29 新入生歓迎会
水曜日。新入生歓迎会当日の朝練にはメンバー全員が来ていた。
「最後に合わせておこうか」
椿が言う。
「そうだね」
「バカマネ、しっかり見て何か言ってよ」
椿が俺に言った。その瞳には以前のような甘さはもう感じられない。特別な関係が終わったのだから当然か。
「わかった」
「じゃあ、はじめるわよ」
曲が流れる。相変わらずベアキャットのダンスは素晴らしい。けど……
曲が終わると椿が俺に聞いた。
「バカマネ、何か気がついた点あった?」
怒られるかもしれないけど言ってみるか。
「みんな良かったよ。でも……あえていうならだけど、椿の表情が硬いかな」
「え、私!?」
「うん」
「バカマネも言うようになったわね。でも、大丈夫よ。本番では最上級のアイドルスマイルで踊るから」
「そ、そうか」
「マネ君、ウチの表情は?」
美桜が聞いてくる。
「すごくよかったよ。完璧すぎて、ちょっとやりすぎなくらい」
「やりすぎって……ひどいなあ」
美桜は頬をふくらませた。
「ごめん……」
「まあいいけど。本番楽しみにしててよ」
本番は今日の最後の6限目。新入生歓迎会のオープニングアクトだ。
◇◇◇
昼休み。昨日の今日だから、さすがに椿のところに行く勇気が出なかった。
椿『なんで来ないのよ』
椿からメッセージが来る。
大樹『ごめん』
椿『せっかくスミレを呼んでおいたのに』
そうだったのか。気を使わせてしまったか。
椿『ほんと、気楽に来てよね』
大樹『わかった』
あまり意識しすぎてもいけないか。これからは、もっと気楽に行こう。
あっという間に6限目。体育館では新入生歓迎会が始まる。休み時間にメンバーと俺はまず部室に向かった。全員揃ったところで椿が言う。
「じゃあ、着替えるからバカマネは外ね」
「分かった」
俺は慌てて外に出た。この日の衣装も美桜が手作りしたもの。葵さんも手伝ってくれたそうだ。
「いいわよ」
スミレの声に俺は扉を開けた。そこには、まるでアイドルそのものの5人が立っていた。オリジナルの『超ときめき宣伝部』のようなカラフルで華やかなアイドル衣装だ。葵さんだけはスラックス姿だけど、それもよく似合ってる。
「あら? マネ君、私たちに見とれてるんやない?」
美桜が、いたずらっぽく笑った。
「う、うん……なんか本物のアイドルみたいで」
「お世辞はいいわよ」
椿がツンとした声で言った。
「お世辞じゃない。みんな、すごく可愛いよ」
「私たち、最上級に可愛いからねー」
美桜がふざけて言う。
「さ、もう行かなきゃ」
スミレが言った。
「うん、急ごう」
メンバーが部室を出て行き、俺は部室に鍵をかけて体育館へと向かった。
◇◇◇
メンバーたちは舞台裏で待機し、俺は調整室で音楽と照明を担当する。大勢の一年生で埋め尽くされていた。今日は、ベアキャットのオープニングアクトの後、各部活の紹介となる。
時間になり、体育館の電気を落とす。舞台袖から、メンバーの気合いのこもった円陣の声が聞こえてきた。
「we are……」
「「「「ベアキャット!」」」」
一年生たちが歓声を上げ始める。そして、メンバーが一人ずつ舞台に登場し、それぞれのポジションにつく。歓声は一段と大きくなった。すごい人気だ。
俺は『最上級に可愛いの!』の再生ボタンを押し、照明を操作した。最初はゆっくりとした動きを見せるメンバー。そして、一気に動きがはじける。会場全体から、割れんばかりの歓声が上がった。
「ベアキャットです! 一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます!」
センターのスミレが満面の笑顔で叫んだ。
それにしてもこの歌――『振られた今が最上級に可愛い』って、まるで今の椿のための歌のようだ。ステージ上の椿は全力で可愛さを振りまいていた。気のせいか、椿の目が潤んでいるようにも見えた。遠くて、よく分からないけれど。
椿、こんなに可愛い表情が出来るんだな……
◇◇◇
「ありがとうございました!」
曲が終わってメンバーは一斉にステージからはけていった。俺は調整室を出て、舞台裏へ向かう。ちょうどみんなが出てきたところだった。
「バカマネ、こっちよ」
椿が俺を呼んでくれた。
「どうだった?」
「最上級に可愛かったよ」
「誰が?」
美桜が、にやりと笑って問いかける。メンバー全員の視線が、一斉に俺に注がれた。
「……椿」
「はあ?」
スミレが俺をにらんだ。
「あらあら、マネ君も今日の椿にやられたか。今日は本当に可愛かったもんねえ」
美桜が笑う。
「何よ、『今日は』って」
「だって、いつもツンツンやのに。あんな表情されたらマネ君もスミレから乗り換えたくなるんやない?」
「だ、大樹は乗り換えたりしないし!」
スミレがムキになって言う。
「どうかなあ? それくらい今日の椿、可愛かったから」
「そ、そう……」
美桜が珍しく褒めるもんだから椿もちょっと照れてるな。
「でも、バカマネが乗り換えたくても私が受け入れるわけないでしょ」
椿が言った。
「それもそうやね。マネ君は椿のタイプやないか」
「当然よ」
椿はそう冷たく言った。でも、昨日まで特別な関係だったんだけどな。
そう思っていると、椿がそっと近づいてきて、耳元で囁いた。
(ほんとは好きだけどね)
「!!」
「え? 椿、何言うたん?」
「いい気にならないで、って言ったのよ」
「さすが椿やねえ」
美桜はすっかり信じているようだ。
スミレはまだ納得いかない様子で俺をにらんでるけど……まあいいか。
「そう言えば、椿は新しい彼氏とは順調なのかい?」
葵さんが思い出したように尋ねた。
「……もう別れたわ」
「「「「え!?」」」」
その言葉に、全員が驚きの声を上げた。
「なんで?」
「彼には本命がいるからよ」
「そうなの? ひどーい! 椿は遊びやったん?」
美桜が、憤慨したように言う。
「いいのよ。私はそれを承知で付き合ったんだから。悪いのは私」
「そうなんや……椿、元気出してね」
美桜は心配そうに言った。
「私はもう大丈夫よ。でも……少しもったいなかったかな」
椿は俺に背中を向けたままそう小さくつぶやいた。
――――
※次回、友梨香編がスタートです。




