16 お城祭り
3月末の日曜。今日はマネージャーとして初めての外部イベント・春のお城祭りのステージだ。会場は熊本城の二の丸広場。学校から歩いて行けるので、まずは俺たちはいつもの部室に集まった。
「みんな揃ってるわね……って、こういうのは普通マネージャーがやるんじゃないの?」
椿さんが言う。
「確かにそうだね」
「じゃあ、こういう仕事はバカマネにバトンタッチするから。はい、仕切って」
「わ、わかった……みんな、揃ってるな。じゃあ……何するんだっけ」
「はぁ……まずは衣装に着替えるから。あんたは出てって」
椿さんが俺の背中を押す。
俺は慌てて部室から出た。
中からはわいわいと声が聞こえてくる。
「それにしても椿がマネ君の背中触るなんてねえ」
美桜さんが椿さんをからかっているようだ。
「別にいいでしょ」
「男嫌いとか言われてるのに」
「そんなわけ無いじゃない。彼氏いるのに」
「あ、今日、彼氏君、見に来るん?」
「来るわけ無いでしょ。試合だし」
「そっか。サッカー部やもんね」
「美桜……ちょっとこれきついかも」
スミレの声がした。
「え? あらら、スミレのお胸も成長期ねえ。言ってくれないと」
「気がつかなかったんだもん」
「うーん、これは……ちょっとボタンで調整して」
「上開けるの?」
「仕方ないでしょ。途中でボタンがはじけるよりマシ」
「確かに……」
何か大変そうだな。
やがて、扉が開いてメンバーが出てきた。今日の衣装は少し露出が多いので、上にはジャージを羽織っている。
「じゃあ、バカマネ。私たちを先導して」
「わ、わかった」
部室を出た俺たちは、そのまま校舎を出て会場へ向かう。
俺は昨日、お城祭り会場でいろいろと打ち合わせしたので、メンバーの案内をする。二の丸広場に行き、控え室となっているテントにみんなで入った。
そこにイベントの担当者らしき中年男性がやってくる。昨日はいなかったお偉いさんのようだ。
「ベアキャットのみんな、よく来たね」
「はい、全員揃ってます」
お偉いさんの問いかけに俺が答えた。
「……君は?」
「マネージャーの坂崎です」
「マネージャーは葵さんがやってなかった?」
「メンバー兼任だと大変なので自分が専任でやることになりました」
「あっそう……これプログラムだから。まあ、頑張って」
そう言って、担当者がプログラムと名刺を渡して去って行った。なんか怪しいやつだったな。何かと女子高生に言い寄ろうとするやつがたくさんいるんだろう。俺がいる意味も多少はあるようだ。
「大樹君、これで今日は撮ってほしい」
葵さんがビデオカメラを出す。ズーム機能の付いたやつだ。
「定点カメラでいいんだよな?」
「うん、頼むよ。あとでネットにも上げたいし」
「わかった」
パフォーマンス中はこれが俺のメインの仕事だな。葵さんはそれを俺に渡して、テントを出て行った。
「マネ君、ちょっと手伝って」
「何?」
美桜さんの言葉に近づくと俺に背中を見せてきた。
「背中、見えすぎてない?」
少し背中が見える衣装。といっても、これは美桜さんが自分で作ったものだけど。
「……いいんじゃないか」
「そう。じゃあ、前は?」
そう言って振り向く。すると、そこに暴力的な胸が現れた。
「う……」
「あれ? どうかした? もしかして触りたい?」
「ちょっと美桜! 何大樹を誘惑してるのよ」
そこに現れたのはスミレだ。
「えー! いいじゃん。スミレはいらないんでしょ、マネ君」
「だからといって美桜が手出していいことないから」
「なんでよー」
「マネージャーだからよ。大樹はみんなのものだし。ね?」
スミレが俺に微笑んだ。
「そ、そうだな」
「もう……マネ君、スミレには弱いんだから」
「当たり前だ」
「つまんないの。でも、マネ君。今日の私のパフォーマンス、しっかり見てね」
「わかった。でも、全員見てるぞ」
「わかってるけど……でも、今日はマネ君のために踊るから」
「え?」
「いろいろ相談聞いてもらったお礼!」
そう言って、テントを出て行った。
「……なによ、相談って」
スミレが聞いてくる。
「あれだよ……衣装代のやつ」
「ああ……それで美桜となんか仲良くなってるわけね」
「仲良く……なったのかな」
「なったんじゃないの? フン!」
そう言ってスミレも出て行った。
「……バカマネも大変ね」
椿さんが俺に言う。
「わかってくれるか?」
「同情はするけど、自業自得なんじゃない? 美桜とイチャイチャしてたんだから」
「イチャイチャなんて……」
「まあ、美桜だから仕方ないけどね。でも、よくあの誘惑に屈しなかったわね。それは褒めてあげる」
珍しく椿さんが俺を褒めてテントを出て行った。
「あ、ありがとう……」
最後に残ったのは友梨香さんだ。まだ眼鏡を掛けていたが、それを外す。そして、髪をまとめていたのををほどき左右に振って髪をばらけさせる。そして、
「よし!」
と気合いを入れてテントを出て行こうとしたが、そのとき俺を見た。
「大樹マネ、友梨香って呼び捨てして呼んでくれませんか?」
「え?」
「早くしてください!」
「ゆ、友梨香!」
「……ありがとうございます。ベアキャットの友梨香になれました」
そう言ってテントを出て行った。
◇◇◇
ベアキャットの出番になり、その登場曲・オーバチュアが流れる。
「we are……」
「「「「ベアキャット!」」」」
ステージの裏からベアキャットの円陣のかけ声が聞こえた。最前列に駆けつけている熱狂的なファンたちが歓声を上げる。メンバーの名前が書かれたうちわを振りかざしている。そして、ベアキャットのメンバー5人がステージに堂々と歩きながら登場した。
そして、イントロが流れ出し、スミレがマイクで声をかけた。
「みなさーん、ダンスグループ・ベアキャットです! 今から踊りますので是非見ていって下さい。μ'sでスノーハレーション!」
そこからは圧巻だった。センターのスミレの激しいダンス。そして、その左右で踊る椿さんと美桜さんの完成度。葵さんはイケメンのようなかっこよさを見せ、友梨香さんは委員長とは思えない激しく妖艶な動き。おもちゃ箱のようなベアキャットのダンスはファンだけで無く、その場にいる誰をも魅了していた。
そんな中、俺は美桜さんのダンスに目を惹きつけられた。いつもは教科書通りといった感じの美桜さんだが、今日は自分を見てくれ、というアピールがすごい。
「なんだよ……あんなダンスも出来るんじゃないか」
あれならセンターでも良かったかもな。そう思わせるダンスだった。センターを外れてからきっといろいろ工夫してきたんだろう。
そんなことを思っていて、ふとビデオカメラを見る。だが、あるはずのカメラがそこに無かった。
「え!?」
よく見ると、三脚に乗せていたはずのカメラが、倒れている。
「まずい!」
慌てて起こすが、しばらくの間はダンスが撮れていなかったはずだ。
「やっちまった……」
こりゃ怒られるぞ……




