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4 レッスン

「……じゃあ、ストレッチから始めようか」


 リーダーのスミレが言った。


「……いいけど、こいつどうすんの?」


 氷室椿が俺を見て言う。


「最初だし、レッスンを見学してもらおうかと思ったんだけど……」


 スミレが言った。


「えー!? こいつの前で踊るわけ?」


 氷室椿が言った。


「マネージャだし当然でしょ」


「うーん、何か嫌だなあ……」


 氷室椿が言う。でも、俺もこんな美女の中に一人男子がいて練習を見るのもやはり気恥ずかしい。


「わかった。俺は外に出てて誰か来ないか見張ってるよ」


「ごめん、大樹……」


「いいから」


 俺はスミレにそう言って教室を出た。


「……じゃあ、始めようか」


 俺が出て行った教室の中からはスミレの声が聞こえてくる。俺は教室の外に出てしばらくぼーっと立っていたが、暇なので廊下の窓からグラウンドを眺めだした。グラウンドでは男子サッカー部が練習中だ。なかなかシュートが入らない。うちのサッカー部はそれほど強くないようだな。でも、楽しそうに練習していた。


 やがて、教室の中からは音楽が流れ出した。曲を流しての練習か。この曲は……『スノーハレーション』だな。アニメ・ラブライブの人気曲だ。スミレとはよくラブライブの話をしていた。あいつが好きだった曲だ。ベアキャットでこの曲を踊るのか。見てみたいけど、教室の外にいる俺には当然見ることは出来なかった。まあ、そのうちステージで見れるか。


 何度もかかった曲が鳴り止んだ。練習は終わりかな。そう思うと中からスミレが顔を出した。


「着替えるから見張ってて」


「わかった」


 まあ、ずっと見張ってたんだけどな。しばらくすると扉が開いた。


「いいわよ」


 入ってこいと言うことだろうか。俺はすごすごと教室に入った。


「あんた、ずっと廊下にいたわけ?」


 制服姿に戻った氷室椿が聞いてくる。


「そうだけど」


「別に帰っても良かったのに」


「そういうわけにいくか。俺の初仕事だし」


「あっそう。だったら、飲み物のゴミ、捨てといて」


「わかった」


「あと教室の机、全部元に戻して。そのあと部屋に鍵も掛けて職員室に返しておいて」


「ちょ、ちょっと、椿」


 スミレが言う。


「何よ」


「机を元に戻すのはみんなでやってったでしょ。一人で全部やるのは大変だよ」


「そのくらいマネージャーなんだから当然でしょ。私疲れたし」


「そんな……」


「大丈夫だよ。それぐらいはやるから。みんなは疲れてるだろうし帰っていいよ」


 俺は言った。


「大樹、別にそこまでは……」


「いいってことよ。惚れた弱みだ」


「う……大樹……」


「あら、マネ君、ベタぼれやん」


 園田美桜が俺に言う。ん? マネ君?


「なんなのよ、マネ君って」


 氷室椿が園田美桜に聞いた。


「だって、坂崎君ってのも堅いし、マネージャーなんだからマネ君でいいでしょ?」


「まあいいけど……」


「マネ君、ウチのことは美桜って呼んでね」


「流石に名前呼びはちょっと……」


「なんでよ。スミレは名前で呼んでるでしょ」


「それは幼馴染みだし」


「同じメンバーなんだから平等にしてよね。マネージャーなんやし」


「……確かにそうだよな。わかったよ。だったら『美桜さん』で勘弁してくれ」


「それでいいよ、マネ君」


 そう言って俺にウィンクした。こいつ、俺をからかって楽しんでるな。さすが校内一の小悪魔だ。


「私も名前で頼むよ。長峰さんって言われるのはちょっとね」


 確かに長峰葵はみんなから「葵さん」と呼ばれることが多い。一部には「葵様」と呼ばれているようだが……


「……わかったよ、葵さん」


「ふむ。よろしく、大樹君」


 葵さんはイケメンの笑顔を見せた。


「……私も名前でお願いします」


 ジャージの時には眼鏡を外していた篠原友梨香も今は眼鏡をかけ、一つ結びにした髪型で、俺に言ってきた。


「い、委員長も?」


 あまり話したことがない子だし、クールな感じの篠原さんを名前呼びというのは……


「私、教室では委員長とか篠原さんって呼ばれてますが、ベアキャットでは友梨香って呼ばれてますので。こういう場では名前で呼んでもらえないと切り替えできません」


 篠原友梨香は冷静に理由を俺に言った。なら、仕方ないか。


「まあ、そういうことなら……じゃあ、ここでは友梨香さんで」


「ありがとうございます、大樹マネ」


 大樹マネ、か。そう呼ばれるのもマネージャーになったことを認められたみたいで嬉しいな。


 となると、4人を名前で呼びになったわけだが、もう一人は……


「何よ。私のことは名前で呼ばない気?」


 そう言って氷室椿が俺をまたにらんできた。


「い、いや……いいのかなって」


「メンバーを差別するようならすぐクビにするから」


「それは名前で呼んでいいってこと?」


「早くしなさい!」


 なぜか氷室椿はおれに名前で呼ばせようとしてきた。


「つ、椿さん……」


「照れないでよ! こっちまで恥ずかしくなるじゃない」


 そう言ってる椿の顔は確かにちょっと赤いような。


「ごめん、椿さん」


「それでいいわ。あんたのことはそうね……自分でバカだって言ってたし、これからはバカマネって呼ぶから」


 そう言って、椿さんは教室を出て行った。バカマネって……でも、マネージャーであることは認めたってことか。


「ちょ、ちょっと、椿!」


 そう言ってスミレが追いかける。あとの3人も教室を出て行った。


「……さて、やるか」


 一人になった教室で俺は机を並べ出す。少しは俺も認められたのかも知れないな。



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