19 彼氏役
翌日。俺は椿さんの彼氏役をやることになったが、昨日は椿さんも混乱していたのだと思う。今日になれば椿さんを正気を取り戻し、昨日のことは無かったことになるだろう。きっとそうだ。
そう思い、家を出る。朝練の日だから路面電車の停留所にはスミレがいた。
「大樹、おはよう」
「……おはよう」
「どうしたの? なんか元気ないね」
「うん、ちょっとね……でもたぶん大丈夫だから」
「そう、何かあったら相談してよね」
「うん……」
だけどスミレにだけは相談できるわけが無い。椿さんの彼氏役をやることになったなんて。
そんなことを考えてたら椿さんからメッセージが来た。
椿『大樹、何時頃登校するの?』
大樹『もう登校中だよ。スミレも一緒に朝練に行くから』
椿『朝練か。大樹も行ってるんだ。私もすぐ行く』
マジかよ……
◇◇◇
いつものように部室でスミレと葵の朝練を見ていると、部室の扉が開いた。
「あれ、椿? どうしたの?」
スミレが驚いて椿に聞いた。
「私も今日は朝練に付き合おうと思って」
「そうなんだ、助かる! アドバイスだけでもよろしく」
スミレは椿の登場に嬉しそうだ。
「うん、わかった。バカマネ、私にお茶買ってきて」
やっぱり、みんなの前ではバカマネ呼びか。
「わかった」
俺はお茶を買いに外に出る。飲み物を買って部室に帰ってくると、部室の外に椿さんが居た。
「あれ? なんで外に?」
「大樹と話したいと思って……」
椿さんが恥ずかしそうに上目遣いで俺を見る。
「な、なんで?」
「昨日の事よ」
やっぱりそうか。彼氏役を頼んできたけど冷静になったら後悔してるんだろうな。
「そ、そうだな。昨日は椿さんも動揺してたし、無かったことに――」
「なんでよ。動揺はしてたけど、大樹に彼氏役をやってもらう気持ちに変わりはないから」
「え……」
「なによ。いきなり約束破る気?」
「い、いや……」
「一週間だけは付き合う約束でしょ?」
「そ、そうだけど……」
「だからよろしくねって。それだけ」
椿さんは顔を赤くして言った。……仕方ないか、一週間だけだ。
「わかったよ、椿さん……」
「椿」
「え?」
「付き合ってるって設定なんだから二人の時は呼び捨てで呼んで。分かったわね、大樹」
「わ、わかったよ……椿」
「うん、それでいいから。さ、朝練行きましょ」
そう言って、俺の手を握る。
「ちょ、ちょっと……」
「何よ」
「手が……」
「そのくらいで照れないでよ。私まで照れるじゃない、バカ……」
そういう椿は赤い顔だ。破壊力あるな……
◇◇◇
昼休み。椿はすぐに教室を出て行った。そして俺もしばらくしてから弁当を持って部室に向かう。昼休みは部室に来るように椿に言われている。一緒にお昼を食べるのだ。
部室の扉を開けるとそこに椿がいた。
「何してるの。早く座って」
「う、うん」
俺は椿の前に座った。
「……いつもお昼は彼氏とここで食べてたの」
「そうだってな」
「知ってたんだ」
「うん、スミレから聞いてた。一応、マネージャーだし」
「そっか……今日から一週間は大樹と一緒ね。毎日ここに来て」
「う、うん……」
「何よ、彼女と一緒にお昼食べられるのに嬉しくないわけ?」
「いや……そもそも俺と椿はほんとの恋人同士ってわけじゃ――」
「一週間は恋人同士なの。わかった?」
「は、はい……でも……」
「何よ」
「椿は俺が彼氏役でいいのか? 嫌いなやつが彼氏って一週間でもおかしいだろ」
「大樹はやっぱりバカね。嫌いなやつに彼氏役申し込むと思う?」
「そうだけど……って、え!? 俺のこと好きなの?」
「き、嫌いじゃ無いってだけよ」
椿は顔が赤くなっていた。
「いや、おかしいだろ。いつもクールに俺のことを叱ってたのに」
「そりゃ、最初は冴えないやつって思ったわよ。でも……意外にいろいろ気配りが出来て、ちゃんとメンバーのことも見てるし。美桜の誘惑にも乗らなかったし、それに葵を助けたりしてたでしょ。だから……もう、言わせないでよ! バカ……」
恥ずかしそうに言う椿をかわいいと思ってしまう。やばい。
「そ、そうなのか……」
「でも分かってるわよ。大樹はスミレに一途だって。そういうところもいいと思ってるし。だから、一週間だけ。あいつのことを忘れるために私に協力して」
あいつ、か。サッカー部の元カレだ。
「……でも、大樹は私のこと嫌いだよね。仕方ないわ。いつも口悪いし。私を好きになるわけ無いよね。私なんてあいつにも振られて当然よ……」
椿は暗い表情で言った。
「そんなことないよ。椿は魅力あると思うし」
「へー、そう。だったら、私の好きなところ言ってよ」
「え!?」
「……やっぱり無いか」
「あ、あるよ……椿はダンスが上手いし、みんなにも指示がしっかり出せてる。いつもそれをみてかっこいいなって思ってたよ」
「そうなんだ。他には?」
「他? うーん……」
「やっぱりダンスぐらいしかないよね……まあ、そうだよね」
椿はまた落ち込み始める。仕方ない。いつも思っていたことを言うしかないか。
「実はさ、椿に彼氏がいるって聞いて、椿も彼氏の前では甘えるのかなあ、って思ってたんだ」
「……それで?」
「……椿が甘えるところを想像したらさ、ちょっといいなって思ってた」
「あんた、そんなこと想像してたの!?」
「ご、ごめん!」
「……まあ、いいけど。確かに彼氏には甘えてたからね」
「そうなんだ……」
「ということは……大樹は私に甘えて欲しいの?」
「そ、それは……いいのか?」
「いいわよ、彼氏役をやってもらってるんだし。それぐらいなら」
そう言って俺のすぐ横に椅子を置き、そこに座った。
「つ、椿……」
「大樹……私、落ち込んでるんだ……」
そう言って俺の肩に頭を預けてくる。
「椿……まずいって……」
「大丈夫よ、ドアには鍵掛けてるし」
「そ、そういう意味じゃ……」
「だから、頭なでてよ」
「う……」
俺は椿の頭をなでだした。初めて触れる椿の髪。さらさらだ。
「ふふ、気持ちいい」
「そ、そうか……」
「大樹は? って言うまでも無いみたいね。心臓の音がすごいし、それに……まあ、これは言わないでおいであげる」
明らかに俺の大きくなっているところを見られていた。
「ご、ごめん!」
「ふふ、別にいいわよ。スミレ一筋の大樹でも私に興奮するんだ。甘えられるのに弱いのね」
「だ、だって……いつも厳しい椿が甘えてくるのが……ギャップがすごくて」
「もっと甘えてもいいけど。どうする?」
「今日はもう限界だ……」
「そのようね。じゃあ、このぐらいにしておこうかな」
椿は自分の席に戻った。
「甘えてあげるから。だから彼氏役、ちゃんとやってね」
「う、うん……」
甘える椿の魅力に負けて、俺は承諾してしまった。




