36 かっこいいところ
今日は金曜日。明後日の日曜は熊本アイドルフェスティバルの本番。そして、月曜から中間テストだ。
放課後には厳しいレッスンが続いた。スミレと葵さんに椿が容赦ない言葉を浴びせる。だが、それも次第に少なくなってきた。
「うん、いい感じになってきたわね……バカマネはどう思う?」
椿が俺に聞いてくれるのも最近ではよくあることだ。
「いいんじゃないかな。ただ……いや、いいか」
俺は言おうとして途中で止めた。
「何よ。気になることがあるなら言いなさい」
椿が俺に言う。
「いや、別にいいんだけどね……葵さんが良さを出せてないかなと……」
言ってしまった。葵さんは怒るだろうか。と思ったが、葵さんは頷いて言った。
「確かにそうだね。この曲は可愛さを前面に出してるからボクには似合ってないよ」
「まあそうなんだけど、だから葵さんは可愛さを出さなくてもいいんじゃないかな」
「はあ? やっぱりバカマネね。『私の一番可愛いところ』なのよ?」
「そうだけど、葵さんは『ボクの一番かっこいいところ』を見せればいいんじゃないか、と思って」
俺がそう言うと、葵さんは驚いたように目を見開いた。椿は何か考え込んでいる。そして言った。
「……バカマネの言うことも一理あるわね。でも、葵、できる?」
「ボクはそっちのほうがやりやすいけどね」
「そっか……だったら、一回そっちでやってみようか」
「わかった」
それから再び曲が流れ出す。今度は葵さんは可愛い振り付けはしないで、かっこよさを見せ始めた。うん、これこそ「長峰葵」だ。
曲が終わると椿は言った。
「確かに悪くないわね。葵はどうだった?」
「すごく楽しかったよ。ボクはできればこっちがいいな」
「うーん……じゃあ、スミレ。どっちがいいか、最終判断して」
椿は最終判断はスミレに任せた。
「私はかっこいい葵が見たいかな」
その言葉に葵さんが笑顔を見せた。
「じゃあ、決まりね。葵、本番はかっこいいモードで」
「わかった。頑張るよ」
「じゃあ、今日のレッスンはここまでね」
椿が言った。レッスンが終わるとここからはリーダのスミレが仕切る。
「はい、今日はこれで終わるけど、明日は前日だし最終確認を朝からやるから10時集合ね。軽く確認するだけだから」
「はーい! ところで本番はどうやって移動するん?」
美桜が聞く。
「そのあたりの話は大樹から明日話すことにしましょうか。今日は少し遅くなったし、もう終わりましょう。じゃあ、大樹。着替えるから」
「わかった」
俺は部室の外に出た。着替えが終わった椿が真っ先に出てくる。
「バカマネ、あとはよろしくね」
「おう」
俺は部室に入った。美桜とスミレと葵さんも出て行き、部室には俺と友梨香さんだけになる。2人で机を片付けだしたが……
「今日はもう部室に残って勉強をする時間は無いね」
俺は言った。いつもよりレッスンが押したので時間が無くなってしまったのだ。
「そうですね……じゃあ、どうしましょうか。マスターの家でやります?」
「え!?」
「だって、そうしないとまだ勉強が終わってないですよ」
確かにそうだ。俺は友梨香さんに基礎から教わっていたので時間がかかっている。明日も最終確認後に時間はあるが、それは友梨香さんに恋愛を教えるためのデートの時間という約束を既にしていた。俺の勉強のためには使えない。となると、今日しかないか。
「でも、いいの? 車が迎えに来るんじゃなかった?」
「遅くなるって伝えますから大丈夫です」
「そ、そうか……なら、お願いしようかな」
「わかりました。でも、せっかくマスターの家に行くので……恋愛の方も教えていただけると……」
「う、うん。そうだね。少しは教えられると思う」
「ありがとうございます!」
友梨香さんは笑顔で言った。
◇◇◇
校舎を出ていつもならバスセンターに向かう道だが、今日は路面電車の停留所に向かう。そこから何駅か行ったところが俺の家だ。いつもなら1人で降りる電停に友梨香さんと2人で降りた。
そこから家の方に歩き出すと友梨香さんが横に並んで言った。
「……ここなら誰にも見られないですよね」
「そうだけど……」
「じゃあ、失礼します」
そう言って俺の腕に抱きついてきた。
「ゆ、友梨香さん……」
「だってもうすぐ私がこうできる期間も終わってしまいますし。マスターさえ良ければこのままでいたいです」
まっすぐ見てくる友梨香さんに反論できず俺は言った。
「わ、わかったよ。ただ、家の前では離してくれよ」
「わかりました」
約束通り、家の前で友梨香さんは離れた。俺は友梨香さんを家に入れて言った。
「ただいま……」
「お邪魔します」
「お兄ちゃん、また誰か連れてきたの? って、また友梨香さんだ! わーい!」
妹の瑠璃は大喜びだ。
「友梨香さん、今日はどうしたんですか?」
「また大樹マネに勉強を教えに来たんです」
「そうですか。あ、でも、もうすぐご飯作ろうと思ってたんでした。食べて行きます?」
「え? 瑠璃ちゃんが作ってるんですか?」
「はい、今日も親は帰りが遅いので」
「そうなんだ。偉いですね」
「えへへ。ときどきですけどね。是非食べて行ってください」
「じゃあ、そうしましょうか」
「わかりました! 今から作りますね。それまではお兄ちゃんをビシバシしごいてください」
「そうしますね。じゃあ、行きます」
俺の部屋に入った友梨香さんは慣れたように座り、勉強の準備を始めた。
「ごめんな、妹が無理言って」
「いえ、私も楽しみですから大丈夫ですよ」
「今日は帰りが遅くなるかも知れないけど家の方は大丈夫?」
「大丈夫です。連絡してますので」
「そうか。じゃあ、始めるか」
それからは友梨香さんの最終講義が始まった。実は今日やっている内容は一度友梨香さんの家でやったものだ。あのときには何を言っているか分からなかった試験対策だが、基礎からやりなおした今の俺の頭には入ってくる。なるほど、そういう意味だったのか。
あんなに難しそうだと思った試験対策はあっという間に終わった。
「これで試験は大丈夫ですよ」
「そうか……ほんとに助かったよ。友梨香さん、ありがとう」
「いえ、私も恋愛を教えてもらいましたし」
「そ、そうだな……」
「でも、まだ教えてもらってないことがありますので、食事のあとにでもお願いできますか?」
「う、うん……でも、前にも言ったように、キスとかはだめだからな」
「……やっぱりダメですか」
「そうだ。ああいうのは本当に好きだと思う人としなくちゃ」
「……私がマスターを好きになってはダメですか?」
「え?」




