46 ライブハウス
ライブハウス「C99」は地下にある。階段を降り、扉を開けて中に入るとそこに一人の人物が座っていた。髪には赤いメッシュが入り、黒い革ジャンを着ている。よく見ても男性か女性か分からない。年齢は結構いってるみたいだけど。
「あら、葵ちゃん! 久しぶり!」
「ご無沙汰してます」
葵さんはこの人に会ったことがあるようだ。
「はじめまして、ベアキャットのマネージャーをしてます坂崎です」
「あなたが坂崎君? メールではやりとりしてるけど、はじめましてね」
「ということはあなたがオーナーの風間さんですか」
「風間さんって堅いわね。レイでいいわよ」
「は、はい! レイさん」
ライブハウスC99のオーナー・風間レイさんは今回のイベントの中心となって動いている人だ。
「ステージ見たいんでしょ。自由に見ていいわよ」
「「ありがとうございます!」」
俺たちはステージに上がって、どういう感じかを見せてもらうことができた。
「こういう感じなんだな、ライブハウスって……」
「大樹君は初めてかい?」
「もちろん。ライブハウスには来たことが無いよ」
「ボクもそれほどあるわけじゃ無いけどね。うん、このライブハウスなら大丈夫そうだ」
「何が?」
「歌だよ。ボクは緊張すると声が出ないからね」
「緊張? 葵さんも緊張するの?」
そういう風には見えない。いつも堂々としているイメージだ。
「ボクだって緊張するよ。広い場所や見知らぬ場所はいつも緊張でドキドキしているよ」
「そうなんだ」
「もちろん。でも、ここはそれほど広くないし、今日見せてもらったからもう緊張はしないと思う」
「そうか、それならよかった」
あとはレイさんと軽く打ち合わせをして、ライブハウスをあとにした。
「葵さんは電車で帰るの?」
「そうだけど……少し寄り道しないかい? 話したいこともあるし」
なんだろう。また、スミレ絡みだろうか。
「わかった。じゃあ、どこに行く?」
「すぐ近くに行きつけのカフェがある」
「そうなんだ。じゃあ、そこに行こうか」
葵さん行きつけのカフェは上通りに入ったすぐの場所にある岡田珈琲。老舗の喫茶店だ。2階に上がり、俺たちはコーヒーを頼んだ。
「それで、話って?」
「スミレのことだよ」
「やっぱりそうか」
「ボクたちにとって共通の課題だからね。いかにしてスミレの気を引くか。君もいつも考えてるんだろ?」
「いつもってわけじゃないけど……気は引きたいとは思っているね」
ベアキャットのマネージャーになってまたスミレと話すようになり、距離は縮まったと思う。だが、ただの幼馴染み。いや、それ未満というのが今の状態だ。
「スミレの気を引く方法がある、としたらどうする?」
「そりゃ、やってみたいけど……なんなんだ?」
「ボクと偽装カップルになることさ」
「はあ? ……つまり、葵さんとボクが偽の恋人同士になるってこと?」
「その通り。ボクと大樹君が付き合いだしたとなれば、スミレはきっと嫉妬する。嫉妬の対象がボクなのか、大樹君なのか、どちらになるかはわからないけどね」
「そうかなあ」
スミレは俺と付き合う気は無いと公言してるし、俺に嫉妬することは無いように思う。だからといってスミレが葵さんに嫉妬するとも思えない。
「大丈夫だよ。スミレが嫉妬しなければすぐに別れればいいんだから」
「そうだけど……」
「試してみる価値はあると思わないかい?」
「うーん……」
「悩むことは無いだろう。それとも他に好きな人でも出来たかい?」
「そんなことはない。俺はスミレ一筋だ」
「だったら、試してみる価値はあるんじゃないか?」
「……葵さんはスミレが本当に嫉妬すると思うのか?」
なんだかんだで葵さんはスミレの親友だ。今では俺よりも葵さんの方がスミレのことをよく知っているだろう。だから、葵さんが本当はどう思っているのかを知りたかった。
「もちろん。スミレは必ず嫉妬するよ。最近の君にも心当たりはないかい?」」
最近の俺か。確かに椿の彼氏役になったときにはスミレは俺の家を訪ねてきた。美桜の時も何か怒ってたし。
「……そうか。だったら、やってみるか」
「ありがとう。じゃあ、今からボクたちは偽の恋人同士だ」
「そうだね」
「だからこういうこともできる」
そう言って葵さんは俺の頬に手を当ててきた。
「あ、葵さん?」
「ふふ、可愛いね。大樹君は」
「あ、あの……偽装なんだよな?」
「そうだよ。偽装さ」
そう言って葵さんは手を離した。しまった、からかわれたか。
「スミレにはボクから伝えよう。明日の朝練で言うから」
「え?」
「じゃあ、ボクはこれで失礼するよ」
葵さんはお金を置いて帰っていった。
しかし、偽装とは言え、葵さんが彼氏、じゃなかった、彼女かよ。
◇◇◇
翌日の朝練。いつものように俺はスミレと登校し、部室に入った。やがて、葵さんが来た。
「スミレ、大樹君、おはよう」
「おはよう、葵」
「おはよう、葵さん」
「じゃあ、始めようか」
あれ? 朝練で葵さんがスミレに伝えるんじゃなかったんだろうか。だが、そのまま練習が始まった。葵さんはいつも通りだ。昨日のあの会話は冗談だったのかな。
だが、練習を終わろうという時に葵さんが突然言った。
「そうだ、スミレに伝えておかなきゃならないんだった」
「え? なに?」
「ボクと大樹君、付き合うことになったから」
「そう……って、え!? 付き合う!?」
「うん」
「それは男女として?」
「そうだよ」
「はあ? 大樹! 私のこと好きじゃなかったわけ?」
スミレが俺をにらんできた。
「好きだけど……」
「じゃあ、どうして!?」
「だって、スミレは振り向いてくれないし……」
「……そっか。私が悪いもんね」
「悪いというか……」
「葵、もしかして大樹がかわいそうとか思ったの?」
スミレが葵に聞く。
「そういうわけじゃないよ。大樹君のことを純粋に好きになったから」
「そう……だったら、何も言えないわね。私じゃ葵に勝てないし……」
「ス、スミレ……」
「私、先に行ってるから。お幸せに」
そう言ってスミレは出て行った。そのスミレを葵さんは寂しそうに見ている。
「……あれは嫉妬か?」
俺は葵さんに聞いた。
「そうだね。スミレは確かに嫉妬しているよ」
「そうか。やっぱり、葵さんを取られたのがショックだったのかな」
「違うよ。スミレは大樹君を取られたと思って、ボクに嫉妬してるんだ。つまり、スミレの恋愛対象は君だけだよ」
「そうかな……」
「うん、間違いないね」
そう言った葵さんは寂しそうだった。俺は何も言うことは出来なかった。




