6 帰り道
ベアキャットのメンバーが全員帰って俺一人になった空き教室。机を元の位置に並べ鍵を閉めると、職員室に鍵を返して校舎を出た。
校門を出てしばらく歩いていると帰ったはずの氷室椿がこちらに向かって歩いてきていた。
「あれ、椿さん。何か忘れ物?」
椿は立ち止まって俺に答えた。
「違うわよ。これから彼氏と一緒に帰るの」
「あー、そうなんだ……」
学年二大美女の一人だし、やっぱり彼氏いるのか。
「なによ。私に彼氏がいるって分かってショック?」
なぜかニヤニヤして俺を見てくる。
「そういうわけじゃないけど……」
「あんたなんて比べものにならないぐらい格好いい彼氏だからね」
「そうだろうね」
「そうよ。だから私に手を出そうなんて思わないことね」
「そんなことは思ってないから……」
「どうだか。他の子にも手出すんじゃ無いわよ」
「出すわけないだろ。俺はスミレ一筋だ」
「スミレはあんたのこと何とも思ってないって言ってたわよ」
「う……」
「アハハ、じゃあね」
椿は楽しそうに去って行った。ひどいことを言われたが、最初の敵意ある態度と比べれば笑顔を見せてくれる分、仲良くなったと言うことだろうか。毒舌姫と呼ばれるだけあって、言葉はきついけど。彼氏もよく耐えてるよな。
それとも彼氏の前では甘えたりしてるんだろうか。それはそれでギャップがあって可愛いだろうな……やっぱり彼女がいるってのはうらやましい。俺もスミレと……
そんなことを考えながら路面電車に乗ると、いつの間にか家に着いていた。
「ただいま」
「お兄ちゃん、お帰り。遅かったね」
リビングに入るとソファーに寝ていた妹の瑠璃が言う。
「ああ。ちょっとな」
「ベアキャットのマネージャーやることにしたの?」
「……なんで知ってるんだよ」
「だからスミレさんから聞いてるし。で、やることにしたの?」
「ああ」
「メンバーとは会った? 受け入れてくれた?」
「まあ、なんとか」
「へー、やったじゃん。結構、癖の強い人たちばっかりだし、よく受け入れられたね」
「……まあ受け入れられたかどうかは微妙だけどな」
「やっぱりね。椿ちゃんとか?」
よく知ってるな。
「まあそうだけど……でも、なんで先輩を『ちゃん』付けだよ」
「だって、私たちにはアイドルみたいな感じだし。うちのクラスでも人気なんだよ、ベアキャット」
やっぱり学校を越えて人気出てるんだな。
「私は美桜ちゃんが好きだなあ。かわいくてキラキラしてるし! 会いたいなあ。お兄ちゃん、マネージャーなんだし会わせてくれない?」
「だめだだめだ。第一、俺にそんな権限あるわけ無いだろ」
「えー、じゃあ、美桜ちゃんと仲良くなって連れてきてよ。今日はどうだった?」
「……まあ、今日会った中では一番優しくはしてくれたかな」
あいつだけは俺の味方だったし、ありがたかった。
「へー、そうなんだ。じゃあ、スミレさんから乗り換えちゃう?」
「アホか。そういう関係じゃ無い。第一、マネージャーとメンバーだぞ」
「そうだけど、ワンチャンありそうじゃない?」
「あるわけないだろ、まったく……」
アホな会話を切り上げて俺は自分の部屋に向かった。
部屋に入ってスマホを確認すると、葵さんからたくさんメッセージが来ていた。マネージャー引き継ぎの内容だ。スケジュールを管理していたサイトのIDとパスワードとか、今後の予定とかがぎっしり書かれている。
俺は部屋にある自分の古いノートパソコンを起動し、マネージャーとしての仕事を始めた。
◇◇◇
「あー、眠い」
翌日の朝の教室で俺はぼやいた。いろいろ作業をやっていたから寝るのが深夜になってしまった。
「おはようございます、坂崎君」
そう言ってきたのは篠原友梨香だ。今の友梨香さんはベアキャットのときとは違い、眼鏡で一つ結びの姿。委員長モードだ。
「おはよう、友梨香さん」
「こ、困ります……教室では名前で呼ばないでください」
「え? そうなの?」
「そうです。名前呼びはベアキャットの時だけです。教室では私も坂崎君って呼びますので」
「そ、そうか。わかった」
「この格好の時は委員長なんですから」
そう言って眼鏡を整える。
「そ、そうだね……」
「よろしくお願いします」
そう言って去って行った。委員長、面倒な人だったんだな……
やがてスミレと葵さんが教室に入ってきた。
「おはよう、大樹」
「おはよう、大樹君」
「おはよう、スミレ、長峰さん」
「は?……『葵さん』と呼んでくれって言ったはずだけど」
葵さんはそう言う。
「ご、ごめん……でも、教室でもいいのか?」
「当たり前さ。ボクは友梨香と違って裏表は無いし。教室でもベアキャットでも長峰葵だ」
「そ、そうか」
「……それにしてもスミレと葵さん、二人いつも一緒に登校してるね」
ずっと気になっていたことを聞いてみた。俺は疎遠になるまではスミレと一緒に登校していた。だが、俺が振られてからは気がついたらスミレは葵さんと一緒に登校するようになっていたのだ。
「一緒に登校はしてないよ。朝練してるだけ」
「え? そうなのか」
朝早く来て二人で練習してたのか。
「うん。実は私たち二人がダンスでは落ちこぼれなの。あとの三人は小さいころからやってるから」
「そういうことさ。だから、ボクたち二人はたくさん練習しないとついていけないんだ」
「そうだったのか……でも、それは俺が来なくていいのか? 一応マネージャーだし」
「朝早く来てもらうのは悪いし……」
「大丈夫だよ。俺はスミレと一緒にいたいだけだから」
「う……なんかストレートになったね、大樹」
スミレが困ったように言った。
「もう俺の気持ちはバレちゃってるしな。開き直ることにした」
「強いな、大樹は……」
「弱いよ。この話がくるまではずっとスミレを避けてたし……ごめん」
俺はようやくスミレに謝ることができた。
「ううん、それはもういいから……朝練するときは連絡するから大樹が来れるようなら来て」
「わかった……じゃあ行くよ」
「明日はやらない予定だけど、来週の月曜はやるから」
「そうか。じゃあ、来週は行くから」
「うん……」
「あれ? そうなるともしかしてボクはお邪魔かな?」
葵さんが言う。
「そんなことないから」
慌ててスミレが言う。
「そうだよ。葵さんも来てくれないと困るし。まだ二人だけはちょっとね」
「なるほどね。じゃあ行こうかな」
そう葵さんも言ってくれた。




