みに友人と一緒にそこに泊めてもらったことがあった。だから、そこに向かったんだ」


「そのおばあちゃんとは親しかったんですか?」


「いや、一度会っただけだ。だから向こうは顔も覚えてなかったと思う。だが、俺が孫の友人だと言うと泊めてくれたんだ」


「何も聞かれなかったのですか?」


「ああ。孫の友人が一人だけで自分のところを訪ねてくるなんて明らかにおかしいよな。だが、何も聞かずにそのおばあちゃんは俺に飯を出してくれて、風呂に入れてくれて、泊めてくれたんだ」


「すごいですね」


「ほんとだよ。俺はそこで人の優しさに触れることが出来た。だから一日で家出をやめて、家に帰ったんだ。親にはかなり怒られたけどな」


「そうですか……」


「だから俺はその時の恩を誰かに返したいと常々思っていた。あれも夏だったから、この季節になると思い出すんだ。そんなときにお前が公園にいたって訳だ」


「そうでしたか。でも、なぜあの公園に?」


「この時期は涼しいからな。夜はときどきあの公園で俺も海を見てるんだ。今日も行ってみたらいつもの俺の席にお前が寝てたんだよ」


「……すみません」


「いいってことよ。そういうわけだから、俺はお前に何も聞かない。飯も食わせるし風呂にも入れてやる。だけど、気持ちが落ち着いたら、ちゃんと帰れよ」


「はい、分かりました」


 それからはおじさんがつけてくれたテレビを一緒に見て、風呂に入り、そして、眠った。


 見ず知らずの遠い場所に来た俺は、抱えていた悩みを一時的にでも忘れることが出来た。


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