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12 朝練

 月曜日。今日はスミレと葵さんが朝練をする日だ。俺はいつもより早く起きて、最寄りの路面電車の電停に急いだ。


 電停に到着すると、そこにはスミレがいた。


「あ……」


「……スミレ、おはよう」


 考えてみたら当たり前だ。同じ時間を目指して登校するんだから同じ電車になってしまう。


「おはよう、大樹。そっか、今日は大樹も来るんだったよね」


 忘れてたのかよ。やっぱり脈なさそうだなあ……

 俺とスミレは混んでいる路面電車に乗り、学校に向かう。電車の中では何も話せず、電車を降りて学校へ向かうときにスミレが話しかけてきた。


「……大樹、美桜とデートしたの?」


「え? ああ、そうだな」


 そう言えば、スミレは俺が美桜さんとデートすることを気にしていたようだった。


「どうだった?」


「どうって……ベアキャットの衣装に必要なものを買って帰っただけだよ」


「え? そうなの?」


「ああ。結局はデートというか買い出しだな」


「なんだあ、そっかあ……」


 見るからにスミレの顔が明るくなった。


「なんだよ、俺が美桜さんとデートするのが嫌だったのか?」


「嫌って言うか……大樹が美桜に騙されそうだったから」


「はあ?」


「大樹ってあんまり女子と遊んだりした経験無いでしょ」


「そりゃまあ……」


「だから、あんな可愛い子に言い寄られたらすぐに美桜の言いなりになっちゃうんじゃないかって思って」


「そんなことないよ。美桜さんはそういう子じゃないし」


「いや、そういう子だからね! 何人も勘違いして結構恨まれてるんだから……」


 それはそうだろうなあ。すぐにちょっかい出す子だし。


「でも、美桜さんもいろいろと考えてるんだよ」


 俺にちょっかいを出したのはスミレに勝つためだし。たぶん、ちょっかいを出すにも理由があるに違いない。たぶんだけど……


「うーん、美桜は見境いない感じするけどね……さすがに彼女がいる子には手を出してないみたいだけどさ」


「そうなんだ。じゃあ、俺に彼女ができれば手を出してこないかな」


「そうだね……」


「じゃあ、スミレ。俺と付き合おうか」


「無理」


「即答かよ!」


「前からそう言ってるでしょ」


「う……」


 それもそうか。でも、またはっきり言われてしまい、悲しい。やっぱり、美桜さんと付き合おうかとまで思ってしまうが、そんなことしても仕方ないか。


◇◇◇


 校舎に入ると、スミレと共に部室の鍵を借りて、部室に行く。鍵を開けて準備をしていると、葵さんが来た。


「おはよう、スミレ、大樹君」


「おはよう、葵」

「おはよう、葵さん」


「もしかして一緒に来た?」


「偶然よ。近所なんだし」


「ふうん、じゃあ、もういろいろ話したあとなんだ」


「いろいろって?」


「美桜のデートの話」


「うん。結局、衣装の買い出しだったって」


「へー、そういうことか。それをデートと言うなんて美桜もやるねえ。大樹君もがっかりだった?」


「いや、俺は……」


「まあ、言えないか。ごめんごめん」


「大樹、がっかりだったの?」


 今度はスミレが俺をにらんでくる。


「違うから。俺はマネージャーとして仕事をしたまでだよ」


「ふうん……まあいいか」


「それじゃ、レッスンを始めたいけど、まず着替えるから――」


「あ、ごめん。飲み物を買ってくる」


 俺は部室の外に出て自販機に急いだ。


◇◇◇


 部室に帰ってきてノックする。


「はい、いいわよ」


 俺は扉を開けてアクエリアスとブラックコーヒーを置く。


「じゃあ、俺は――」


「大樹君、練習を見て行かないかい?


 部室の外に出ようとしたとき、ジャージ姿の葵さんが言った。


「え?」


「5人の時は椿が嫌がったから外に出てもらったけど、ボクたちは問題ないから。ねえ、スミレ」


「そうね……大樹にも見てもらってアドバイス欲しいかな」


「そうなんだ。でも俺はダンスは素人だからよくわからないぞ」


「大丈夫。動きが合ってないとか、音に合ってないとか、そういうのでいいよ」


「その程度なら……」


「じゃあ、見てて」


 葵さんがスマホを操作し、音楽が流れる。いつものレッスン時よりかなり小さい音量だ。2人に聞こえればいいだけだからだろう。


 そして二人がダンスを始める。初めて近くで見たベアキャットメンバーのダンスに俺は圧倒されていた。


「……はぁ、はぁ……どうだった?」


 スミレが俺に聞く。


「すごい……すごいよ、スミレ! 葵さん!」


「そ、そうかな」


「うん。さすが大人気のベアキャット。とってもよかったよ!」


「そ、そう……もしかして、大樹、私たちのダンス見たこと無かった?」


「いや……文化祭では見たけど、あとはちょっとだけしか」


「そうだったんだ……見てくれてるって思ってた……」


「え?」


「なんでもない。でも、絶賛じゃ練習にならないわね」


「そうかい? ボクは久しぶりに褒められて嬉しかったよ。椿は褒めることは滅多にしないから」


 葵さんが言った。


「それはそうね。自信にはなったかな」


「いや、ほんとすごかったから。二人はすごいよ!」


「ありがとう。でも、もう一度やるから今度はファン目線じゃ無く冷静に、批判的に見てくれるかな」


「わ、わかった」


 再び、音楽が開始される。ダンスが始まると俺はまた夢中になってしまう。

 いかん、これでは……なんとか自分を批判的にして、あら探しを始めた。すると、確かにいろいろと見つかった。だけど小さい点ばかりだ。やがて曲は終わった。


「……はぁ、はぁ……今度はどうだった?」


「すごく良かった!」


「またそれ? 悪いところは無かったの?」


「ちょっとはあったけど……」


「どこ?」


「二番の曲の入りが少しずれたかな」


「あー、そこか。椿にもよく言われる」


「あと、大サビ前の振り付け。葵さんが音と少しずれてた」


「う……そうか。あそこはなかなかね」


 葵さんが言う。


「それから最後、ちょっとスミレの顔が硬かったかな」


「……疲れが出ちゃったからねえ」


「それぐらいだよ」


「うん、そんな感じでどんどん言ってくれるといいよ」


「ビデオで撮って自分たちで撮影するよりこっちが早いし、助かるね」


「そ、そうか。この程度で良ければ」


「じゃあ、もう一回」


 結局3回ほど、同じ曲の練習を行って、この日の朝練は終わった。それにしても朝からこの練習量とは、恐れ入る。授業中にスミレが眠そうにしてても文句は言えないけど、授業はちゃんと聞いてるようだし、体力がすごいな。


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