21 依存
翌朝、俺はいつものように朝練に行くために路面電車に乗った。もちろん、スミレも一緒だ。椿からは今までと同じように登校しろと言われていた。バレないようにするためだ。ただし、椿も朝練には来るそうだ。
電車から降りて学校へ向かっていると、椿からグループLINEに連絡があった。
椿『部室の鍵は開けておくから』
「椿、早いね。気合い入ってるなあ」
スミレが感心したようにつぶやく。
「そうだな……」
「新入生歓迎会だもんね。それでベアキャットの印象も決まるし。できれば新メンバーも入らないかなあ」
「え? メンバー増やす予定あるの?」
俺は驚いてスミレを見た。
「うん。まあ、いい子がいればね。うちは部活じゃないし、メンバーを入れるかは私たち次第なんだけど、戦力になる子が入りたいっていうんなら」
「そ、そうなんだ……」
「でもすぐに一緒にやるのは難しいと思うから、別グループになるかもね」
「なるほど……」
部室に入ると、椿はすでに準備万端といった様子だった。やがて、葵さんも到着し、朝練が始まった。
「スミレ、そこ間違ってる」
「え、どこ?」
椿は自分では踊らずに二人のチェックに集中していた。
「ここはこうだから」
椿が手本を見せる。
「そうやってるつもりだけどなあ。何か違った?」
「だから……」
本当に微妙な違いのようだ。椿は普段よりも気合いが入っているように見えた。
「なるほどね、さすが椿。分かったわ」
再び曲が流れ、踊り始める。椿は真剣な眼差しで見つめていた。その姿は、本当にかっこいい。一週間とはいえ、俺はこの人の彼氏役なんだよな……
「……はい、オッケー。スミレ、なかなかよくなったわよ」
「ありがとう、椿」
「それとバカマネ。なんで私をじっと見てるのよ」
椿が俺をにらみつける。しまった、見とれてしまってたか。
「あ、それ、私も思った!」
スミレにまでバレていたか。
「大樹君、まさか椿に見惚れてた?」
葵さんが真実を言った。しかし、認めるわけにはいかない。
「ち、違う!」
「大樹、私のこと好きとか言っていながらすぐコレだもん」
スミレがあきれたように言う。
「ご、ごめん……」
「まあ、わかるけどね。椿は美人だし。大樹が私より椿を好きになっても仕方ないかな」
今、スミレにそんなことを言われるなんて……だが、そのスミレに椿が言った。
「それはバカマネに失礼よ。バカマネはスミレのことを一途に好きでいてくれるのに」
「そ、そうだね……ごめん、大樹……」
スミレが俺に謝ってきた。
「別にいいよ。でも、俺が好きなのはスミレだってことは忘れないでくれ」
「う、うん……」
珍しくスミレがうつむいていた。
椿はそれを見ても何も言わなかった。
◇◇◇
昼休み。椿が出て行った後、しばらくして俺も部室に行こうと教室を出ようとしたところで先生に呼び止められた。結局荷物を持っていく手伝いをさせられ、部室に行くのが遅くなってしまった。
「ごめん! 遅くなって……」
俺がそう言って部室に入ると椿はすぐに鍵を閉め、そして俺に不安そうな表情を向けた。
「つ、椿?」
「来てくれないかと思った……私の彼氏役、迷惑だよね……」
椿の声は朝の自信のある様子とは違い、不安げに聞こえる。そんなに俺に来て欲しかったのか。そういえば、椿は前の彼氏に依存してしていたと言っていた。今度は俺に依存しようとしているのだろうか。
「……俺は大丈夫だって。俺のことより椿のことだよ。元彼は忘れられそう?」
「う、うん……」
「そうか。なら良かった」
「でも……」
椿は何か言いかけてやめた。
「なんでもない。じゃあ、食べようか」
「そ、そうだな」
俺たちは弁当を食べ始めた。
それにしても椿の依存体質が気になる。今は俺に依存しているような気がするが、この先、変なやつに依存してしまわないか心配だ。
本当は誰かに依存なんてしなくてもいいようになるのが一番だが、そうなるにはどうしたらいいのだろうか。
「大樹……明日、暇?」
そんなことを考えていると椿が聞いてきた。明日は土曜日だ。学校は休み。ベアキャットの活動も無い。
「うん、何も予定は無いよ」
「じゃあデートしようか」
「デ、デート!?」
美桜さんとはしたけど、あれは友人として、だった。もちろん付き合っている彼女とデートしたことは無い。
「恋人同士なんだから当然でしょ。それに私たちの期間は一週間なんだから休日にデートするなら明日か明後日しか無いし」
「そ、そうだね」
「できれば二日ともデートしたいけど、大樹の負担になりたくないから。明日だけでいいわ」
「そ、そうか……」
「で、どうなの? デートするの?」
「う、うん。俺も椿と会いたいし」
「嘘ばっかり。会いたいのはスミレでしょ」
「そうだけど、椿にも会いたい。今の椿はなんだか放っておけないんだ」
やはり、今日の椿を見てもいつも通りとは思えない。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどね。わかってるわよ。私は好かれてないって。嫌々彼氏役やってくれてるんでしょ」
「嫌々じゃ無いから。椿は魅力あるって言っただろ」
俺は改めて言った。そういえば、椿は自己否定するような言葉が多い気がする。自分のことに自信が無いのだろうか。それが誰かへの依存に繋がっているのかも知れない。
「大樹がそう言ってくれるのは嬉しいけどね……」
やはり椿は暗い顔だ。椿に自信を付けさせるにはどうしたらいいのだろう。そんなことを考えていたからか、思わず言ってしまう。
「椿はほんとに魅力的だよ。だって、スミレが好きな俺でも今は椿の魅力にやられてるし……」
「へー、そうなんだ。どの辺が?」
椿が聞いてくる。
「どの辺って…・・甘えるところとか……」
「そう……じゃあ、また甘えてあげようか?」
俺はその魅力に負けてついうなづいてしまった。
「ふふ、大樹ったら……」
そう言って椿は俺の横に座り、猫のように体を寄せてくる。その可愛らしさに、俺も椿を抱きしめてしまった。改めて感じると椿の体は驚くほど細い。こんなに華奢な体のどこにあんなに踊るパワーが入っているのだろうと思うほどだ。
しばらくそうしていたが、急に椿は体を離した。
「ふふ、ほんとに大樹、私の魅力にメロメロになってない?」
「う……そうかも」
「でも、ほんとはスミレが好きなんでしょ」
「そうだけど……」
「いいんだよ、それで。私も一途な大樹のことがいいと思ってるんだから。でも、そんな大樹をグラつかせてるってことで女としての自信をとりもどしてきたわ」
「そ、そうなんだ」
俺はただ甘えられただけだけど、それで椿が自信を取り戻しているなら良かった。
「でも、私はちゃんとわかってるから。大丈夫、その点は信頼して。ちゃんと一週間で別れるから」
「そ、そうか」
「うん。大樹も大事だけど、スミレはもっと大事だからね。私が尊敬する人だし。だから、スミレを好きな人を本気で彼氏にしようとはしないから」
俺がスミレを好きだということを椿は大事にしてくれる。それは朝の件からもわかっていたが、スミレを尊敬していることも理由の一つだとは思わなかった。
「……椿はスミレを尊敬してるのか?」
いつもダンスレッスンの時には容赦なくダメ出ししているし、普段の会話でもあまりそういった素振りは見せないけれど。
「そうよ。私がなんでベアキャットに入ったか、聞いてる?」
「いや……」
「そう。じゃあ、大樹には話しておこうかな」




