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20 放課後

 放課後になり、俺の席に椿が来た。


「行きましょうか、大樹」


 名前を小さい声で呼んできた。


「う、うん」


 俺たちは教室を出て部室に向かう。その途中で椿が言ってきた。


「部室ではこれまで通りバカマネって呼ぶから」


「わかってる」


「ごめんね」


 椿がこんなこと言うなんて。驚いて俺は椿を見る。すごく恥ずかしそうな顔だ。


「別にいいよ。バレないためだから仕方ない」


「うん。それに妹さんにも言ったでしょ。バカマネっていうのは私の愛情を込めたニックネームだからね」


「そ、そうか……」


 今それを言われると別の意味に聞こえてしまう。椿は俺のことを好きってことなんだろうか……照れてしまった俺を見て椿が言った。


「ふふ、私の彼氏は純情ね」


「仕方ないだろ。俺、彼女とかいたこと無いし」


「そうなの?」


「当たり前だ。俺はスミレ一筋だし、スミレには振られてるんだから」


「そっか……まあ、スミレと付き合えた時の予行練習だと思って。一週間で必ず別れてあげるから」


「う、うん……」


 そう、今の俺たちは一週間だけの関係だ。


◇◇◇


「それじゃ、新曲のレッスンね。バカマネ、飲み物買ってきて」


「わかった」


 俺は椿に言われ、買い出しに出た。他のメンバーの態度も普通だし、今のところ、俺と椿の関係が変わったことはバレていないようだ。


 飲み物を買ってきたときには一曲分が終わったところだった。


「スミレ、だいぶよくなったわよ」


 椿が言う。


「ありがと」


「葵もね」


「ありがとう……って、珍しいな。椿が褒めるなんて」


「そう?」


「いつもだめ出しばかりなのに。なんかいいことあった?」


「そうかも……」


「あ、彼氏でしょ。ラブラブなんやから」


 美桜さんが言う。


「……あいつとは別れたわ」


「「「「え!?」」」」


 椿の言葉にみんなが驚いた。


「そうなんや……ごめん、椿」


「別にいいわ。今は忘れるために頑張ってるから」


「そう……あ、まさか別の恋始まってる?」


「……内緒」


 椿は小さい声で言った。


「あー、そうなんや。さすが椿、モテるなあ」


「モテないわよ」


「そんなこと言って。またイケメンの彼氏つかまえたん?」


「違うわよ。今度は地味なやつよ。でも、優しくて真面目で頼れる人かな」


 地味で悪かったな。でも、俺のことそんな風に思ってたのか……


「へー、じゃあ紹介してよ」


「そのうちね」


「ふうん、誰やろ……もしかしてマネ君さあ」


「え!?」


 その言葉に俺は驚いて俺は美桜さんを見る。


「椿の彼氏が誰か知ってるんじゃないの?」


 なんだ、そっちかよ。


「し、知らないよ」


「ほんとかなあ、なんか怪しい」


「いいでしょ、もう。さあ、練習始めるよ」


 椿がそう言ってくれたので練習が始まった。助かったな。


◇◇◇


「バカマネ、あとはよろしくね」


 練習が終わると、椿はすぐに部室を出て行った。


「わかった」


 彼氏役だけど帰りは一緒ではなくていいのか。

 やがて、全員が出ていくと俺は一人で机を片付けていたが、そこに誰か来た。


 椿だ。


「戻ってきたのか?」


「うん。大樹一人に片付けさせられないし」


「椿が最初にやれって言ったから俺が一人でやってるんだけど」


「そうだよね。ごめん。これからは私も手伝う」


「一週間だけだろ」


「違うわよ。ずっと手伝うから」


「いいよ、別に。俺はこの片付けも好きだからさ。椿は疲れてるだろうし帰ってくれ」


「じゃあ一週間後はそうさせてもらうわ。でも、今は彼女だから。彼氏と一緒にいたい」


「そ、そうか……」


 そこからは俺は椿と一緒に後片付けを行い、職員室に鍵を返したあと、一緒に帰ることになった。


「……なんか不思議ね」


 二人で校舎を出たところで椿が言う。


「確かにな」


 椿と二人で帰るなんて信じられない。


「……私、いつもあいつと帰ってたでしょ。でも、今は隣にいるのは大樹。そういう意味じゃ違和感がないとおかしいんだけど、なぜか違和感が無いのよ」


「なんでだよ。サッカー部のやつと俺じゃ全然違うだろ」


「そのはずなんだけどね。でも、安心するって意味では同じなのかも」


「……俺と一緒だと安心するのかよ」


「うん。この人といれば大丈夫だって思える」


「……そんなに椿に信頼されてるとは思ってなかったな。いつもバカマネって言われてるし」


「でも信頼してるから。そのぐらいわかってよ、バカ……」


 恥ずかしそうに言う椿。俺も何か照れてしまった。


「……大樹、お願いがあるんだけど」


「何?」


「……家のそばまで送ってくれないかな」


「それはいいけど……」


「ごめん、いつもあいつが送ってくれてたから一人で帰るのが寂しくって……ほんとは家まで送って欲しいけど、家族に見られると面倒でしょ。私たち、一週間で別れるんだから。だから、そばまででいい」


「……わかった」


 俺はいつもと反対方向の電車に椿と一緒に乗った。電車の中では椿がぽつりと話し出した。


「今日の午後の授業は眠かったわ」


「そうなんだ」


「うん。私、あの世界史の授業の先生の声が無理なのよね。すぐ眠くなっちゃって……だから眠ったら後ろの席の子に背中つついてくれるように言ってるのよ」


「へー」


「そしたら今日はその子も眠かったみたいで全然つついてくれないし……」


 椿はいろんなことを話してくれた。まあ、主に愚痴だが。こうやって彼氏に話す時間が椿には大事だったんだろうな。俺は聞き役に徹していた。


 路面電車を降り、しばらく歩くと椿が言った。


「ここでいいわ。大樹、ありがと」


「どういたしまして。このぐらいならいつでもいいよ」


「ごめん、迷惑掛けてばかりで……」


 らしくないことを椿が言う。


「別にいいよ。その代わりベアキャットでしっかり頑張ってもらって、ときどき俺に甘えてもらえば」


「うん……ありがと。あ、ちょっと来て」


「何?」


 俺が接近すると椿は急に近づいて頬にキスしてきた。


「つ、椿!?」


「今日のお礼。じゃあね」


 顔を真っ赤にした椿は走って帰っていった。そんな椿をかわいいと思ってしまう。まずいな。俺は頭を振って言った。


「……帰るか」


 俺は降りたばかりの停留所に向かった。


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