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7 部室

 放課後、委員長の篠原友梨香はさっさと荷物をまとめて教室を出て行く。スミレと葵さんは俺の席まで来てくれた。


「じゃあ、行きましょうか」


「そうだな」


 俺はスミレと葵さんとともに教室を出た。


「……あの空き教室の鍵はどうしてるんだ?」


 昨日、俺は鍵を職員室に返した。朝練したならスミレがまた借りて持っているのだろうか。


「空き教室? ああ、私たちは部室って呼んでるから。朝は私か葵が借りて、職員室に戻してるよ。で、昼休みに椿が借りて、そのまま持ってる」


 椿さんが持ってたのか。


「椿さんは昼休みに練習してるのか?」


「え? 違う違う、お昼を彼氏と二人で食べてるだけよ」


「あー、そういうことか」


「椿は彼氏と二人で居るところは見られたくないみたいで、私たちもほとんど見たこと無いのよね」


「そうなんだ」


「弱みを見せるのが嫌いな子だから」


「なるほどな」


 椿さん、部室で彼氏と二人きりか。あの毒舌姫の椿さんもやっぱり彼氏には甘えてるんだろうか。想像すると、なんか萌える。


「……大樹、何ニヤニヤしてるの?」


「え? あ……」


 俺は慌てて妄想を頭から追い払った。


◇◇◇


 部室に着くと椿さんとすでにいた。友梨香さんも加わって俺たちは机を片付け始める。だが、美桜さんはなかなか来なかった。


「……美桜遅いね」


 スミレが椿さんに言う。椿さんは美桜さんと同じクラスだ。


「どうせまた告られてるだけでしょ。すぐ来るわよ」


「あー、そういうこと……」


 さすがは二大美女の一人。告白も日常茶飯事か。


「ごめん! 遅くなっちゃって……」


 ちょうど美桜さんが入って来た。


「また告白されてたのかい?」


 葵さんが聞いた。


「そうなんよ。いつもは無視なんやけど、ウチの友達経由だったから断れなくて」


「で、付き合うのかい?」


「そんなわけないやん。それにウチはサッカー部には手を出さないって言っちゃったし」


「え、サッカー部だったの?」


 椿さんが聞いた。


「そうそう、二年の先輩。江崎って言ったかな。イケメンやったけど、断ったんよ」


「別にいいのに」


 椿さんが言った。


「嫌よ、椿の彼氏と同じサッカー部と付き合うなんて」


「なんでよ」


「彼氏同士で彼女の話しそうやん。椿はこんなことしてくれた、とか」


「そ、そんなこと、私の彼氏言わないし!」


 椿さんが美桜さんをにらんだ。


「それは知らんけど。それに、私はスポーツマンよりも地味なタイプが好みやし」


「そういえば、クラスの陰キャにも手出してたわね」


「手出してたって、そやん言い方せんでも。ウチはちょっと話してあげただけやし」


「あれ、完全にあんたに惚れてるわよ。どうすんのよ」


「さあねえ。ウチはただの友達って思ってるけど」


「あんた、ひどいわね」


 美桜さんは小悪魔って呼ばれるだけあって、多数の男子を勘違いさせてそうだ。


「あ、そうそう、マネ君。衣装代ってどうなっとるん?」


 美桜さんが俺に聞いた。


「衣装代?」


「お金の管理もマネ君やってるんよね?」


「そうだよ」


 確かに俺は葵さんから活動費の管理も受け継いでいた。ベアキャットは部活動では無いので学校から予算は出ないが、外部の公演に出たりした際の出演料や動画の収入などを活動費に充てているそうだ。そのお金で衣装を買ったり、交通費にしたり、飲み物を買ったりしているらしい。


「春のお城祭りのときの衣装、そろそろ考えんといかんけん。衣装代、どのぐらい出せるんかなあって思って」


「そういうことか」


 『春のお城祭り』は次にベアキャットが出る外部イベントだ。熊本城の二の丸広場のステージで踊ることになっている。


「今日の練習のあと、打ち合わせしてくれん?」


 美桜さんが俺をそう言って見てくる。


「俺はいいけど……」


「じゃあ、決まりね。あとでよろしくー」


「はい、じゃあ、着替えるからバカマネは出てってね」


 椿さんが言った。やっぱりバカマネ呼びか……


「……俺は飲み物買ってくるよ。昨日と同じものでいいのか?」


「あんた、ちゃんと覚えてるの?」


 椿さんが聞く。


「覚えてるよ。椿さんは『いろはす』の桃。友梨香さんはほうじ茶。美桜さんは抹茶ラテ。葵さんはブラックだろ」


「へー、やるわね。でもなんでスミレは言わないのよ」


「スミレは昔からアクエリアスって知ってるし」


「うわあ、あからさまに特別扱い」


「し、仕方ないだろ」


「望み無いだろうけどまあ頑張って」


「う……わかってるよ。じゃあ、買ってくる」


 俺は教室を出た。まあ、望みが無いってのは確かだよなあ。ワンチャンあるかと思ったけど、今のところ、スミレとは事務的なやりとりばかりだ。


◇◇◇


 飲み物を渡し、俺は昨日と同じように部室の外で練習が終わるのを待った。この時間は暇だけど、部室から少し漏れ聞こえてくる音を聞くだけでも楽しい。


「スミレ、少し遅れてる!」


「ごめん」


「葵、そこの手は逆だから」


「そうだったね」


 注意をしているのは椿さんだ。どうやらダンスレッスンは椿さんが中心となって行っているらしい。そして、注意されているのはいつもスミレと葵さんだった。だから、この二人は朝練をしてるんだな。


 まあ、美桜さんはダンスもそつなくこなしそうだけど、それにしても意外なのはうちのクラスの委員長・篠原友梨香だな。教室ではいかにも真面目な委員長って感じだけど、ベアキャットでは豹変する。ダンスも上手いようだ。注意はまったくされていなかった。


 やがて練習が終わり、部室の扉が開いた。


「大樹、いいわよ」


 スミレが言ってくれる。俺は部室に入り、今日は何も言わずに机を元に戻し始めた。


「それでは、お先に失礼します」


 友梨香さんがそう言って部室を出ていこうとする。友梨香さんは眼鏡と一つ結びの委員長スタイルに戻っていた。


「お疲れ、委員長」


 俺は出て行く友梨香さんに声を掛けた。すると、俺の顔を見て言う。


「友梨香ですけど。いい加減覚えてくださいね」


「ご、ごめん! 友梨香さん」


「じゃあまた明日お願いします、大樹マネ」


 友梨香さんは出て行った。


「おー、怖!」


 美桜さんが言う。


「私が毒舌姫とか言われてるけど、友梨香の圧も相当よね。本気で怒った友梨香には勝てないと思うわ」


 椿さんも言う。


「椿、自分が毒舌姫って言われてるの知ってたんや」


 美桜さんが言った。


「知ってるわよ。みんな言ってるし。バカマネも知ってたんでしょ?」


 椿さんはいきなり俺に聞いてきた。ここは正直に言うか。


「うん、知ってた」


「やっぱりね。で、実際会ってみてどうだった? やっぱり毒舌姫って思った?」


「それは、まあ……」


 あれだけ言われればそりゃ思うだろ。


「ふん! やっぱり、あんたもそう思うんだ。やっぱり私の彼氏が特別か」


「へー、何? 彼氏は毒舌姫って思ってないわけ?」


「もちろん。いつも言ってくれるわよ。椿は毒舌じゃ無いって。素直なだけだって」


「うわー、椿が甘やかされてる!」


「あ、甘やかされてないし……彼氏と待ち合わせしてるからもう帰るわ」


 そう言って椿さんは出て行った。それにしてもやっぱり椿さん、彼氏には甘えてるのか。


 ふと見るとスミレと葵さんも帰る準備は出来ているようだ。


「あとは俺が片付けてるから、帰っていいよ」


「ありがとう、大樹君。スミレ、行くかい?」


「う、うん……でも、美桜は残るの?」


「ウチはマネ君と衣装代の打ち合わせするから」


「わかった……じゃあ、明日ね」


「はーい!」


 スミレと葵さんも出ていき、部室は俺と美桜さんの二人きりになった。



――――

※次回より美桜編が本格的にスタートです。


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