53 異変
放課後、心配していたが葵さんは普通にスミレと二人で部室にやってきた。レッスンもいつも通りだ、だが、俺にはどことなく葵さんの歌にいつもの情熱が伝わってきていない感じがした。しかし、メンバーは何も言わないし、俺の勘違いという可能性もあるので何も言わない。とりあえず、いつも通りだ。
だが、翌日の木曜、異変は起こった。朝練に葵さんが来なかったのだ。
葵『寝坊してしまったよ。朝練は今日は休む』
そんなメッセージが来たのは俺たちが部室に着いたあとだった。
スミレはそのメッセージが表示されているスマホをじっと見ている。きっと責任を感じているのだろう。
「スミレ、今日は一人だけどちゃんと朝練やれるよな」
俺は何も知らない振りをしてマネージャーモードになって言う。
「うん、もちろん」
「よし、じゃあ着替えて始めよう」
「わかった」
それからはいつものスミレだった。
◇◇◇
昼休み。部室に行くと椿と葵さんがいた。
「やあ、大樹君。お邪魔してるよ」
「葵さん……今日はスミレと食べないのか?」
葵さんはいつもスミレと一緒にお昼を食べているはずだ。
「ちょっといろいろあってね」
いろいろか。やっぱり、葵さんでも振られるってことはつらいことなんだな。
「まあいいか。じゃあ、一緒に食べよう」
俺たちは3人でお昼を食べ出した。
「それにしてもエビ中の曲は難しいね」
葵さんが話し出す。
「ボクはエビ中の安本彩花が好きなんだ。彼女は悪性リンパ腫を乗り越えた伝説的アイドルでね。一時期は治療の副作用で髪の毛が全部無くなったんだよ。それでも、治療を経て今ではアイドルだけにとどまらず、いろんな活動をしている。でも、ボクはその情熱的な歌い方に一番魅力を感じるね」
葵さんは珍しく一人でずっとしゃべっている。ボクと椿は聞いているだけになっていた。
「でもやっぱり一番好きな曲は『君のままで』だよ。この曲の一番の魅力は――」
「葵、なにかあったの?」
葵さんの独演会を遮って、椿が聞いた。
「え、何も無いよ。どうして?」
「いつもと違うからよ。お昼にここに来てるってことからするとスミレとなんかあったんだろうけど……」
そう椿が言うと、葵さんは黙った。
「なんでもいいけどライブが近いんだからベアキャットに迷惑かけないでよ」
椿が言う。
「大丈夫だよ。ベアキャットに迷惑は掛けない。誓うから信じてくれ」
「そう。ならいいけど」
葵さん、大丈夫だろうか。
◇◇◇
放課後。葵さんは練習に来るのだろうかと心配したが、スミレと一緒にちゃんと部室に来た。
だが、練習ではいつも以上に椿が葵さんに厳しくだめ出しをしていた。
「葵、そこ違う!」
「ごめん」
「もう何度目よ……バカマネ、ちょっと止めて。少し前からやり直すから」
椿が演奏を中止させた。
「葵、今日集中できてないんじゃない?」
「すまない。でも大丈夫だ」
「しっかりしてよ」
「わかってる」
だが、その後も葵さんは注意されてばかりだった。
練習終了後、スミレと葵さんはすぐに二人で帰っていった。部室に残った椿と友梨香さんと美桜が俺のところに来た。
「バカマネ、あんた葵に何があったか知ってるんでしょ」
「……」
「何も言わないってことはやっぱり知ってるのね」
椿にあっさりバレてしまった。
「何があったのよ」
だが、葵さんがスミレに告白したことは言えないだろう。
「……言えないけど、何とかする」
「バカマネが?」
「そうだ」
「大樹マネ、何か策があるのですか?」
友梨香さんが俺に聞いた。
「無い」
「はあ?」
椿が俺をにらむ。
「でも考えるから。明日まで待ってくれ。何かあったらみんなに連絡するから」
「ウチはマネ君を信じる! じゃあ、明日」
美桜はそう言って部室を出て行った。
「バカマネ、頼んだわよ」
椿も出て行く。
「マスターを信じます」
二人きりになって友梨香さんは久しぶりに俺をマスターと呼び、帰っていった。
確かに今の俺には策が無い。だが、今日はたまたまある人と会う約束があった。あの人に相談してみるか……
◇◇◇
俺が訪れたのはライブハウス「C99」だ。日曜日のライブに向けて、演出の打ち合わせを行うことになっていた。
「……大樹君、本番までに決めなきゃならないことはこのぐらいかな」
「ありがとうございます」
C99のオーナー、風間レイさんは初心者の俺に丁寧に教えてくれた。相変わらずこの人の性別は分かってないけど。だが、だからこそ今回の相談相手には一番いいかもしれないと思った。
「じゃあ、そういうことで当日はよろしくね」
「わかりました……あの……」
「ん? まだ何かあるの?」
「はい、少しご相談が……」
「相談? もしかして恋バナ?」
「は、はい……」
「マジで!? やったー! 高校生の恋バナなんて最高の供給よ。是非聞かせてちょうだい! もしかして坂崎君、メンバーに恋しちゃった? マネージャーとメンバーの禁断の恋?」
「いえ、俺じゃないんです……」
「あら、そうなの。じゃあ、誰なの?」
「誰なのかは言えません。俺の友人の女子です。実はその女子が女子を好きになってしまって……」
「あら、いいじゃない。でも、そのことに悩んでるとか?」
「はい。振られてしまって、へこんでるんです。それなのに、その女子とずっとすぐそばにいなくちゃいけなくて……俺、どうやって彼女を励ましていいか分からないんです」
「うんうん、青春ねえ」
「その女子は今まで女子しか好きになれなかったようで、でも、今の恋愛が上手くいかなかったから、もうそういうのをやめて男子を好きになるようにしたいとかも言い出してて……」
「それはよくないわねえ」
「……よくないでしょうか?」
「よくないわね。なにがよくないかって、男子とか女子とかそういう枠組みにとらわれているところよ」
「枠組み、ですか」
「そうよ。男子とか女子とか関係無いの。好きになった人がたまたま男子だったり女子だったりするだけなんだから」
「……そういう考え方もありますね」
確かに美桜は男子が好きだけど、葵と付き合ったりしていた。
「そうよ。だから、別に男子を無理矢理好きになる必要は無い。これまで通り女子を好きになってもいいし、好きな男子が現れたらそれでもいい。自分の心に従って生きることがロックってもんよ」
「ロック、ですか……」
「そう。ロックンロールね」
「はあ……」
ロックというのはよく分からなかったが、自分の心に従って生きることが大切だ、ということらしい。
「でも、それをどうやってその子に伝えたらいいんでしょうね。なかなか言葉で伝えきることが出来なくて……」
「それは私たちなんだから決まってるでしょ?」
「え? なんでしょうか?」
「あなたは何のマネージャー?」
「ベアキャットです」
「でしょ? だから決まってるわ」
「何なんですか?」
「音楽やダンスよ」
「なるほど……」
確かに言葉で伝えるより、音楽やダンスの方が響くのかも知れない。
そう思ったとき、俺はある計画が心に浮かんだ。
そして、すぐに葵さん以外のメンバーに協力してくれるようメッセージを送った。




