54 作戦
翌日、金曜の朝。やっぱり朝練に葵さんは来なかった。また寝坊したという言い訳だが、やはりスミレと二人きりになるのはちょっと気まずいのだろう。だが、俺はこれを利用することにした。
「スミレ、昨日の俺のメッセージ見たか?」
「う、うん。見たけど本気なの?」
「俺は本気だ。だから、この時間をその準備に使いたい。いいかな?」
「私はいいけど……」
俺はスミレに詳細を説明し、時間をもらった。
◇◇◇
昼休み。スミレに葵さんを引き留めておいてもらい、残りのメンバーは全員部室に集合した。椿、美桜、友梨香さんだ。
「バカマネって、ほんとにバカなことを考えるわね」
椿が俺に言う。
「今回は言い訳できないな。確かにバカな考えだよ」
「でも、大樹マネらしいです」
友梨香さんが言う。
「そうかな」
「ウチもそう思う。最高に楽しそうで最高にバカやね」
「だな」
「せっかくバカマネに付き合うためにみんな集まったんだから、時間を無駄にせずさっさと準備しましょう」
「そうやね」
「わかりました」
「よろしく頼む」
俺の馬鹿な作戦の準備にみんなが付き合ってくれた。
◇◇◇
そして放課後になった。相変わらず、葵さんの調子は悪い。椿の厳しい叱咤が飛ぶ。葵さんは得意だった歌も力が無い感じになっていた。
「葵、ホントに大丈夫なの?」
練習終わりに椿が言う。
「大丈夫だ」
「ベアキャットに迷惑は掛けない、って言ったわよね?」
「ああ。迷惑は掛けないよ。ボクは一人で自主練していく。みんなは帰ってくれ」
「でも――」
「いいから。帰ってくれ」
葵さんの気迫に負け、みんなは部室を出た。
だが、俺にとってはこれは作戦準備のために絶好の機会だ。
「みんな、これから時間いいか?」
「バカマネがそう言うと思ったわよ」
「ウチはいいよ」
「すぐに迎えに連絡します」
「……私もいいわ」
「じゃあ、カラオケボックスに行こう」
俺たちは四人でカラオケボックスに向かった。
◇◇◇
翌日の土曜日。ライブハウス「C99」にベアキャットのメンバーが集まった。翌日の本番に備えてリハーサルをするためだ。
「ベアキャットです。よろしくお願いします!」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
ステージに上がったメンバーがスタッフに挨拶する。俺はそれをステージ下から眺めていた。
「はい、よろしく。じゃあ、やってみようか」
ライブハウスオーナーのレイさんが言う。
「はい!」
早速通しで一曲やる。だが、葵さんの声があまり出ていない。それにミスも多かった。
「うーん、まあ、いいか。じゃあリハーサルはこれで終わりでいいかい?」
レイさんの質問にメンバーは誰も答えない。仕方なく葵さんが「はい、じゃあこれで――」と言いかけたときだった。
「ちょっと待ったー!」
俺が手を上げた。
「何かな? 坂崎マネージャー」
レイさんが俺に聞く。実はレイさんには今回の作戦は相談済みだ。
「やりたいことがあるんで、また曲流してもらっていいですか?」
「いいよ。同じ曲でいいね?」
「はい、『君のままで』でお願いします」
「了解」
俺はステージに上がった。
「え? 大樹君、どうしたんだい?」
葵さんが不思議そうに俺を見る。
「葵さん、俺から伝えたいことがあるんだ」
「伝えたいこと?」
「ステージを降りて下から見ててほしい」
「……どういうことだい?」
「いいから降りてくれ」
「……わかった」
葵さんはステージを降りた。だが、他のメンバーは降りない。ステージ上には俺とスミレ、椿、美桜、友梨香さんが残った。
そして『君のままで』のイントロが鳴り始めた。俺はすぐにポジションに入り、歌い始めた。
「え!?」
葵さんが驚いている。だが、他のメンバーはいつもと同じようにポジションに入った。
そう、俺の秘策とはステージから歌で葵さんに想いを伝えることだった。今回の曲「君のままで」の歌詞は葵さんに伝えたいテーマそのものだ。葵さんは葵さんのままでいい。自分の好きなように生きて欲しい、そういうことを伝えたかった。
俺は安本彩花のポジションに入り、絶唱する。もちろん、男性にはキーが高い。それを無理矢理声を出しているからもうめちゃくちゃだ。だが、安本彩花のように魂を込めて歌った。
「♪君のままで……」
俺は歌い終えた。曲が終わり、俺は言った。
「葵さん、俺の想い、届いたかな」
「まったく、君という人は……」
葵さんは目にたまった涙を拭きながら言った。
「でも、全然だめだね。腹が立ったよ。安本彩花はそんなんじゃない。レイさん、もう一回、曲お願いできますか?」
「もちろん」
それを聞いて葵さんがステージに上がった。俺はステージから降りて再び観客になる。
「本気のエビ中を見せてやるから下で見ててくれ」
そこからの葵さんのパフォーマンスはとにかくすごかった。俺に葵さんの覚悟が伝わってくる。俺はベアキャットのパフォーマンスで初めて涙を流した。
「……葵ちゃん、最初からコレ見せてよ」
曲が終わり、レイさんが言う。
「すみません、明日は最初から全開で行きますんで」
「頼むよ。じゃあ、ベアキャットのリハ終わり!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
ベアキャットのメンバー全員と俺が礼をした。
◇◇◇
リハーサルが終わり、気を利かせたのか、みんながばらばらに帰っていく。俺と葵さん、2人だけになった。
「大樹君、ありがとう。言いたいことは伝わったよ」
「そうか、それならよかった。葵さんは今のままでいいと思うんだ。無理矢理変わる必要は無い。それにきっとまた愛する人が現れると思うし、そのときにその人が男性の可能性もあると思う。だとしたら、今悩んでも仕方ないんじゃないかな」
「その通りだな。うん、ボクはボクのままで生きるよ……」
葵さんの表情はいつものイケメンに戻っていた。
「それにしても大樹君、いったいいつ練習したんだい?」
「昨日だな。朝と昼、それに帰りはみんなでカラオケボックスで」
「楽しそうだなあ。ボクも参加したかったよ」
「でも本番前に貴重な時間を使って、みんなには迷惑を掛けたと思う」
「それを言うのはボクだろ? ちゃんとメンバーにはボクから謝るから」
「そ、そうか……」
「それにしても、ひどいエビ中だったな。ククク……」
そう言って葵さんは笑った。
「しょうがないだろ! 急遽やったんだし……キーも合ってないんだから」
「じゃあ、今度、ちゃんとキーを合わせてエビ中を歌ってくれるかい?」
「そうだね。練習しておくよ」
「期待しておくから。じゃあ、明日の本番はボクに期待してくれ」
「ああ、期待しておく」
葵さんと俺は別々の停留所に向かった。




