52 衝撃
美桜が帰って、俺は一人で机を片付け、鍵を職員室に返したあと、校舎を出ようとしたところで今日も葵さんからメッセージが来た。
葵『少し話がしたい。バスセンターのスタバでどうかな?』
なんだろう。俺はスタバに行くことにした。
「すまないね、また呼び出して」
葵さんはスタバの椅子に座り俺に言う。だけど座ってるだけでいちいちモデルみたいだな、この人。
「いや、いいけど、話って何だ?」
「スミレのことだよ」
「だろうな」
「君の昨日の提案に乗ろうと思う」
「提案?」
「ああ。告白だよ」
確かに昨日、俺は葵さんにスミレに告白したらどうかと言った。だが、ベアキャットに迷惑を掛けたくないと葵さんは拒んだんだったよな。
「……どうして急に告白することにしたんだ?」
「実は今日、ある子に告白されてね」
宮川紅葉か。
「それでどう返事したの?」
「もちろん断ったよ。好きな人がいるって」
「そうか」
「だけど、その子に勇気をもらったんだ。ボクをまっすぐ見て、今後のことは何も考えず、ただ好きだから、ボクに告白した。そういうまっすぐな気持ちをボクは失っていたと思ってね」
「なるほどな」
宮川さんの想いが葵さんを動かしたのか。
「だから、明日。朝練で告白しようと思うんだ」
「……そうか。だったら、俺は朝練には来ない方がいいか?」
「いや、大樹君も来てくれ」
「なんでだよ。俺の前で告白するのか?」
「それはさすがに恥ずかしい。でも、大樹君が来ないと普段と違う様子にスミレが何か察するかも知れないだろ?」
「それはそうだけど……」
「朝練が終わったあとに少し席を外してくれればいいから」
「そうか。わかったよ」
「でも部室の外でやりとりを聞いておいて欲しい。いちいち報告するのは面倒だし恥ずかしいからね」
「うん。わかったよ」
明日、告白か。スミレはどう答えるだろうな。成功して欲しいような失敗して欲しいような複雑な気持ちだ。
◇◇◇
翌日、水曜の朝練。スミレと葵さんはいつものように熱心に練習し、俺も言えるアドバイスを送った。
そして着替えも終わり教室に戻ろうかというところで、俺は言った。
「少し用事があるから先に行く」
「うん、わかった」
素早く部室を出て扉を閉めた。あとは葵さんが頑張るだけだ。俺はそのまま立ち去る振りをして、耳を澄ました。
「スミレ、ちょっと話があるんだ」
「え? 葵、何?」
「去年のクリスマスイブに言ったこと、覚えてるかい?」
「クリスマスイブかぁ。もう懐かしいねえ。でも、あのとき葵が言ったこと?」
「そうだよ。僕が言った冗談だよ」
「……ああ、付き合おうかってやつね。思い出すね。女2人で寂しいクリスマスイブだったなあ」
「スミレ……あれは冗談じゃ無いんだよ」
「え?」
「ボクはスミレが恋愛対象として好きなんだ」
「そ、そうなんだ……」
「うん。でも、スミレにはそういう趣味が無いことは分かっている。だから嫌だったら断ってくれて構わない。大丈夫、ボクはベアキャットの仕事はちゃんとやるし辞めたりはしないと誓うから。正直に気持ちを言ってくれ。スミレ、ボクと付き合うつもりはあるかい?」
葵さんの言葉のあと、しばらく静寂が部室を支配していた。だが、やがてスミレは言った。
「ごめんなさい……」
「そうか……」
「女子にモテモテの葵がそう言ってくれるのはほんとに嬉しいよ。女子として自信になるし。でも、私には好きな人がいるから……」
好きな人!? 俺には衝撃的な言葉が飛び込んできた。
「そうか。わかったよ、スミレ。すっぱりあきらめる」
「葵……」
「でも、友人としての付き合いは続けて欲しい。いいかな?」
「もちろんだよ。私からもそうお願いするところだったし」
「そうか。ありがとう」
「ううん……断ってごめん」
「いいんだ。じゃあ、僕は教室に帰ってるから」
葵さんの足音が聞こえた。俺はすぐに階段の方に向かう。やがて扉が開き、葵さんが階段のところに来た。
「葵さん」
「大樹君。聞いてたかい?」
「うん」
「これでボクと君は本当に似たもの同士だね」
そう言って葵さんは笑みを浮かべた。だが、その瞳には少し光ものも見える。
「葵さん、大丈夫?」
「大丈夫だ。これでしっかり区切りは付いたよ」
「そうか」
「ボクはやっぱり王子様を辞めるべき時なのかも知れないな」
「葵さん……今日の練習は休んだら?」
「まさか。休むわけにはいかない。これまで通り参加するよ。マネージャーとして厳しく接してくれ」
「う、うん」
「それじゃあ、先に行くよ」
葵さんは階段を駆け下りていった。俺もスミレに見つからないようにさっさと帰るか。
◇◇◇
俺には衝撃的な朝だった。スミレは葵さんを振った。そして好きな人がいると言った……いったい誰だろう。それを考えて勉強は手が付かなかった。ただでさえ、成績が悪いのにこれはまずい。
昼休み。何も考えられない頭のまま、部室に向かう。今日の部室には椿と友梨香さんがいた。全員同じクラスの3人だ。
「友梨香、六限のリーダーの翻訳ってしてきてる?」
「ええ、してきてます」
「だったらあとでちょっと見せてくれない?」
「もちろんどうぞ」
「ありがとう。ちょっと疲れてて昨日家で出来なかったから」
「確かにレッスンきつかったですからね」
「でも、友梨香はやってきたのよね。体力あるわね」
「私は事前にかなり先の方まで翻訳してますので」
「さすがね」
椿と友梨香さんの会話には俺は全く加わることなく、黙って弁当を食べ進める。スミレが朝言ったことが頭から離れなかった。
「……バカマネ、あんた今日、変ね」
椿が俺に言った。
「別に……普通だよ」
「変よ。なんか暗いモードに入ってる」
「そんなことないから」
「あるでしょ。どうせくだらないことでしょうし、私たちに話してみなさい」
「いいよ、別に」
椿の言い方が癪に障り、俺は絶対に話さないという気になった。だが、友梨香さんが言う。
「大樹マネ、悩み事はおっしゃってください。大樹マネは恩人です。私は恩を返す義務があるのですから」
そう言って友梨香さんは俺の腕をつかんだ。思わぬボディタッチに友梨香さんを見る。友梨香さんは俺の目を見てうなづいた。そんな純真な目を向けられたら言うしか無い。
だけど、葵さんがスミレに告白したことは言うわけにはいかないか。
「ちょっと聞いてしまったんだよ。スミレが『好きな人がいる』って言うところを」
「ああ……」
「そういうことですか……」
椿と友梨香さんは納得したように言った。
「……なんだよ。二人は知ってたのか? スミレに好きな人がいるって」
「確信は無いですが……」
「メンバーの共通認識としてはあるわね」
まじかよ。スミレが好きな相手はメンバーには認知されていたのか。
「一体誰なんだよ。頼む、教えてくれ! でないと、俺……気になって仕方ないんだ……」
「はあ……まったく、バカマネはほんとにバカね」
「仕方ないだろ。俺はスミレに振られてて、叶わぬ恋だとは分かってる。でも、スミレのことを好きなままなんだ。だから、どうしても気になるんだよ。スミレが好きなやつがすごいやつだったらあきらめもつくだろうし……」
「安心して。全然すごいやつじゃ無いから」
「そうなのか。でも、なんでそんなやつをスミレは……」
「それは幼馴染みだからでしょうね」
「幼馴染み? 俺以外にスミレに幼馴染みがいたのかよ。知らなかった……」
「……バカマネって、ほんとにバカね。普通、ここまで言ったら答えは分かるでしょ」
「はあ? どういうことだよ」
「スミレが好きな人はバカマネってことよ」
「……そんなわけないだろ。いいから俺に気を使わずに教えろよ」
「あんたねえ……」
「大樹マネ、自分の恋愛については鈍いですよね」
二人がそう言うが俺には信じられなかった。
「信じられないならそういう可能性もある、ぐらいに思っておけば? それだったら希望もあるし、マネージャーの仕事もちゃんと出来るでしょ」
「……まあ、そうだな」
確かにそうだ。スミレに好きな人がいる、それが誰かは分からない。ということは俺の可能性もある。シュレーディンガーの猫と同じだな。確定しなければ可能性があるのだ。俺は自分の都合がいいようにとらえることにした。
「それにしてもなんでそんなことスミレが話してたのよ」
「い、いや、それは……」
俺はそのあと、二人の追求をかわすのに必死だった。




