33 お礼
「私に恋愛を教えてもらえませんか?」
「は?」
友梨香さんに勉強会のお礼をしたくて、してもらいたいことを聞いたらそんなことを言われ、俺はよく分からず聞き返してしまった。
「私……恋愛がよく分かっていないのです」
「そうなんだ」
「はい。初恋もせずにこの年齢になってしまいました。親しい友達にも恋人がいる人はいませんでしたし」
「でも、椿には恋人がいたよね?」
俺が恋人役をする前にサッカー部の恋人がいたはずだ。
「はい。話には聞いていましたが、椿が恋人と一緒にいるところは見たことが無かったので」
「そうか」
椿は彼氏と一緒にいるところを見せないようにしているとスミレが言ってたな。
「だから……私には衝撃だったのです。大樹マネと椿がしていることが……」
「ああ、あれか……」
そうだった。バスセンターの屋上で椿が抱きついてきたのを友梨香さんに見られたんだった。
「まあ、知り合いが抱き合ってる場面なんてそうそう見れないからね」
「それだけじゃありません。私、聞いてしまったんです」
「え、何を?」
「大樹マネと椿が、その……キスをしようとしているところ」
「え!? どこで?」
「部室です。見てはいないのですが、キスをすると言って、実際にしているようでした」
俺と椿が部室でか。確かにしたな。あのとき、外で何か物音がしたような気がしたけど、友梨香さんだったのか。
「あの会話に衝撃を受けたのです。あんなにツンツンしている椿が彼氏の前ではあんなに甘えているなんて……」
なるほど。いつもと違う椿を見てしまったのか。
「いったい、恋愛の何がそこまで人を変えるのか。私は知りたくなってしまいました」
「そ、そうか……でも、だからといって、俺が友梨香さんに恋愛を教えるって、そんなに俺も経験があるわけじゃ無いけど……」
「そんなことないです。大樹マネはスミレさんにずっと恋をし、椿とも付き合い、美桜ともいい感じになってたじゃないですか。私からしたら恋愛マスターですよ」
「恋愛マスターって大げさな……」
今まで一人もちゃんとした恋人はいたこと無いのに。
「形だけでいいんです。恋人になったらどういうことをするのか。それをお教えいただけたらと……」
「形だけ?」
「はい。大樹マネがスミレのことをお慕いされているのは存じております。ですから、私を恋人にしてくれ、なんて言いません。ただ、もし私が恋人だったら、どういうことをするのか、教えてください。体験したいのです」
「そ、そうなんだ……。つまり、デートをしたりとか、一緒に下校したりとか、そういうこと?」
「はい、そういうことをしてみれば、私にも少しは恋愛の何かが分かるかもと思いまして……」
椿との彼氏役をやれというのと似ているけど、でも、彼氏としての態度は要求されないっぽい。友梨香さんはただ恋人達がどういうことをしているのかを体験したいだけなんだ。
「そういうことなら、いいけど」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
友梨香さんは俺に深く礼をした。
「いや、そこまで感謝しなくても……じゃあ、そうだな……試験まで、友梨香さんは俺に勉強を教え、俺は友梨香さんに恋愛を教えようか。それなら、週末も挟むし、デートも出来るよ。それに、レッスン終わりに少し時間はあるだろうから部室で勉強を教えてもらえると助かるし」
「はい、分かりました。それでいいです。よろしくお願いします。恋愛マスターの大樹マネ」
こうして俺は今度は友梨香さんに恋人が何をするのかを教えることになった。
◇◇◇
ゴールデンウィークが終わり、翌日は水曜日。朝練は一年生達がレッスンを受けるために部室を使うので、スミレたちの朝練はお休み。久しぶりにゆっくりと朝起きて学校に向かった。
教室に入り座っていると、友梨香さんが登校してきた。
「おはようございます、坂崎君」
「おはよう、委員長」
教室では俺たちはこの呼び方だ。名前で呼ぶのはあくまでベアキャットの活動中だけだ。
「早速ですが、お昼はどうしましょうか?」
「え?」
「……恋人たちはお昼をどう過ごしているのでしょうか。教えてください、恋愛マスター」
「いや、恋愛マスターって……」
「お願いします」
友梨香さんは真剣な表情だ。俺も真面目に答えるしか無いか。
「……そうだなあ、普通は二人で一緒に食べたりするんじゃないかな」
俺と椿はそうだったし、椿は元カレともそうしていた。
「わかりました。では、お願いします」
「は?」
「ですから、私と二人で食べてください」
そうか、恋人がするようなことを経験するんだったよな。
「わ、わかったよ」
「ありがとうございます。では、お昼にご連絡ください」
そう言って、自分の席に向かった。お昼か。今日は椿と一緒にと思ってたけど、行けなくなったと連絡しておくか。
大樹『今日はお昼に部室に行けない』
椿『あっそう。別にいいわよ。私は一人寂しく食べるから』
なんかやばいな。椿の席の方を見ると、俺をにらんでいる。別れてからは毎日お昼に一緒というわけでは無いんだが、行かないと機嫌悪いんだよなあ……メンバーと一緒のことも多いけど、恋愛を教わりたいという友梨香さんを連れて行くわけにはいかないか。
大樹『明日は行くから』
俺はフォローを入れた。
椿『言ったからには必ず来なさいよ』
明日は行かないと怒られそうだ。
◇◇◇
お昼になり、俺は友梨香さんにメッセージを送った。
大樹『屋上に来てくれ』
友梨香『分かりました』
屋上は開放されており、昼休みは生徒も多い。今日は天気もいいし、食事をしている生徒も多いだろう。実は一年の時にスミレと何回か屋上でお昼を食べたことがある。あのときはいい感じで俺もこれでいけると思ったものだけど……
屋上に行くと今日もたくさんの生徒がいた。グループもいるがカップルも多い。
「お待たせしました」
友梨香さんが屋上に現れた。
「じゃあ、隅にでも行こうか」
「そうですね」
友梨香さんと俺は屋上の隅の誰もいなさそうなところに行き、そこに座った。
「……なるほど、屋上にはカップルが多いのですね」
「そうだね」
「恋人になるとこういうところで2人で食べるのですか」
「まあ、天気のいい日ならね。なにより二人きりになれるから」
「……そうですか? 人が多いですけど」
確かにここは人が多すぎて二人きりとはいかないか。椿が部室で食べていた理由もよく分かる。
そんなことを話していると、誰か近づいてきた。
「あれ? 友梨香とマネ君?」
美桜だ。隣には知らない男子もいる。
「美桜……」
「え、二人でお昼? 怪しいなあ、そんなにマネ君と仲良かったっけ?」
「美桜だって男子と二人じゃないですか」
「ウチは佐藤君に誘われたから」
隣のやつは佐藤というのか。なんか地味な感じのやつだった。そう言えば地味な男子が好きとか言ってたか。
「で、友梨香はなんでなん? マネ君のこと好きになったん?」
「ち、違います! 私、恋愛のことに疎いので大樹マネにいろいろ教えていただいているだけです」
「え? 恋愛を?」
「はい。カップルはお昼に2人で食事されるということなのでどういうものなのか体験してみようと」
「なるほど……って、よくわかんないけど、まあいいや。でも、スミレにはバレないようにした方がいいよ」
「そ、そうですよね……」
「じゃあ、ウチらはあっちで食べるから。また放課後ね」
美桜さんは去って行った。
「確かにここは目立つか。ごめん、友梨香さん」
「いえ……でも、なんか青春という感じで楽しいです」
「そうか」
「さすがマスターだなと思いました」
恋愛マスターからマスターと省略されて呼ばれてしまった。




