30 一年生
新入生歓迎会から二週間ほど経った5月連休前の水曜日。昼休みの部室に、俺と椿は二人きりでいた。こういうことは最近では珍しい。俺と椿は打ち合わせと称して毎日のようにここで会っているが、他のメンバーもいることが多いからだ。
今日はたまたま他のメンバーはいなかったので、二人きりになっていた。
弁当を食べ終わった俺に椿が聞いてきた。
「バカマネ、例の件どうなったの?」
「確認は取ったよ。出演決定だ」
「そう……だったら、今日の放課後、バカマネからみんなに伝えて」
「なんで俺が? こういうのは椿かスミレが伝えるんじゃないのか?」
「そうだけど、今回はバカマネのお手柄でしょ」
「俺は先方と交渉しただけだけど」
「それが良かったのよ。だからあんたから伝えなさい」
「わかった」
久しぶりの二人きりだけど、今の俺たちには以前のような甘い空気はもちろんない。ただの事務連絡だけだ。
「それと……一年生の場所の件は?」
「なんとか了承はもらえたよ。中間試験のあとからは放課後に隣の空き教室を使っていいってさ」
「そう、よかった。これで練習場所は確保できるわね」
実は一年生でメンバー希望者が多数いて、先週までその選抜を行っていた。最終的に3人だけがベアキャットの研修生という形で練習に参加することになったのだ。今はベアキャットとは別に集まって練習している。
突然、扉がノックされた。
「一年生三人、来ました」
「入っていいわよ」
「お邪魔します」
一年生の研修生三人が部室に入ってきた。椿とスミレが話し合って選んだメンバーだ。
「来たわね。ちょっと待ってて。バカマネ、さっさと準備して」
「了解」
俺は机を片付け始めると一年生の一人、宮川紅葉が椿に尋ねた。
「あの……椿先輩は坂崎マネージャーといつもお昼をここで?」
「そうよ。たまにね」
「そうなんですか……もしかしてお付き合いされてるとか?」
「そんなわけないでしょ。いろいろ事務的な話をしてるだけよ」
「そ、そうですよね。ちょっとびっくりしました」
やっぱり俺が椿と付き合ってたら驚くよな。以前は彼氏役はやってたけど、そのことは今も椿は隠し通していた。
それにしてもこの宮川紅葉という一年生。少し背は低いけど、髪型や雰囲気がスミレによく似ている。俺は思わず見入ってしまった。
「あの……坂崎マネージャー、何か?」
「あ、いや、別に何でも無いよ」
「そうですか」
「バカマネ、変なこと考えてないでしょうね」
椿が俺をにらむ。
「考えてないって。ただ、スミレに似てるなって思っただけだよ」
「ほんとですか? スミレ先輩は私の憧れなんです。そう言っていただけると嬉しいです!」
憧れているスミレに見た目や雰囲気を寄せているということか。
「じゃあ時間も無いし、レッスン始めるわよ」
椿が言った。
「「「はい!」」」
「じゃあ、俺は教室に戻るな」
「うん。またね」
あれから椿が俺にかける言葉が少し柔らかくなった気がする。そんなときはあの一週間を思い出してしまう。もちろん、彼氏役を終えた今の俺はただのバカマネ。椿とはベアキャットを通じた関係しか無い。昼休みの部室では愚痴を聞いたりすることもあるけど、甘えてくることはもう無かった。
部室では一年生の練習が始まったので、俺は教室に戻った。放課後はベアキャットが部室を使うので、一年生は昼休みにここで練習していた。指導するのは椿だ。今は朝練も曜日で別れていて、月水金は一年生、火曜と木曜だけがスミレと葵さんが使っている。
教室に戻ると隣のクラスのスミレが入ってきて俺に話しかけてきた。
「……ミーアの練習始まった?」
「ミーア?」
「一年生の3人よ。ベアキャットの妹分でミーアキャット」
「いつの間にそんな名前に……」
「私と葵と美桜で話し合って決めたの」
「そっちのクラスのメンバーか」
「うん。でも、今後、練習場所をどうするかよね……」
「それなら解決したぞ。中間試験のあとからは放課後に隣の空き教室を使えるって」
「ほんとに? よかったー、さすがに練習不足だもんね」
「まあな。ただ、使えるのは5月の中旬ぐらいからだから、それまではまだちょっと大変だけど」
「そっか……5月中旬かあ」
「ん? どうした?」
「ううん……もうすぐ中間試験だなあって思って」
そうだった。自分で言っておいて忘れていた。中間試験は目前に迫っている。
「ス、スミレ! 俺がマネージャーを引き受けたときの条件、覚えてるか?」
「え? なんだっけ……?」
「だから、試験対策! 委員長との勉強会、参加させてもらえるって約束だったろ」
すごく的確な試験対策を委員長の友梨香さんがしてくれるという話だった。
「あー、そんな話したね。うん、もちろんだよ。今回はいつになるんだろう。今日、放課後みんなで話し合おうかな」
◇◇◇
放課後。部室に集まったのは2年生のベアキャットメンバーと俺。放課後は今も2年生がこの部室を専有している。1年生は朝練と昼練だけで、放課後はどこか場所を探して自主練しているらしいが、それももう少しの辛抱だな。
「じゃあ、着替えようか」
スミレがそう言ったときだった。
「ちょっと待って。バカマネから話があるから」
椿が言った。
「え、なんなん? もしかしてスミレと付き合いだした?」
美桜が言う。
「そんなわけないでしょ。たとえ付き合いだしてもそんな報告しないし」
スミレが言う。
「じゃあ、何? まさか椿と?」
「違うから。はい、黙って聞く」
椿が美桜に言った。
「ごめん、マネ君。何?」
「実は……ベアキャットが『熊本ガールズコレクション』への出演が決まりました!」
みんなすごく喜ぶぞ。そう思ったが、何の反応も無い……あれ?
「マネ君、冗談は分かったから、ほんとはなんなん?」
「いや、ほんとなんだって……」
「だって、それって有名なモデルとかアイドルとかも東京から来て出るやつでしょ。大きな展示場である」
「そう。会場はグランメッセ。熊本では一番大きな展示場だな」
「そんなイベントに出られるわけないやん」
「それが、まさかの出演依頼が来たんだよ。地元高校生代表でぜひ出てほしいって」
「「「ええー!」」」
ようやく美桜、友梨香、葵の三人は本当のことだと分かったようだ。
「すごない? ウチら。あんな大舞台立つの?」
「緊張してきましたね」
「ボクもちょっとドキドキするよ」
「それに向けて今日から新曲やるから」
スミレが言った。
「なにやるの?」
「FRUITS ZIPPERの『私の一番可愛いところ』」
「「「あー……」」」
なぜか三人のテンションが露骨に下がった。
「あの曲……やらないって言ってませんでした?」
「うん。うちらには可愛すぎるから似合わないし」
「そう言ってたよね」
「でも、『最上級に可愛いの』が出来たんだから、これも行けるんじゃないかって大樹が」
「マネ君の発案か……」
「あれ? ダメだった? 熊本ガールズコレクションは女子の観客が多いし、そういうのが合うかなって思ったんだけど……」
ちょっと驚いて俺は言った。
「ウチはいいけどねえ。友梨香と葵はどうなの?」
「私は……頑張ります」
友梨香さんは渋々かもしれないけど前向きになってくれた。
「……仕方ないね。ボクには向いてない曲だけど、大樹君の選曲なら踊るしかないか」
「なんかごめん、葵さん」
確かにイケメンキャラの葵さんには似合わない曲かもしれない。
「別にいいよ。ボクにも挑戦が必要だからね」
さすが、イケメンだ。




