27 二回目
放課後、珍しく友梨香さんが俺の席まで来て話しかけてきた。
「お昼休みは大丈夫でしたか?」
「昼休み?」
「先輩が部室に来ませんでした?」
「……なんで知ってるの?」
「この教室に椿を探しに来たようでしたので。その後、そちらに行ったんじゃないかと」
「そういうことか」
そんな話をしていると椿も俺の席の近くに来た。
「友梨香、なんで大樹に聞いてるのよ」
椿が友梨香さんに言う。
「椿に聞いてもはぐらかされてばかりなので」
「何も無かったからよ。ね、大樹」
「う、うん。とりあえず大丈夫だったから」
「そうですか。なら、いいですけど」
そう言って友梨香さんは教室を出て行った。
「……余計なこと言ってないでしょうね?」
椿が俺をにらんでくる。
「何も言ってないから。俺たちも行こうか」
不機嫌な椿とともに俺は部室に向かった。
◇◇◇
レッスンはいつも通りに進む。
「葵、遅れてるよ」
「ごめん」
「スミレ、もっと腕下がってる」
「わかった」
相変わらず椿は凄い。
休憩になって俺は椿に飲み物を手渡した。
「ありがと」
飲み物を受け取る椿を見ていた美桜さんが口を開いた。
「なんか最近のマネ君、椿に優しくない?」
「そ、そうかな」
まずい、つい2人でいるときの感じが出てしまってたか。
「バカマネは私に気を使ってるだけよ」
椿が言う。
「あ、そっか。椿は彼氏と別れたばっかりだもんね。さすがマネ君、優しい」
「……」
俺はそう言われても何も言えなかった。
「でも、新しい彼氏もできたんじゃなかった?」
スミレが聞いた。
「まだちゃんと付き合ってるわけじゃないから」
「そうなんや。友達以上恋人未満的な?」
美桜が聞く。
「そういう感じね」
「へー、一番ドキドキする時期じゃないの?」
「そ、そうね……」
「うわ! 椿が顔赤くなってる!」
「うるさい!」
椿は美桜を叩いた。
俺は複雑な思いだった。明日でこの関係も終わりか……
◇◇◇
レッスンが終了し、みんなが帰ったあと、俺は一人で机を片付ける。そこに椿も戻ってきて机を片付け始めた。
「ありがとう、椿。でも、明日まででいいからな」
俺は言った。
「わかってるわよ。明後日からは以前のような関係ね」
「うん……」
俺たちは黙って机を元に戻し終えた。
「じゃあ、帰るか」
「そうね。でも……まだお昼の質問の答えをもらってないわよ」
「え?」
「聞いたでしょ。今日もするかって」
キスか。元カレの登場でうやむやになったが、その前にそう聞いてきたんだった。
「やめておくよ。だって、明日は別れるんだし」
「そう……私となんてしたくないか。今日もレッスン中はずっとバカマネって呼んでたし、私のこと嫌いだよね」
「そんなことないから……」
「じゃあ、してよ。キス」
「え!?」
「……いいでしょ?」
「椿がしたいなら……」
「じゃあする」
椿は背伸びして俺の唇を奪ってきた。
「……二回目だね」
椿がささやいた。
「う、うん。でも、まずいって。俺はただの彼氏役だぞ」
「そうだけど、今は彼氏と彼女だから」
「……帰ろう」
「そうね」
そのとき、部室の外でガタっという物音がした。
「誰かいる?」
椿は慌てて扉を開けた。でも、そこには誰もいなかった。
「気のせいか」
「……大丈夫だよな」
「大丈夫よ。音は聞こえたかもしれないけど、見られてはいないはずだから」
外からこの部室の中は見えないはずだ。鍵も閉まってたし。
「……とりあえず帰るか」
俺たちは部室を出た。
「明日までは彼氏なんだし送ってよ」
「そうだな」
椿を家に送るのはこれが最後になるだろう。俺はいつもとは逆の路面電車に椿と一緒に乗った。
珍しく席は空いており、2人とも座ることができた。路面電車がゆっくりと動き出すと、椿は俺の方に体を倒してきた。
「つ、椿……」
小さい声で俺が言う。
「大丈夫よ。うちの高校の生徒はいないみたいだし」
「そうだけど……」
「甘えさせてよ」
「わ、わかった」
椿に甘えられると俺は弱い。思わず肩を抱いてしまった。
「ありがと」
甘い声で椿が言う。俺は椿の顔を見ないようにした。
路面電車を降りて椿の家に向かう。
「ほんとは家にも来て欲しいんだけど」
「そういうわけにいかないだろ」
「うん。親もいるし。仕方ないわね。だから、ちょっと公園行きましょう」
「わ、わかった」
俺たちはまた公園に向かった。ベンチに座ると、椿が言う。
「明日、放課後に部室で別れることにするから。ここに来るのは今日で最後」
「そうだな」
「だから、お願い」
そう言って俺に抱きついてきた。俺も椿を抱きしめ返す。椿が強がっている気がして、俺は華奢な椿の体をギュッと強く抱きしめてしまった。しばらくそうしたあと、体を離して椿は言った。
「ずっとこうしたくなっちゃうから、もうやめないとね」
「椿……」
「分かってるわ。大樹にはスミレがいること。だから……明日までね」
「わかった……」
「じゃあね」
椿は去って行った。
◇◇◇
「ただいま」
「おかえり」
家に帰ると妹の瑠璃が俺に近づいてきた。
「何だよ」
「……なんか女子の匂いがする」
「はあ?」
「この香水の匂い……最近、どこかで……」
まずい、この間のイベントで瑠璃は椿とも遭遇している。
「べ、別にいいだろ」
俺は慌てて自分の部屋に行った。
だけど瑠璃は俺の部屋についてきた。
「お兄ちゃん、まさか浮気?」
「う、浮気ってなんだよ。俺はスミレと付き合ってるわけじゃ無いし――」
「でも、スミレさんに好きって言ってるんだよね」
「そうだけど……」
「それで他の女子とも親しい関係にあるわけ?」
「そういうのじゃないから」
「でも、抱き合ったりしてたんでしょ」
「う……」
「あー、やっぱりそうなんだ。相手は誰なの?」
「言えるかよ」
「……だいたい分かってるけどね。でも、信じられないなあ。なんでそんな関係になったの?」
仕方ない。少し説明するしかないか。
「ただの彼氏役だよ。明日でもう終わるから」
「明日まで?」
「うん。そのあとは元通りだ」
「ふうん……私にはよくわかんないけど、お兄ちゃんはスミレさんが好きってことでいいのよね」
「ああ」
「……私も一応応援してるんだけど、乗り換えるって言うんなら……」
「違うから。俺はスミレ一筋だ」
「そう……ならいいけど」
ようやく瑠璃は俺を解放してくれた。




