3 顔合わせ
翌日の放課後。教室の俺の席に高梨スミレと長峰葵が来た。
「じゃあ、行こうか」
「そうだな」
俺は2人についていく。行き先は知らなかったが、渡り廊下を渡り、旧校舎に入っていく。そして階段を最上階の三階まで上がった。ここの空き教室は閉鎖されていると聞いていたが、その一室の扉をスミレが開いた。
「大樹も入って」
「お、おう……」
俺が恐る恐る入ると、空き教室の中は机を後ろに下げられて広い空間ができていた。黒板がある位置には大きな鏡が貼られている。ダンスレッスン用だろう。
そして、空き教室の中には3人の女子がいた。
「スミレ、どういうこと?」
まず口を開いたのは氷室椿。二つ結びの髪型、すらりとしたスタイルで学年二大美女の一人と言われている。美人には違いないが、毒舌姫としても知られていた。その氷室椿が俺をにらみつけている。
「だから言ったでしょ。マネージャーをやってもらう同じクラスの坂崎大樹よ」
「さ、坂崎です。よろしくお願いします!」
俺は同学年であるにも関わらず敬語で挨拶し礼をした。
「坂崎だか崎坂だか知らないけど、なんで男子がマネージャーするのよ。私は反対!」
「そうですね。私も男子は苦手です」
椿に同調したのは篠原友梨香。昨日、スミレが勉強を教えてくれると言っていた成績トップの委員長だ。同じクラスだが話したことはほとんど無い。今の姿は黒縁眼鏡に長い髪を一つ結びしている。ベアキャットのメンバーとして踊るときの姿とはかけ離れていた。
「まあまあ。ウチはいいと思うよ」
唯一賛成したのは園田美桜。氷室椿と並ぶ学年二大美女の一人だ。肩に掛かるぐらいの茶髪に赤いリボン。そして、男の目を惹きつけるわがままボディにロリフェイス。さらにはどんな男にも優しく声を掛ける彼女は人気だけなら校内でもナンバーワンだろう。勘違いした男子は数多く、校内一の小悪魔と呼ばれていた。
「なんでよ、美桜。今まで私たちだけでやってきたでしょ。それなのにこんな冴えない男が入ってきたらファンも離れるわよ」
氷室椿が園田美桜に言う。
「別に坂崎君がステージに上がるわけじゃないんやし。マネージャーって、要するに葵がやってた仕事をするんでしょ?」
「そうだね」
長峰葵が答えた。
「じゃあ、いいじゃない。葵は最近も危ない目に遭ったって言っとったし。そういうことは男子に頼んだ方がいいんやないの?」
そういえば園田美桜はいつも方言で話すんだった。それが距離を縮めることにも役立って男子はすぐ勘違いしてしまう。ただ、美桜の方言は熊本市内でよくある名古屋的な方言に宮崎弁が混ざっている独特なものだ。たぶん、わざとそういう話し方なんだろう。
「そうだけど……でも、なんでこいつなのよ」
そう言って氷室椿は俺をにらみつけてきた。まあ、そう言いたくなる気持ちは分かる。特に目立ちもしない冴えない男だもんな。
「じゃあ、椿はどういう男子が良かったの?」
スミレが聞く。
「そりゃ、もっとしっかりしたイケメンでしょ」
「そんな男子がベアキャットのマネージャーになったら男子にも女子にも反感買いそうじゃない?」
「それはそうだけど……でも、モテる男子なら私たちに手を出そうなんて思わないでしょ。こいつ、ワンチャンありそうって顔してない?」
そう言って、氷室椿は俺にあかんべーをしてくる。
「スミレによると、その点は坂崎君が一番安心らしい」
長峰葵が言った。
「……どういうことよ」
「坂崎君はスミレの幼馴染みだそうだ。そして、スミレに惚れてる」
「はあ? やっぱりスミレ狙いじゃないの。だったら、近づけじゃダメでしょ」
そう言ってシッシッと俺を手で追い払うしぐさを氷室椿は見せた。
「椿、それは――」
「俺から話すよ」
スミレが言い出そうとしたところに俺は言った。
「確かに俺はスミレが好きだ。でも、もう振られてるんだよ」
「はあ? もう告ってるの?」
「そうだよ。で、こてんぱんに振られた。だから最近は避けてたんだ」
「へー、そうなの。だったら、他のメンバーを狙うんじゃないの?」
そう言って氷室椿は俺をさらににらみつける。
「そんなことはないよ。俺はスミレ一筋だし。振られた今でもスミレが好きなんだ。バカみたいだろ」
「……確かにバカね」
氷室椿は容赦なく言った。
「そうだ。俺はバカなんだよ。だから、君たちに目移りすることは無い。俺はスミレしか眼中に無いから」
俺はそう言い切った。
「ヒュー! 純愛やねえ。君、気に入った!」
そう言ってきたのはロリフェイスの園田美桜だ。こいつはさっきからなぜか俺の味方をしてくれる。ありがたいけど。
「でも、ほんとにスミレしか眼中にないん? 私の誘惑にも耐えられるん?」
そう言って美桜は俺に近づいてきて俺のあごを人差し指でなでた。
「もちろん。スミレ以外には興味ないよ」
「へー、そうなん。残念。少しは相手してあげようと思ったんやけど」
「何言ってるのよ、美桜。そんなつもりもないくせに」
スミレが言う。
「アハハ、ごめんごめん。ちょっとしたテストよ。坂崎君は合格」
「ありがとう」
俺は冷静に言った。
「……分かったわよ。好きにすれば」
氷室椿もようやく認めたようだ。
「ただし! こいつが役に立たないようならクビって事でいいわね」
「いいよ。こき使ってくれ」
俺は言った。
「ふうん。じゃあ、まずは飲み物買ってきて。私は『いろはす』の桃」
「私はほうじ茶」
ここまで黙っていた篠原友梨香が言った。
「じゃあ、ウチは抹茶ラテ」
園田美桜が言った。
「ボクはブラックコーヒー」
長峰葵が言う。
「大樹、一緒に買いに行こうか」
スミレがそう言ってくれたが――
「いや、こういうのこそ俺の仕事だろ。スミレはアクエリアスか?」
「……よく覚えてたわね」
「当たり前だ。じゃあ、買ってくる」
きっとお金はあとでもらえるんだよな。そう思いながら俺は自販機のある場所に急いだ。
◇◇◇
学校の自販機をスマホのアプリ決済で払って飲み物五本を持って俺は空き教室に戻った。
「買ってきたぞ。両手がふさがってるからちょっと扉を開けてくれるか」
そう声を掛けると中がざわつく。そしてスミレの声が聞こえた。
「今、着替え中だから。ちょっと待ってて」
「そ、そうか。ごめん……」
そういうこともあるよな。この教室に入るにも注意しなくては。しばらくして、扉が開いた。開けてくれたのはスミレだ。
「ありがとね」
そう言って、飲み物を全て持って行きメンバーに渡した。メンバー達は全員ジャージ姿だ。篠原友梨香は眼鏡をはずし、髪もほどいてベアキャットで踊るときの姿に変わっていた。
そして、メンバーたちは俺のことは無視して今日のレッスンについて話し出した。




