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18 別れ

 お城祭りが終わり、4月になって俺たちは2年生になった。2年生になるとクラス替えがある。その結果、俺とスミレは別のクラスに離れてしまった。最悪だ。さらに、葵さんとも別れてしまう。友梨香さんは今回も同じクラスだった。そして……


「バカマネ、行くわよ」


 放課後、俺の席に来たのは同じクラスになった椿さんだ。


「委員長は?」


「もう行ったわよ」


 相変わらずだな。


「そうか、じゃあ行くか」


 さっさと一人で行く友梨香さんに対し、椿さんは必ず俺を誘いに来る。バカマネと呼んでいる割には俺のことをちゃんと考えてくれていた。


 机を片付けて着替えが終わるとレッスンが始まる。以前はすぐに俺に出て行けと言っていた椿さんだが――


「バカマネはしっかり見てて何か意見があったら言いなさい」


 最近は必ずそう言ってくれるようになった。今は新入生歓迎会に向けてのレッスン。曲は超ときめき宣伝部の「最上級に可愛いの」。新入生にはわかりやすく流行の曲をやることになった。


「難しい……」


 スミレが言う。


「そう? こういう曲の方が好きやけど」


 美桜さんはかわいらしさをアピールする曲が得意のようだ。スミレは激しく踊るタイプだから、こういうのは苦手なんだろう。


「簡単そうに見えて難しいからね、『とき宣』は。じゃあ、通してやるよ」


 ダンスリーダーの椿さんがレッスンは仕切る。


 曲が始まり、しばらくすると、すぐに椿さんの檄が飛んだ。


「葵、そこ遅い!」


「ごめん」


「スミレ、激しすぎ!」


「うぅ……」


 ほんと、自分も踊りながらなのに良く見ている。こういうときの椿さんは本当にすごい。そして、かっこよく見える。


 やがて、何曲か終わると椿さんが俺を見た。


「え? ああ、今のダンスについてか。そうだなあ……」


「違うわよ。今日、飲み物はどうしたの?」


「あ! ダンスに見とれて忘れてた!」


「さっさと買ってきなさい、バカマネ!」


「ごめん!」


 相変わらず、俺を呼ぶときはバカマネだ。


◇◇◇


「それじゃあ、バカマネ。あとはよろしくね」


 レッスンが終わると真っ先に椿さんは部室を出て行った。


「……椿、今日は早いわね。何かあるのかしら」


 スミレが言う。


「彼氏と用があるそうです」


 友梨香さんが答えた。同じクラスになったからか前よりよく椿と話しているようだ。


「デートかあ。サッカー部は今日早く終わるんかな」


 美桜さんが言う。


「たぶんそうですね。よく知りませんが」


「相変わらずラブラブやねえ」


「でも、みんなに隠してるんだから大変そうですけどね」


「え? そうなの?」


 友梨香さんの言葉に驚いて俺は聞いた。


「そうよ。知ってるのはベアキャットのメンバーぐらいよ」


 スミレが教えてくれる。そうだったのか。


◇◇◇


「あとは俺がやるからいいよ」


「はーい、よろしく!」

「まかせたよ」

「ではよろしくお願いします」

「大樹、よろしくね」


 四人が出て行き、俺は一人で机を元に戻す。みんながいなくなった部室で一人で作業をする時間が不思議と俺は好きだった。そのあとは鍵を職員室に返して校舎を出る。


 だが、俺は鞄を一つ教室に忘れたことに気がつき、慌てて自分の教室に向かった。


 教室の扉を開けようとするとなにか音がする。誰かいるようだ。すすり泣くような声がした。これは……見ないで帰った方が良いか。そう思うが、誰なのか気になってつい見てしまった。


「つ、椿さん!?」


 机に座り顔を覆って泣いていたのは椿さんだった。あまりに意外な姿に俺はつい声が出てしまった。


「だ、誰よ」


 椿さんの焦るような声が聞こえた。仕方ない。俺は扉を開けた。


「なんだ、バカマネか。おどかさないでよ」


「ごめん、のぞき見するつもりは無かったんだけど気になって」


「……見られちゃったか」


「うん……何かあったの?」


 今日のレッスンではいつもと違うようには見えなかったけど。


「……振られた」


「はあ?」


「聞き返さないでよ。彼氏に振られたのよ。いい気味でしょ」


「いや、振られたって……どういうこと?」


 信じられない。椿さんは毒舌姫だが学年の二大美女の一人だ。こんな美女が彼女なのに振るなんて考えられないけど……


「三年だから受験勉強したいって。だから、私に構ってられないってさ」


「そういうこと……」


「それにほんとは毒舌がきついって思ってたって言われちゃった。アハハ」


 椿さんは乾いた笑い声を出した。


「椿さん……」


「ざまあみろって思ってるでしょ」


「そんなことない!」


「いいわよ。いつもあんたにも毒舌ばっかりだもんね。はあ……こんな女、振られて当然よ」


「椿さん……」


「……私ね、彼氏に依存してたんだと思う。みんなには交際は内緒にしてたから会えるときにはつい甘えちゃってて……」


 やっぱり毒舌姫でも甘えるのか。その姿はちょっと見てみたいかも。


「昼休みや帰り道に愚痴聞いてもらってたの。それがすごく楽しかったのに……聞いてもらう人、居なくなっちゃった……」


 椿さんは見たことが無い悲しそうな目をした。俺は言葉をかけずにいられなかった。


「ありきたりかもしれないけど、男はたくさんいるんだし、椿さんならすぐに新しい彼氏も見つかるんじゃないか? だからそいつのことは忘れろよ」


「へー、バカマネもそんなこと言えるんだ。じゃあ、あんたが私の彼氏になってくれる?」


「はあ?」


 驚いて椿さんを見る。だけど、本気なはずが無い。


「からかわないでよ」


「本気だけど」


「いや、おかしいでしょ」


「何がよ」


「振られたからって俺を彼氏にしようって言うのは。第一、俺のことはいつもバカにしてばっかりなのに」


「でも認めてるってことは言ったつもりだけど」


「そうだけど……」


 なんか本気っぽいな。でもこれは椿さんの気が動転してるからだろう。


「今は振られたショックで混乱してるんだよ」


「そうよ。私は混乱してるわ。だから、少しでも安定したいのよ。バカマネ、私の彼氏になってよ」


「だからダメだって。俺にはスミレがいるし……」


「そっか……そうだったわね」


 椿さんはようやくそのことを思い出したようだ。


「はぁ……バカマネも私を見捨てたか……もう、だめだ、私……うぅ……」


 そう言って顔を両手で覆って泣き始めてしまった。


「椿さん……」


「……バカマネがスミレのこと好きだってのは分かってるわよ。でも、ちょっとは私のために動いてくれてもいいじゃない。マネージャーなんだし……」


「そうだけど彼氏になれってのは……」


「ちょっとだけでも彼氏役をやってくれれば私も落ち着くのに……」


「ちょっとだけ? 彼氏役?」


「そうよ。一週間でいいわ。一週間だけ私の彼氏役をやってよ」


 そういうことかよ。彼氏の役ってだけか。しかも一週間だけ。


「それだけ付き合ってくれれば彼のことも忘れられると思うから。おねがい、大樹……」


 そう言って俺を見つめてきた。ここに来て名前呼びかよ。


「じゃないと、私、明日から学校来れない……」


 そこまでかよ。でも、ダンスリーダーの椿さんが来ないとベアキャットのレッスンは進まなくなる。それに、そんなにショックを受けている椿さんを放っておけない気持ちもあった。こんな椿さんは見ていられない。


「……わかったよ。一週間だけなら」


「ほんとに! ありがとう!」


 椿さんが笑顔になった。


「でも、みんなには内緒にしてくれよ、ガチで。例外は無し。スミレにもメンバーにも誰にでもだ」


「もちろん、わかってる」


「一週間経ったらこの関係は解消だからな」


「わかったわ。でも、一週間の間は真剣に彼氏役やってよ。私もちゃんと彼女やるから」


「……わかったよ」


 真剣な彼氏役ってどういうことかよく分からんけど一週間なら何とかなるだろう。


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