47 早退
放課後。いつものようにレッスンが始まった。だが、スミレは早退したらしく、今日のレッスンには参加していない。
そして、今日はボーカルの練習も入っている。マイクは入れずに地声で歌っていた。
俺は歌が入ったベアキャットのパフォーマンスを撮影しながらチェックする係だ。しかし、やっぱり葵さんの歌はすごい。踊りながらでも音程のずれは最小限だった。
「バカマネ、どうだった?」
歌が終わったとき、椿が聞いてきた。
「葵さんと友梨香さんと椿は問題ないね。あとは美桜かな」
「ウチだよねえ。可愛い曲ならいいんやけど、この曲は難しいし」
美桜さんが珍しく困った顔で言う。
「でも、別に聞けないレベルじゃないし。完成度を上げていけばいいよ」
俺は言った。
「ありがと。マネ君優しい」
「……あとはスミレか」
椿が言う。
「早退って心配ですね。体調を崩しているならライブも心配です」
友梨香さんが言う。
「大丈夫だよ」
それを聞いて葵さんが言った。
「葵、何か知ってるみたいね」
椿が葵さんに聞いた。
「うん。スミレが休んだのはボクのせいさ」
「……どういうこと?」
「正確にはボクと大樹君のせいだけどね」
「はあ? 説明して」
椿が葵さんに言う。まずい。葵さん、なんとかごまかしてくれ。だが、俺の願いもむなしく、葵さんは正直に言った。
「今日の朝、ボクと大樹君が付き合ってるってスミレに言ったんだよ」
「「「はあ?」」」
3人が驚きの声を上げた。
「バカマネ、ほんとなの?」
「大樹マネ、嘘ですよね?」
椿と友梨香さんが俺に聞く。
「そ、それは……」
俺が答えられずに居ると今度は美桜が冷静に葵さんに言った。
「葵……偽装でしょ」
美桜の言葉に葵さんは言葉に詰まっていたが、結局言った。
「そうだよ。偽装だよ」
「偽装? どういうこと?」
椿が聞いた。
「スミレの気が引けると思ってね」
「はあ? バカマネの発案でしょ。ほんと、バカね」
「違うよ。ボクの発案だ」
「葵が? 何考えてるのよ。バカマネが可愛そうにでもなった?」
「……まあ、それもあるかもね」
「まったく……あんた、スミレの親友でしょ。スミレを傷つけていいわけ?」
「傷ついているのはスミレだけじゃないから」
「だからってねえ……このままスミレが参加しないなんて事になったらどうするのよ」
椿が葵さんを責めた。
「ボクのせいだからボクが何とかする」
「頼むわよ。まったく……スミレがいない前提でパートを組み直すのは大変なんだから。今日はスミレが参加すると信じて、今まで通りの練習で行きましょう」
「そうだね」
それからは5人バージョンでスミレ抜きの練習が続いた。
レッスンが終わるといつものように椿はすぐに帰り、そして友梨香さんも帰った。部室には俺と葵さんと美桜が残っている。
3人になると美桜が葵さんに言った。
「葵、そんな偽装してもウチにはすぐバレるって思わんかった?」
確かに。美桜は葵さんと一時期付き合ってたんだし、葵さんの性の対象が女性と知っているはずだ。
「そうだね。でもバレても良かったから」
「なんでよ」
「スミレが嫉妬するかどうかを、知りたかっただけだからさ」
「そうなんや。マネ君のためか……でも葵も落ち込んでる? スミレを傷つけちゃったから?」
「……まあ、そうだね」
「そっか……じゃあ、また慰めてあげようか?」
「別にいいよ」
「そう? ウチは久しぶりに葵と2人で遊びたいんやけど」
そう言いながら美桜は葵さんに接近してくる。
「……大樹君がいるんだぞ」
「あ、そうやった。マネ君には内緒かあ」
美桜と葵さんの関係は知ってるけど、葵さんはバレていないという演技で行くようだ。俺も合わせるか。
「美桜、何が内緒なんだ?」
「なんでもないよ。一応、言っておくけど、ウチは男子が好きやからね」
「それは知ってるよ」
「葵が男子やったらなあ。すぐにでも付き合うんやけど」
美桜はそう言ってごまかした。本当はこの二人は付き合ってたんだけどな。
「ありがとう、美桜」
「いいえ。でも、スミレのことはなんとかせんとあかんよ」
「わかってる」
「マネ君としっかり話し合って、どうするか決めんとね。じゃあ」
美桜さんも帰っていった。
「……ほんと、スミレのこと、どうするんだ?」
俺は葵さんに言う。
「スミレは体調不良を理由に早退している。だったら、お見舞いに行くのはどうだろう?」
「お見舞いか」
「うん。そこでネタばらしをする。それならスミレも元気になるだろうし」
偽装カップルはもう終わりか。1日も持たなかったな。
「確かにそれがいいな。でも……葵さんはそれでいいのか?」
「いいよ……やっぱり、ボクの想いはスミレには届きそうも無いから」
「そうか」
寂しそうな葵さんだが、俺もスミレを渡すわけにはいかないし、元気になってもらわなければ困る。仕方ないだろう。
◇◇◇
俺と葵さんはスミレの家に向かった。玄関先で久しぶりにスミレのお母さんに会った。
「あら、大樹君。久しぶりねえ」
「ご無沙汰しています」
「ベアキャットのマネージャーになったって聞いたわよ」
「はい。またスミレさんに関わらせていただいてます」
「なんか大人になったわねえ」
「いえ……」
「葵ちゃんも一緒にお見舞いに来てくれたの?」
葵さんもスミレのお母さんとは知り合いか。家にも遊びに来たりしてるんだろう。
「はい。スミレはいますか?」
「部屋にいるわよ」
俺と葵さんはスミレの部屋の前に立ち、ドアをノックした。
「誰?」
スミレの声が中から聞こえた。
「俺と葵さんだ」
「帰って!」
スミレの声が胸に痛い。すると、葵さんが言った。
「スミレ、ごめん。実は朝言った話は嘘なんだ」
「……嘘?」
「そうだ。ボクたちは付き合っていない」
葵さんがそう言うとしばらくしてドアが開き、パジャマ姿のスミレが出てきた。
「……とりあえず入って」
俺と葵さんはスミレの部屋に入った。それにしてもこの部屋に入るのも久しぶりだ。いつ以来か思い出せないほど。たぶん中学のときか。この部屋も大きく変わっていた。あんなにたくさんあったラブライブのポスターは1枚だけになり、ベアキャットのメンバーとの写真や、ステージの写真が飾ってある。
それとレッサーパンダのぬいぐるみ。一緒に行った熊本動物園でスミレはレッサーパンダを凄く気に入っていた。そこで俺がいくつかプレゼントしたグッズの一つがまだ机においてあった。
「……どうして?」
「え?」
「どうしてそんな嘘ついたの?」
スミレが葵さんに聞く。
「それは……」
葵さんが言えるわけないか。俺は口を挟んだ。
「俺のせいだ。俺がスミレの気を引きたくて、葵さんに偽装恋人になってくれとお願いした。ごめん!」
俺は頭を下げた。
「……まあ、そんなことだろうと思ってたけどね。でも、葵がそんなことに協力するなんて意外ね」
「ボクは――」
「俺が無理矢理頼んだんだ。葵さんは何も悪くない。悪いのは全て俺だから」
葵さんに何も言わせないように俺が割り込んで言った。
「そっか……じゃあ、あとで大樹には罰ゲームね。何するかは考えておくから」
「わかったよ」
「ふふ、楽しみだな。明日、何か買ってもらおうかなあ」
「明日? スミレ、もう体調はいいのかい?」
葵さんが聞いた。
「もう体調は良くなったから……大丈夫よ」
「そうか。それはよかった」
「う、うん。お見舞いに来てくれてありがとう。もう大丈夫だから。帰っていいよ」
「そ、そうか」
「じゃあ、また来週、学校で」
「うん。じゃあね」
俺と葵さんはスミレの家を出た。




