26 元カレ
月曜日。俺はいつものようにスミレと登校し、朝練のために部室に入る。すると、もう椿が来ていた。
「……スミレ、いつもバカマネと一緒に来るのね」
椿がスミレに言う。
「そうね。家も近いし」
「ふうん……家に遊びに行ったりするの?」
「昨日はお昼作りに行ったかな」
「そうなんだ」
そう言いながら椿は俺を見てきた。なんかにらんでるな。危ない雰囲気を感じて俺は慌てて言う。
「飲み物買ってくるな」
部室を出て自販機に向かった。
部室に帰ってくるとその外に椿がいた。
「つ、椿……」
「大樹、今の彼女は私だよね?」
「そ、そうだね」
「それなのに別の女を家に連れこんでたわけ?」
「連れこんだって……スミレが急に来たんだよ。それに二人きりじゃ無いから。妹の瑠璃もいたし」
「……まあいいけど。私も付き合っている間に大樹の家には行きたかったかな」
「でも、瑠璃にバレるとスミレには筒抜けだぞ」
「わかってる。だから、行かないけど。でも、今は、スミレじゃ無くて私が彼女なんだからね」
「う、うん。ごめん……」
「よろしい。じゃあ、行くわよ」
俺は椿と一緒に部室に入った。
その後の練習では椿がスミレにやたら注意してたけど、きっと昨日のせいじゃなくて、スミレのダンスに問題があったんだろう、うん。
◇◇◇
昼休み。俺と椿は今日も部室でお昼だ。食べ終わる頃に椿が言う。
「大樹……今日もする?」
「え、何を?」
「だから……土曜にしたこと」
「え!?」
つまり、キスか。
「いくら彼氏役でもそんな何回もしていいのかよ」
「別にいいよ。一回も二回も一緒でしょ」
とんでもないこと言うな。
「それで、大樹はしたいわけ?」
「そ、それは……」
困ったことになった。そう思ったとき、扉がノックされた。誰かメンバーが来たかな。
椿が慌てて近くに行き、聞く。
「だれ?」
「俺だ」
男だな。メンバーじゃ無かったか。ということは……
「いまさら何しに来たのよ」
「話がある。開けてくれ」
「私は無いわ」
「でも、ここで話してたら見られるかも知れないぞ。開けてくれ」
椿は悩んだようだが、結局扉の鍵を開けた。やはり、男はサッカー部の先輩。椿の元カレのようだ。
「……ん? 誰だよ、この男」
その先輩が俺を見て言う。
「今の彼氏よ」
「はあ? 椿、どういうことだよ」
「どういうことって、別れたんだから別にいいでしょ」
「だからって、早すぎるだろ」
「しょうがないでしょ。私、モテるんだし」
椿が言う。まあ、そうだよな。俺はただの彼氏役に過ぎないけど、ほんとに新しい彼氏ができてもおかしくないし。
「……椿、そんな冴えないやつなんて、どうでもいいだろ。俺とやり直さないか?」
「……どういうことよ」
「椿と別れてからやっぱり俺、寂しくなって……一緒に居た日々がどれだけ大事だったか分かったんだ」
「……私の毒舌のこと散々こき下ろしたくせに」
「あれは冗談だよ。本心では思ってないから」
そういうことか。もともと元彼が浮気したとかそういうことでは無かったのだ。だったら、元彼が復縁を望んでるんなら何の問題も無い。
良かったな、椿。あんなに好きだった彼氏と元に戻れて。
ということは俺はここでお役御免か。
そう思ったのだが、椿が言った言葉は俺の予想と違ったものだった。
「もう遅いわ……あなたのことはもう心から消えたから」
椿はそう言って元カレに背を向けた。
「なんでだよ。椿。まさかそんなにそいつのことが気に入ったのか?」
俺の方を見て元彼が言う。
「そうよ。あなたよりずっといい彼氏だから」
マジかよ……
「だからあなたとはもう終わったの。帰って」
そう言って元彼を追い出そうとした。
「待てよ……そんなこと言っていいのか? 俺と交際してたことをバラすぞ」
こいつ。脅しかよ。最低だな。
「そんなことしても誰も信じないんじゃない? あなたと交際した証拠は何も無いでしょ。写真も撮らせなかったし」
そうなんだ。さすが、椿。
「……だったら、お前が俺に甘えてきたことなんかをいろいろ言いふらしたっていいんだからな。そうなればどうなるかな。クールさで売ってる氷室椿の人気はガタ落ち、ベアキャットの人気にも影響が出そうだけどな」
「くっ……」
ベアキャットのことを言われ、初めて椿が動揺した。
「悪いことは言わないから。俺とまた付き合おうぜ」
これ以上は見ていられない。俺は立ち上がって近づいていった。
「なんだよ、お前。俺に歯向かおうというのか? 力勝負なら負けないぞ」
俺より背が高い先輩がにらんでくる。だが、俺は冷静に言った。
「別に喧嘩したいわけではないですよ、先輩。ただ、これまでのやりとりは全て録音させてもらってるってだけで」
「な、なに……」
「それを聞けば先輩が椿を脅して無理矢理復縁しようとしてるってことが誰でも分かると思いますけど」
「お前……俺を脅す気か」
「脅す気はありませんよ。ただ、これ以上、椿を困らせて欲しくないだけです」
「ふざけやがって……わかったよ。もう、俺は何も言わない。ただ、最後に聞かせてくれ。椿、俺と復縁しなくて本当にいいんだな?」
「ええ、いいわ」
「わかったよ。じゃあな」
先輩は扉を閉めて去って行った。
椿はまた扉に鍵を掛ける。そして俺に近づいてきた。
「椿……」
「大樹、ありがとう」
そう言って俺に抱きついてきた。俺は黙って椿の頭をなでた。
「大丈夫か?」
「うん……大樹が録音してくれてて助かったわ」
「念のため、先輩が入ってきたときにすぐ録音を始めてたんだ」
「そう……さすが大樹ね」
「さすがって……いつもはバカマネって馬鹿にしてるだろ」
「そうだけど、さすがって思うことも結構あるわよ。言わないけど」
「言わないのかよ」
「うん、だって……私が大樹のこと褒めるとすぐに美桜とかが茶化してくるから」
「まあ、それはそうだな……」
「でも、ほんとは思ってるわよ。さすが大樹だって」
そう言って椿は俺を見てくる。
「そ、そうか……でも、良かったのか?」
「何が?」
俺は椿を体から離して言った。
「だって、先輩と別れてショックだったんだろ? やり直せるチャンスだったじゃないか」
「別にもういいわよ。未練は無いわ。あなたのおかげですっぱり忘れられたから」
「そうなんだ」
「うん。大樹に彼氏役をやってもらってるうちに気がついたわ。私、あいつのこと、別に好きじゃ無かったんだって」
「好きじゃ無い?」
「そうよ。告白されて、サッカー部の人気者だったから付き合ったけど、私にとってはそういう彼氏がいるって言うステータスに過ぎなかった。おかげで自信は付いたし、依存も出来て甘えたりしてたけど、別に好きなところなんて無いのよ」
「そうだったのか」
「うん。でも、それはあいつも同じだと思う。二大美女とか呼ばれてる彼女が欲しかっただけ。大樹がスミレを好きになるような一途な気持ちなんてあいつにも私にも無かった。ただ、自分がすごい人に好かれるすごい人間だって思いたかっただけよ」
「そうか……」
「だから別れる潮時だったのよ。今はそれがよく分かるわ」
「……椿がそれでいいならいいけど。でも、これからどうするんだ?」
「これから?」
「ああ。俺とは明日までだろ。その後のことだよ」
椿は誰かに依存してしまうと言っていた。俺がいなくなった後のことが心配だ。
「大丈夫よ。もう彼氏を作って依存するようなことはしないから」
「そうなのか」
「うん。だって、大樹に彼氏役をやってもらって、いろいろとわかったから。私、自分に自信をなくしてたんだと思う。でも、大樹が私に少しは夢中になってくれるのを見て、自分も捨てたもんじゃないと分かったし」
「当たり前だ。椿は魅力的だよ」
「ありがと。私、アイドルの夢も無くして自分のことを信じられなくなってたんだと思う。ベアキャットに入って少しはそういう面も取り戻せたけど、でも、完全じゃ無かった。だけど、大樹のおかげで私って結構いけるんじゃないかってまた思い出すことができた。だから……また、ダンススクールにも通ってみようかと思う」
「そ、そうか」
「それに彼氏が大事だったのは、話を聞いてもらうってことが大きかったこともわかったし。でも、それは彼氏役の大樹でも良かった。ということは別に彼氏である必要は無いのよ。だからこれからは誰かに話をきいてもらうわ」
「そうなんだ……」
「うん。まあ、とりあえずは大樹に話すことになるとは思うけどね」
「は?」
「なによ、別れても私と大樹はメンバーとマネージャーでしょ。だから、ときどきお話ししてよね」
『お話し』という言う方が可愛くて思わず笑ってしまった。
「な、なによ……」
「いや、わかったよ。彼氏役が終わっても俺は椿とちゃんと話すから」
「うん、よろしくね」
椿は笑顔で言った。




