25 来客
日曜日。今日は椿と会うことはない。椿が俺を束縛したくないと言って、今日は会わないことにしていた。
だから今日は暇だな。そう思ったとき、家のチャイムが鳴った。
「はーい……」
妹の瑠璃の声が聞こえた。誰が来たんだろう。
「お兄ちゃん! スミレさん来てるよ!」
スミレか。ここに来るのは、俺がマネージャーを頼まれたとき以来だな。何か用だろうか。俺は慌ててリビングに向かった。
「あ、大樹、おはよう」
リビングにはスミレが居た。瑠璃はコーヒーを入れると言ってキッチンに行った。
「おはよう、スミレ。今日は何か用か?」
「ううん、何もないよ。大樹と話したいと思ってきただけ」
「は?」
スミレがこんなことを言うなんてどうしたんだろう。
「だって、最近の大樹、わたしにかまってくれなくなったし。なんかよそよそしいんだよね」
「そ、そんなことないから……」
しまった。椿にばかり意識が行っているのがバレてしまっているのか。
「何か隠しごと無い?」
そう言って俺をじっと見てくる。
「な、無いよ」
「そう……じゃあ、私のこと、まだ好き?」
スミレはそう言ってきた。
「うん、好きだけど……」
「けど何よ」
「スミレは付き合うつもり無いんだろ?」
「……うん」
「だったら、そういうこと聞くなよ」
俺は少し苛立ちを覚えながら言った。
「今は付き合う気は無いけど……大樹は大事な幼馴染みだし。悩みがあったら聞きたいから」
「……大丈夫だよ」
「そう……ねえ、大樹」
そう言ってスミレは俺の手を握った。
「な、なんだよ……」
「あんまり思い詰めないで。ね?」
そう言って俺をじっと見つめてきた。そうか、スミレは普段と違う俺を心配してたんだな。それが自分のせいかもしれないと思っていたんだ。
「思い詰めては無いから。ちょっと考えることがあったけど……でも、もうすぐ解決する」
「そうなんだ」
「うん。新入生歓迎会の時には元気になってるよ」
そのときには全てが解決しているはずだ。
「ならいいけど……」
そこに瑠璃がコーヒーを持って帰ってきた。
「スミレさん、来てくれて嬉しいです。今日は何ですか?」
「今日はお昼を作って一緒に食べようかと思って」
「やったー! 久しぶりのスミレさんの手料理だ!」
うちは休日は親がパン屋の仕事で居ないことが多く、今日も不在。ときどきスミレがやってきて簡単な昼食を作ってくれることも以前はたまにあった。だが、俺が振られて気まずい関係になってからはそういうこともなくなっていた。
「……珍しいな。どうしたんだよ」
「大樹にはマネージャーとしてお世話になってるし、たまには恩返ししないとね」
「そんなことしなくても……」
「だめだよ。私は大樹に感謝してるんだから。今日はお好み焼き作るね」
スミレは張り切っているようで、腕まくりをしながらキッチンに向かった。
やがて、お好み焼きが出来上がり、俺と瑠璃とスミレで食べ始める。
「美味しい!」
瑠璃が笑顔で言う。
「よかった」
「俺も美味いよ。ありがとうな」
「……以前は私が作ってもお礼なんて言わなかったくせに」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
俺はそんなに礼儀知らずだっただろうか。でも、確かにそうだったかもしれない。幼馴染みという関係に甘えていたんだろう。手料理を作ってもらっても当たり前という感じで、ありがたみがわかっていなかった。今となってはすごく贅沢だったな。
「でも、最近の大樹、なんか変わったよね」
「そうか?」
「うん。大人っぽくなった気がする」
いろいろと経験したからだろうか。でも、たぶん……
「マネージャーとしていろいろやったからだろうな」
「そうかもね。ちょっとかっこいいなって思うときあるよ」
「グフッ ゲホッ……」
思わぬスミレの言葉に咳き込んでしまった。
「お、お兄ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」
瑠璃がくれた水を飲んでなんとか落ち着いた。
「スミレが変なこと言うからだ」
「そんなに変なこと言った?」
「当たり前だ! 俺と付き合う気ないくせに……」
「あ。お兄ちゃん、ひどいこと言った!」
しまった。瑠璃の前でこういうことは言っちゃいけなかった。
「いいのよ、瑠璃ちゃん。ほんとのことだし……」
「そうなんですね……スミレさんはお兄ちゃんと付き合う気は今も無いんですか?」
「うん。私にはまだ早いし。それに、恋人ってすぐ別れたりするでしょ。下手したら一週間とかで」
……なんか身につまされるな。
「でも、幼馴染みはずっと幼馴染みだから」
「そ、そうですね……」
「って思ってたんだけど……大樹と疎遠になったとき、そんなことないんだって思い知らされたよ」
「スミレ……」
「自分でちゃんとつなぎとめておかないと、幼馴染みって関係も簡単に崩れてしまう。だから、今回は早めに修復しておこうと思って来たんだ」
「そうか……悪かったな。別にスミレを避けてるわけじゃないぞ」
「そうなんだ……でもちょっと変だなって思ったから」
「変だったかな。ありがとう」
スミレは鋭いな。スミレはスミレなりに俺のことを大事に思っているということがわかり、俺は少し嬉しくなる。と同時に、後ろめたい気持ちもわき起こってきた。
俺はスミレのことが好きだと言いながら、椿の彼氏役をやっているのだ。一週間とはいえ、許されることでは無い。そう思わざるを得なかった。
火曜日。椿ときっぱり別れるしかない。




