15 初めて
翌日の朝。停留所に着くとスミレの方から俺に挨拶してきた。
「大樹、おはよう。今日も頑張ろうね」
「おはよう、スミレ。気合い入ってるな」
「うん! 昨日の美桜も気合い入ってたしね。私も新しいポジションで頑張らないと。後ろからでも輝けるってところを見せるんだ」
スミレはセンターで無くなったことがむしろ刺激になって、さらにやる気が出てるみたいだ。言いにくいけど、美桜さんとの約束だし言うしか無いか。
「スミレ、またセンターに戻るつもりは無いか?」
「え? そりゃ、もちろん。そのために頑張るよ」
「昨日さ……美桜さん、よく注意されてたみたいだったよね」
「そうだね。センター初日だから慣れなかったんじゃないかな。仕方ないよ。でも、美桜も頑張ってるからさ。私も後ろから支えるし」
「でもさ、やっぱりスミレがセンターがいいんじゃないかな」
そう言った俺をスミレはじっと見てきた。
「大樹、ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいから」
「いや、そうじゃなくてほんとに――」
「今は自分のポジションで頑張るだけだから。とりあえずセンターは考えてないよ」
「そ、そうか……」
「後ろで輝いて、みんなにセンターはやっぱりスミレじゃないとって思わせるんだ」
うーむ、これはなかなか伝えづらいな。
◇◇◇
放課後、部室に行き机を移動させていると、美桜さんが隣に来て小声で言った。
「マネ君、スミレに言ってくれた?」
「伝えたけど……スミレは今のポジションで頑張るって――」
「はあ? 何それ。ちゃんと伝えてくれないとおっぱい揉ませないよ」
「そういうことじゃないだろ、まったく……」
「どうしよう……」
美桜さんの顔はこれまでに見たことが無いくらい暗かった。うーむ、想像以上にセンターのプレッシャーがあるようだ。
「自分からは言い出せないし、もうグループ抜けるしか無いかも……」
「わかった、わかった。じゃあ、俺が何とかする」
「ほんと?」
「ああ……でも、本当にいいんだな?」
「え、おっぱい? いいよ、マネ君なら……」
「違う違う、おっぱいじゃなくてセンターだよ。やめてもいいんだな?」
「うん、私にはまだ無理みたい。将来挑戦するから。それまでに実力を蓄える」
「そうか、わかった。じゃあ、まかせてくれ」
「うん、よろしくマネ君」
それから、練習が始まり、俺はまた廊下に出た。
「遅い! 美桜!」
「ごめん!」
今日のレッスンでもやはり、美桜さんがいろいろ言われている。一曲が終わったところで、椿さんが言った。
「もう、美桜……どうしたのよ。自分でセンターやりたいって言ったんでしょ」
「ごめん……」
美桜さんの泣きそうな声がした。もう行くしか無いな。俺は扉をノックした。
「俺だけど」
「バカマネ? 何か用なの? 今大事な話してるんだけど」
椿さんの鋭い声にひるむが、俺もここで引き下がるわけには行かない。
「俺も大事な話があるから入っていいかな」
しばらく間があって「入ってきなさい」と椿が言ったので俺は部室に入った。
「何なのよ」
「センターなんだけどさ。俺が最後に美桜さんを推しただろ。でも、美桜さんで良かったのかなって思って……」
「はあ? 今更またセンター変えろって言う気?」
「とりあえず、美桜さんがセンターでのダンスを見せてくれないかな。その後に感想を言うから」
「バカマネのくせに偉そうね。ポジションは私たちで決めるから」
椿さんは拒否したが、そこに葵さんが言った。
「大樹君の言うことも一理あるよ。一回、客観的に見てもらって判断してもらおう」
「……美桜はそれでいいの?」
「うん! 私はそれでいいから」
「そう。じゃあ、始めましょうか。バカマネ、ちゃんと見てなさいよ」
そして曲が始まった。美桜さんがセンター。スタート時には問題なく始まったと思ったが……開始後すぐに違和感を感じた。とにかくバランスが悪い。美桜さんは何か自信なさげに踊っているし。これでは……
やがて、曲が終わり、椿さんが言った。
「さて、どうだった?」
「うーん……ごめん、俺の判断が間違ってたよ。センターはスミレがいい」
「……その理由は?」
椿さんは怒るかと思ったけど、冷静に聞いてきた。
「バランスが悪くなってる。センターになったら逆に美桜さんは目立たなくなって、スミレのエネルギッシュなダンスが変に目立ってる。これでは観客はどこを見ていいか分からない感じだよ」
「……なるほどね。バカマネにしてはちゃんとした意見ね」
「だろ? だからセンターはスミレに戻した方がいいと思う」
「でも、まだ一日しかやってないわよ。そのうち、いいバランスになるんじゃないの?」
「バランスは良くなっても前の良さが消えていく感じがするんだ。以前のベアキャットは絶妙なバランスで成り立ってたんだよ。センターでスミレが派手に踊って、それを椿さんと美桜さんが綺麗なダンスで支え、葵さんと友梨香さんがアクセントになる。そういう良さがあったんだ」
「バカマネのくせに生意気ね。でも言ってることは合ってるわ。……美桜はどう思う?」
「くやしいけど今のウチにはセンターは無理みたいやわ。スミレ、振り回してごめん。また、センターやってくれるかな?」
「う、うん……私はいいけど、美桜はホントにいいの?」
「いいのいいの。バランスが大事やし。でも、センターはあきらめてないから。私も成長してそのうちね。今はスミレにまかせるから」
「わかった……じゃあ、私がやろうかな」
「うん、そうね。以前のポジに戻ろうか。それで一回やってみよう。バカマネ!」
「はいはい、出て行けばいいんだろ」
「違うわよ。スミレのセンターでやるから見て行きなさい」
「……いいのか?」
「いいわよ。それでまた感想お願い」
「わかった」
椿さんにそう言われ、俺は部室に残った。スミレがセンターポジに入り、曲が始まる。うん、ベアキャットはこれだよ、これ。安心感があり、俺も自然に笑顔になってきた。
曲が終わり、椿さんが言った。
「バカマネ、どうだった? って聞くまでも無いわね。ダンス中のあなたの顔、ニヤニヤして気持ち悪かったわよ」
「し、仕方ないだろ! すごく良かったんだから。やっぱり、センターはスミレだよ」
「大樹……ありがと」
「何、ここぞとばかりスミレにアピールしてるのよ」
「違うから。これはマネージャーとしての意見だ」
「あ、そう。まあ、いいわ……」
「じゃあ、俺はこれで――」
「どこ行くのよ」
「いや、外出てけって言うんだろ」
「言わないわよ。あんた、それなりに見る目はありそうだから練習を見てなさい。何かあったら言うこと」
思わぬ言葉に耳を疑って椿さんを見た。
「……何よ」
「いや……わかったよ。ありがたく見させてもらう」
「そうよ、ありがたく見なさい」
それからはベアキャットのレッスンをフルで見ることが出来た。改めて見ると分かったのは椿さんのすごさだ。外からでは声だけでよく分からなかったが、自分もしっかり踊りながらメンバーに檄を飛ばしているのは本当にすごい。
それに美桜さんも元々のポジションに戻ってすっかり元気になっていた。うん、これでこそ園田美桜だ。
練習が終わって、今日も美桜さんが衣装代の打ち合わせと言い、俺と二人で残った。
みんなが帰ると美桜さんは俺の隣に座った。
「マネ君、いろいろありがとね」
そう言って手を握ってくる。
「いや、俺はベアキャットのことを思ってやったまでだよ」
「そっか……あ、おっぱい揉む?」
「それはもういいから」
「いいの? 残念だなあ。マネくんなら良かったのに……」
「はいはい、ありがとな」
「あー、もう本気にしてないし……私はいろいろ本気やったんやけどなあ」
「え?」
「まあいいか。マネ君はスミレだもんね」
「もちろんだ」
「私も手伝うから、何かあったら言ってよ」
「わかった。ありがとう」
「これからもよろしくね。あ、これお礼だから」
「え?」
そう言ったとき、美桜の顔が近づいて、頬に柔らかい湿ったものが当たった。これって……え!?
「お、おい……」
「えへへ、これぐらいはお返しさせてよ。スミレにキスされたことあるん?」
「いや、あるわけないだろ」
「そっか。じゃあ、ほっぺでも初めて?」
「当たり前だ」
「やった! マネ君の初めてもーらい! スミレに勝った!」
美桜さんは今までに無くはしゃいでいた。




