24 屋上
カフェを出た俺たちは、どこに行こうかと迷っていたが、椿がいいところがあるというので、屋上に向かった。
バスセンターの屋上は庭園のようになっている。木がたくさんあって小川まであった。その木々の裏に椿は進んでいく。俺もついていった。
「この辺かしらね」
「何が?」
「誰にも見られない場所」
「え?」
そう言ったとき、椿が抱きついてきた。
「つ、椿……」
「しばらくこうさせて。思い出作りたい」
「わ、わかった」
俺も椿の背中に手を回す。そのまま二人でじっとしていた。
その抱擁が終わったのは急に声を掛けられたからだった
「え!? 大樹マネですか?」
その声の方を見ると、そこにいたのは篠原友梨香だった。
「大樹マネですよね。誰と抱き合ってるんですか? スミレじゃ無いですよね」
そう言いながら友梨香さんは近づいてくる。
椿は慌てて俺の後ろに隠れた。
「その子は誰ですか?」
「ゆ、友梨香さんは知らない子だよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「……なんてね。椿、出てきたらどうですか」
しまった、バレていたか。
「なんで分かるのよ」
「当たり前です。まったく……これはどういうことですか? 説明してもらえますか?」
友梨香さんは言った。
「付き合ってるってことよ」
椿が言った。
「え!? 椿と大樹マネが?」
「そうよ。悪い?」
「悪くは無いですけど……ですが大樹マネってスミレのこと好きでしたよね? なのに椿が手を出したのですか?」
「……一週間だけだから」
「え?」
「一週間だけ彼氏役をやってもらってるだけ。失恋のショックを癒やしてもらってるだけよ」
「そういうことですか……」
「火曜日には別れるし、ベアキャットには迷惑掛けない。だから、友梨香、このことはみんなに黙っててくれない?」
「……わかりました。そういうことでしたら」
「よかった……ありがとう、友梨香」
「友梨香さん、ほんと、ありがとう」
俺もお礼を言った。
「まあ、いいですけど……でも、椿って大樹マネをバカマネとか言っていじめてませんでした?」
「いじめてはないから。愛情表現よ」
「愛情表現? じゃあ、ホントは好きってことなのでしょうか」
「す、好きよ。大樹のこと……」
「そうなんですね……それに『大樹』って……まさか二人の時はバカマネじゃなく名前呼びなんですか?」
「当たり前でしょ。彼氏役だし……」
「そうですよね……でも大樹マネに迷惑掛けてないですか? 大樹マネはスミレ一筋のはずですし」
「それは……」
椿が言いにくそうなので俺が言う。
「迷惑じゃ無いよ。俺も椿のそばにいたいし」
「え!? じゃあ、本気でスミレから椿に!?」
「違うよ。俺が好きなのはスミレだ。でも、今の椿はなんだか放っておけないんだ」
「そういうことですか……確かに今日の椿はどこか違いますね」
「どこがよ」
「だって、いつも堂々としてるのに、今日は大樹マネの後ろに隠れてるじゃ無いですか」
「う……」
確かに椿は俺の後ろに隠れて裾を少し引っ張りながら話している。
「私も椿が元気になってくれればそれでいいですし……大樹マネがそれでよければ問題ありません」
「ありがとう、友梨香。水曜からは元通りだから」
「わかりました……いえ、私にはよく分からないですね。恋愛は苦手ですから」
友梨香さんは困惑した顔で言った。
「私も自分がよく分かってないけど、筋は通すわ。ちゃんと別れてスミレに大樹は返す。それだけよ」
「はい……そういうことならいいです。じゃあ、とりあえず今は彼氏と彼女なんですし、お邪魔しちゃ悪いですね」
「ごめん、友梨香」
「では、失礼します」
友梨香さんは去って行った。
「はぁ……ここならバレないと思ったんだけどなあ。でも、ここって友梨香に教えてもらった場所だったし」
椿が言う。
「そうだったんだ。でも、友梨香さんは秘密にしてくれるんだし、それでいいだろ」
「うん……ごめん、大樹。迷惑掛けて」
「いいよ」
「でも、よかった。このあとしようとしたことが見られなくて」
「え?」
「あ、なんでもない。じゃあ、帰ろうか」
俺たちはバスセンターを出て帰ることにした。
「送っていくよ」
「うん……」
椿は素直に受け入れた。
俺はいつもと逆方向の路面電車に乗り、椿の家の最寄り駅で降りた。
「……ちょっと寄り道していい?」
「うん、いいけど」
椿が寄り道したのは公園だった。椿は黙ってベンチに座った。俺もその横に座る。
「……大樹、いろいろ迷惑掛けてごめん」
「別に迷惑じゃないよ」
「でも……大樹にはお礼したい」
「お、お礼か……」
そう言って、この間は頬にキスされたんだった。
「大樹、受け取って欲しい……」
そう言って椿は顔を近づけてきた。今度は口にする気だ。
「つ、椿……」
「……いいでしょ?」
顔をすぐそばまで近づけて言う。それにしても綺麗な顔だ。
そんな椿が顔を近づけて……俺の唇を奪った。
「……もしかして初めてだった?」
「当たり前だろ。俺はずっとスミレを好きだったし、スミレは当然キスなんてしてくれないからな」
「そっか。スミレに悪いけど、でも、スミレのせいでもあるんだから仕方ないよね」
「……でも、椿はいいのかよ。俺なんかとキスして」
「私は初めてじゃ無いし」
「……それもそうか」
「それに私がしたかったんだから。大樹とキス」
「そ、そうなんだ……」
「うん。でも、ごめんね。彼氏役だけどここまでしかさせないから」
「当たり前だ。これ以上は……いろいろまずいだろ」
「うん……もうすぐ別れるんだしね」
「そうだな……」
別れの日は3日後に迫っていた。




