49 実験
「お姉ちゃん、彼氏を作りたいって本気?」
結菜さんが葵さんに聞いた。
「ああ、本気だよ」
「だったら、お姉ちゃん。坂崎マネージャーと試してみたら?」
「はあ?」
急に結菜さんがそんなことを言い出した。
「試す?」
「そう。実験よ! お姉ちゃんが男子を好きになれるかどうか。坂崎マネージャーがさっき私たちを助けてくれたとき、かっこよかったでしょ?」
「それは、まあ……」
「だったら好きになるかも知れないじゃない! 今からデートしなよ」
結菜さんは一人で盛り上がっているようだが、俺も葵さんもそんな気は無い。
「結菜さん、それはちょっと……」
「……いや、大樹君。ボクも試してみたくなったよ。いいかな?」
「え!?」
葵さんはやる気のようだ。結菜さんも期待を込めた目で見ている。
「じゃあ、今からちょっとぶらぶらするか?」
それぐらいならいいだろう。
「お願いします! 坂崎マネージャー」
結菜さんがそう言って、葵さんもうなづいた。
デートといっても結菜さんもついてくるし、本当に実験といった感じだ。
俺たちはスタバを出てアーケードを新市街方面に歩き出した。すると、結菜さんが言った。
「まずは手をつないでみてよ」
「え!?」
「そうだね。大樹君、いいかな?」
「あ……」
俺が何か言うまでも無く葵さんは俺の手を握った。
「うわあ、お姉ちゃんが男子と手を握ってる!」
結菜さんは大喜びだ。俺もこんな美人の葵さんと手をつないで歩くなんて、恥ずかしくなってくるが、葵さんは特に表情は変えていなかった。
「よし! じゃあ、腕組んで!」
結菜さんが調子に乗って言う。葵さんは何も言わずに俺と腕を組んできた。
「うんうん! いいねえ!」
結菜さんは嬉しそうだが、葵さんはやっぱりいつもと同じクールな表情だ。
しばらく歩くと俺たちはカフェに入った。
「クレープ! 食べよう!」
結菜さんの言うがままに俺たちは全員でクレープを注文する。
「よし! お互い食べさせて」
「はあ?」
そんなこと恋人同士でもないのに出来るわけない。そう思ったが葵さんはクレープを俺に差し出してきた。
「う……」
「食べてくれるかい?」
葵さんが見つめる瞳に負けて俺は一口食べる。
「じゃあ、次はボクの番だね」
葵さんは口を開けた。俺はそこに自分のクレープを差し出す。葵さんは一口食べた。
「キャー! カップルみたい!」
結菜さんは一人で盛り上がっている。だが葵さんは特に何も感じていないようだ。やはり、俺では葵さんをドキドキさせたりすることは出来そうもない。実験は失敗だな。
結局、それで実験は終了となった。
◇◇◇
翌日の日曜日は何もなく家で過ごしたあとの月曜日。今週はライブフェス前なので毎日朝練の予定だ。だから、早めに家を出る。すると、家の前でスミレが待っていた。
「スミレ、どうしたんだ?」
いつもは停留所で出会うのに、家の前で俺を待っているなんて珍しい。
「大樹と一緒に行こうかと思って」
「そうか……だったら連絡してくれれば良かったのに」
「今しようとしたところだったんだよ」
「じゃあ、一緒に行くか?」
「うん」
俺とスミレは路面電車の電停に歩き出す。その途中でスミレが聞いてきた。
「大樹……葵とはほんとに偽装だったんだよね?」
「え? うん、そうだよ」
「そう……ならいいけど……でも、ちょっとびっくりしたよ。葵は男子より女子が好きって感じだったし」
「え? スミレ、知ってたのか?」
「そりゃあね。一応、親友だし。一緒にベアキャットを作った仲間だもん。それぐらい知ってるよ」
「だったら、すぐに偽装だって分かっただろ」
「でも、葵だって男子を好きにならないとは限らないでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
スミレ、葵さんがそういう人だと知っていたのか。それなのに葵さんが自分に向ける気持ちには気がついてないのか。
朝練でもスミレはいつもと変わらぬ様子で葵さんに接していた。
◇◇◇
お昼になり、俺はいつものように部室に行く。すると椿に加え、一年生の宮川紅葉が居た。
「坂崎マネージャー、お邪魔してます」
「お邪魔じゃ無いよ。宮川さんもミーアキャットの一員なんだし、部室に来ていいんだよ」
「ありがとうございます。これからもたまに来ると思いますのでよろしくお願いしますね」
「もちろんだ」
俺は近くに座って弁当を食べ始める。すると、宮川さんが聞いてきた。
「あの……坂崎マネージャーって、葵先輩とどういう関係なんですか?」
「え?」
「もしかしてお付き合いされてます?」
「なんでだよ。そんなことないぞ」
「そうなんですか。でも、土曜日、見たんですよね」
「え?」
「坂崎マネージャーが葵先輩と一緒にいるところ」
「そうなの?」
今まで黙っていた椿が俺を見た。
「ち、違うよ……あれはそういうのじゃないから」
「あれって何よ」
「いや……その……宮川さん、何を見たの?」
「言っちゃっていいのかなあ」
「紅葉、さっさと言いなさい」
椿が言う。
「じゃあ、言いますね。葵先輩と坂崎マネージャー、腕を組んで歩いてました」
そこを見られてたのかよ。ちゃんと隣に妹の結菜さんもいたはずなんだけどな。
「バカマネ、いったいどういうこと?」
「だから偽装交際で――」
「それは金曜にスミレに種明かししたって聞いてるわよ。土曜日に腕組むこと無いじゃない」
スミレから聞いていたか。
「まさか、あんたほんとに葵と――」
「ち、違う! あれは実験だよ、実験!」
「実験?」
「そうだよ。あれは……」
しまった。葵さんが男子を好きになれるかどうかの実験、なんて言えないか。だって、『葵さんの性の対象は女子だ』なんて本人の承諾なしに言うことなんてできない。言ってしまえば、アウティング《無許可の暴露》になってしまう。
「何よ」
「と、とにかく……そういうものじゃない。隣には葵さんの妹もいたんだからな」
「あ、そうなんですか」
「でも、なんか怪しいわね……」
椿はそう言ったが、宮川さんは
「……わかりました。私は坂崎マネージャーを信じます」
そう言ってくれた。一年生は素直でいいな。だが、宮川さんのその後の言葉が俺を動揺させた。
「でも、よかったです。ほっとしました。だって……坂崎マネージャーが葵先輩と付き合ってないなら、私にもチャンスありそうで……」
そう言って宮川さんは俺を見る。え? チャンス? スミレによく似ている宮川さん。まさか俺のことを……宮川さんが俺に好意を寄せてくれてるとしたら、答えるべきかどうか……そんなことを考えたときだった。
「どういうことよ、紅葉」
椿が聞いた。
「実は、私……葵先輩を好きになっちゃったみたいなんです」
「「はあ!?」」
そっちかよ!
「すみません、部内恋愛は禁止ですか?」
「……そんなことないわよ。バカマネはスミレが好きだし、それに……」
椿が言いよどむ。そうだよな、俺と椿は一時期男女の関係だったよな。それが言えないんだろう。そう思っていたら、全く違ったことを椿は言った。
「葵は一時期、美桜と付き合ってたしね」
そっちかい! てか、知ってたのかよ。
「え、そうなんですか?」
「そうよ。隠しているつもりだったんだろうけど、バレバレだったから」
「じゃあ、葵先輩は女子と付き合うのも大丈夫なんですね?」
「大丈夫も何も、葵は女子としか付き合ったことないんじゃないの?」
椿も知ってたのか。
「そうですか、じゃあ、私、頑張ってみます」
「うん、頑張って。でも、葵に振られたからって、ミーアキャットを辞めないでよ」
「分かってます。ご迷惑はかけないようにします」
「うんうん。バカマネ、あんたも手伝ってあげなさい」
「はあ? なんでだよ」
「可愛い後輩が頑張ってるんだから。それに、あんたは葵とはそういう関係じゃないんだからいいでしょ? 行動で証明しなさい」
「そうだけど……」
「坂崎マネージャー、よろしくお願いします!」
そう言って宮川紅葉はまっすぐに俺を見つめてきた。はぁ……どうすりゃいいんだ……




