64 攻める
翌日の昼休み。俺は部室に来ていた。今日、部室に居るのは俺と椿だけだ。
「バカマネ、今日はいつにも増して暗いわね」
「悪かったな」
俺は黙って弁当を食べる。昨日、スミレから聞かされた話のせいでどうしていいかよくわからなくなっていた。
「……葵から聞いたわよ」
「何を?」
「スミレのこと」
「は? 昨日スミレが俺に話したことか?」
「うん」
葵さん、話したのかよ。
「葵も結構ショック受けててね。私に相談してきたの」
「葵さんがショックを?」
「うん。スミレが私たちのことをそんな風に見ているとは思ってなかったから。私たちからしたらスミレは尊敬する存在。ベアキャットの中でトップに立つ存在よ。なのに自分をそんなに卑下しているなんて……」
「椿も気がついていなかったのか?」
「うん。今までもそんなことを言うことはあったけど、謙遜だって思ってたわ」
「なるほどな」
「で、バカマネはこれからどうするわけ?」
「どうするって……どうしたらいいんだろうな。わからなくなってる」
「はあ? やることは決まってる、とかいうかと思ったのに」
「え? なんだよ」
「だって、スミレはあんたを好きだって事が分かったのよ」
「好き……なのかな。嫌いでは無いとは言ってたけど」
「自分が釣り合わないって思ってるってことは釣り合うのならすぐにでも付き合うってことでしょ」
「そうなのかね……」
「そうよ。だったらすることは一つだと思うけど」
「なんだよ」
「攻めるだけでしょ。釣り合いとか考えるまでもなく、とにかくもっと好きにさせればいいのよ」
「もっと好きにね……どうすりゃいいんだよ」
「……バカマネ、今はスミレとどう関わってるわけ? 放課後に部室で会うことを除いてだけど」
「そうだな。朝練がある火曜と木曜には一緒に登校してるぞ」
「あとは?」
「あとは……無いな」
「はあ? あんたそれでもスミレ好きなの?」
「好きだけど……一度は振られてるし、しつこく行くのもどうかって思って」
「それはそうだけど、でも今はスミレはバカマネのことが好きだって分かったわけだし、もっと一緒にいられるように努力したら?」
「そ、そうだな……」
確かにそうだ。まずは一緒にいなければ始まらないだろう。部室ではマネージャーの仕事もあるし他のメンバーもいる。なかなかスミレと話す機会は少ない。
「だいたいデートとかしてるわけ?」
「デート? スミレと? ……全然無いな」
「それで付き合おうってバカじゃないの? 今度の週末、デートしなさい」
「でも、来週は期末テストだぞ」
「そうだったわね。だったら勉強会でもしなさい。幼馴染みなんでしょ。家に呼べばいいじゃない」
「そ、そうだな……」
「ほら、さっさとメッセージ送る」
「え? 今か?」
「今に決まってるでしょ。ほら、早く」
「う……分かったよ」
俺はスミレにメッセージを送った。
大樹『今度の土曜、勉強会しないか?』
スミレ『そうだね。友梨香も呼ぼうか。他に椿や美桜も呼ぶ?』
大樹『いや、二人でしたい』
俺がそう送ると既読にはなったが返信は来なくなった。俺は泣きそうになりながら言った。
「返信無いんだけど……」
「警戒されてるわね」
「やっぱりか」
「バカマネ、あんた過去にスミレを襲ったりとかはしてないわね」
「するか!」
「そう……じゃあ、迷ってるのかな」
「迷ってる、か」
「うん。したいけど、すると好きな気持ちが高ぶってしまう。どうしよう、みたいな」
「そうだといいけどな」
「きっとそうよ。バカマネ、もう一押しよ」
「……椿はなんでそんなノリノリなんだよ」
「だってスミレには幸せになってもらいたいから。スミレは私にとっては恩人だもん」
確かにそうだろうけどな。
◇◇◇
放課後、いつものように椿と部室に行く。机を片付けていると葵さんとスミレがやってきた。スミレはすぐに俺の横に来てみんなに聞こえないような小声で言う。
「大樹、返事しなくてごめん」
「いいよ。迷惑だったか?」
「迷惑じゃないけど……大樹と二人で長い時間とか、あれからなかったし」
「まあ、そうだな」
「自分がどういう反応するか、ちょっと恐くて」
「そんなに構えないでくれ。ほんとに土曜は勉強会をするだけだ。ただ、スミレと一緒にいる時間が欲しい。それだけだよ」
「そう……なら、いいけど」
「そうか。ありがとう」
「ううん、迷ってごめん」
「いいから。でも、俺はもっとスミレと二人でいたいんだよなあ。スミレ、毎朝迎えに行っていいか?」
「え? 毎朝?」
「うん。今は朝練があるときに偶然電停で会うだけだろ。そうじゃなくて、約束して一緒に登校したい。前はそうしてたろ」
「う、うん。そんな時期もあったね」
「だろ。だから、さ」
「うん、わかった」
スミレは了承してくれた。よし、これからだな。
◇◇◇
翌朝。俺はスミレの家に行き、インターフォンのボタンを押した。
「おはようございます。坂崎です」
そう言うとドアが開き、スミレのお母さんが出てきた。
「あら大樹君、おはよう。今日はスミレを迎えに来てくれたの?」
「はい。今日から一緒に登校したいと思って」
「そうなの。スミレも喜ぶわ。スミレ! 大樹君来てるわよ!」
お母さんがスミレを呼ぶがスミレは出てこない。
「ちょっと待っててね。まだスミレ準備中で」
「お母さん! 余計なこと言わなくていいから!」
スミレの声が聞こえてきた。
「ごめんなさいね。あがって待ってる?」
「はい。じゃあ、お邪魔します」
俺はスミレの家に上がり、リビングに通された。
すると、そこにパジャマ姿のスミレが現れた。
「ちょ、ちょっと! なんでここに大樹がいるのよ!」
「ご、ごめん!」
「玄関で待ってて!」
「わかった」
俺は慌てて玄関に行く。しかし、スミレのパジャマ姿、なかなか可愛かったな。スミレが早退したときにも見たけど、あのときはそれどころじゃなかったし。
そんなことを考えていると、スミレが制服に着替えて出てきた。だが、少し髪は乱れている。
「スミレ、髪が――」
「歩きながらするから。行ってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい」
俺とスミレは家を出た。
「もう……いくらなんでも家に来るなんて聞いてないよ」
髪を櫛でとかしながらスミレが言う。
「でも迎えに行くって言ったろ」
「言ったけどさあ……さすがにいろいろ見られるのは困るから」
「ごめん……でも、可愛かったな、パジャマ」
「なっ! ……忘れて!」
そう言って俺のクビを締めてきた。
「や、やめろ! わかった、忘れるから」
「よし。まったく……」
よほどあの姿を見られるのは嫌だったようだ。




