10 デート
土曜日。園田美桜とのデートは下通アーケードの商業ビル・ココサで待ち合わせすることになった。ここは高校生が多い。俺たちのデートを見せつけてスミレに噂を届かせる作戦だそうだ。
アーケードで待っていると、美桜さんが現れた。
「お待たせ! マネ君」
美桜さんの私服姿は初めて見たが、まだ肌寒い3月。着ているセーターは体の線をこれでもかと見せつけている。そして、短いフレアスカートだった
「どやんしたと?」
思わず見とれてしまった俺に美桜さんが言う。
「いや……ちょっと刺激が強いなって」
「あっ、そっか。いわゆる童貞を殺すやつ着ちゃったからなあ」
「……」
「マネ君は童貞なん?」
「当たり前だろ」
「彼女とかできたことなかったん?」
「俺はスミレしかいなかったから」
「じゃあスミレ以外とのデートは初めて?」
「……スミレともこんな感じでデートしたこと無いよ」
「そうなんや。じゃあ、ウチがマネ君の初めてもーらい!」
美桜さんはテンションが高かった。でも、なんでだろう。
「別にスミレが見てるわけじゃ無いのに、俺と一緒で楽しいのか?」
「楽しいよ。だって、いつもはスミレしか見てないマネ君が今日は私だけを見てくれるんやろ?」
「まあ、そうだけど……」
「あー、優越感感じるー。きっとスミレは今頃家で歯ぎしりしてるわ。ウフフ」
ほんと、スミレへのライバル心がすごいなあ。
「じゃあ、行こうか」
そう言って美桜は俺の手を握った。
「え! そこまでする?」
「別にいいやん」
「でも、俺のこと好きでも何でも無いんだろ?」
「そうやけど、嫌いやないから。最初からマネ君の就任にも賛成やったし」
「それは確かに……あれは助かったよ」
「やろ? だったら、少しくらいお礼してほしいなあ」
「それはいいけど……」
「今日はウチを楽しませて?」
こう言われるとうなずかざるを得ない。
「う、うん……」
ココサの中に入った美桜さんはまずは服を見ていく。
「かわいい服あった! これウチに似合うかなあ?」
「似合うんじゃないかな」
正直、そのスタイルならどの服でも似合うと思うけど。
「うーん、これとかベアキャットの衣装にも使えそうやない?」
「そうだね」
「これもいいなあ。この部分を使って……このベルトとか葵に似合いそう」
美桜さんは自分の服というよりはベアキャットの衣装を見ている感じだ。やっぱり、美桜さんにとってもベアキャットは大切なんだな。
「次は100均。ちょっといろいろ買うから、マネ君、カゴ持ってて」
「わ、わかった」
「うーん、これと……これか」
衣装の作成に使えそうな小道具や材料をたくさん買い物カゴに入れていく。あっという間にカゴはいっぱいになった。
「全部、衣装に使うから活動費で払えるやろ?」
「もちろん。ここは払うよ」
俺はマネージャーとして活動費で支払った。
なんか、結局は衣装担当とマネージャーが買い物に来ているみたいな感じになっている。デートというよりは買い出しになってきたな。
「あとはそうやなあ。生地も見たいなあ」
「生地?」
「うん。このビルの正面に手芸屋さんがあるやんか」
「そうだっけ?」
「男子は知らんの? そこも行きたい」
「うん、必要なら行こう」
俺たちは商業ビルを出て向かいの手芸屋に行く。かなり古い感じの店だが、生地がたくさんあった。
「これもいいなあ、でも、これかな……うーん、まだ決められんねえ。今日は見るだけ」
「そうだね」
「これとかどう思う?」
「いい色だね。肌触りもいいし」
「だよね。候補やな」
俺と美桜さんは必要な生地を選んで、またあとでメンバーにも承諾を得てから買うことにした。
「はあ、ウチ疲れた……どっかで休もうか」
「そうだね。そこの喫茶店とか?」
近くの猫のマークの喫茶店を指さす。
「なんかよさげだねえ。まさかスミレと来たことあるとか?」
「う、うん……」
「やっぱりねえ。まあいいや。行こうか」
俺たちはその喫茶店に入った。
「……はぁ。抹茶パフェが美味しい」
美桜さんはニコニコ顔で抹茶パフェをほおばる。
「美桜さん……今日って最初からデートのつもりじゃなかったんだろ」
俺は聞いた。
「なんで? デートだったでしょ」
「衣装担当とマネージャーの買い出しだったでしょ」
「そうだけど、それをデートって呼んでも良いでしょ?」
はぁ……やっぱりそういうことだったか。
「ほんとのデートだと思って緊張して来たんだけどなあ」
「アハハ、ごめんごめん。でもそんなことしちゃうと、ウチも危ないって言うか……」
「え?」
「ううん、なんでもない。そうやね。ほんとは仕事」
「そうか。やっぱり美桜さんもベアキャットが大事なんだね」
「それは当たり前やん。ウチって、注目浴びたがりでチヤホヤされたがりやの。良くないと思ってるけど、子供の頃からそうされてきたから。そうじゃない生活に耐えれんのよね」
「そうなんだ」
それはそれで大変そうだ。
「うん。だから本当はアイドルとかやるべきなんやろうけど、本気でアイドル目指してる子と戦って負けるのも嫌やし……」
「それでベアキャットか」
「うん。入学時には学年で一番の美女になれるかもって思ったら椿がいたから二大美女になっちゃったでしょ。さらにベアキャットも人気が出てきて警戒してたら椿が入るって聞いたもんだから私も焦って入ったんよ」
「そうだったのか」
もともとベアキャットはスミレと葵さん、友梨香さんの3人で始めたものだった。それに椿さんが加入し、最後に美桜さんが加入している。
「ベアキャットに入ってからは私もそれまで以上にチヤホヤされてるし、人気も上がったし、毎日楽しいからベアキャットは大事な場所なのは間違いないんよ。今の生活の中心やし」
やはり美桜さんもベアキャットへの思い入れは相当なものがあるんだな。
「でもね、ベアキャットに入る前にあった自信はすっかり無くなっちゃって……最初はスミレのことを甘く見てたんよ。『ダンスもそれほど上手くないし、そのうち私がセンターになれるでしょ』って思っとったんよ。でも、だんだんスミレのすごさがわかってきて……」
「すごさ?」
「うん。ダンスも振り入れは遅いけど最終的には完璧に仕上げてくるし、リーダーとしてみんなのことをちゃんと見てるし、先生との交渉でも物怖じしない。いつも堂々としてるし、アンチから何言われても毅然としててかっこいいやん……」
確かにスミレはそうだな。小さい頃は俺と一緒に男子の中でよく遊んでいたせいか、気が強くて負けず嫌いなところがある。こういうグループのリーダーには向いている性格だ。
「気がついたらウチもスミレを認めてたんよ。リーダーにふさわしいって尊敬もしてる。でも、そんなスミレと比べたら、ウチって可愛いだけで何も無いなあって思っちゃって……自信無くしてたんよ。だからとりあえず何かで勝ちたいって思って」
「でも、美桜さんの方が男子に人気あるんじゃないのか?」
美桜が椿と並んで学年の二大美女と言われているのは俺もよく見聞きしていた。
「最近はそうでもないんよ。ベアキャット自体の人気も上がってきてるから、そのセンターのスミレの人気も急上昇だし。しかも、スミレはウチと違って男子とほとんど話さないのにこの人気やからね……」
確かに美桜さんは誰にでもフレンドリーに話しかけるからこその人気、という面もあるのだろう。
「だから、何かで一度、はっきりとスミレに勝ちたいんよ。そうすれば、何かが変わるって思って……」
「それで俺に目を付けたのか」
「そういうこと。マネ君を自分のものにできれば、また自信を取り戻せるかもって思って告白したんだけどねえ」
「……それは、ごめん」
もしかしたら俺が美桜さんの想いに応えた方が全ては丸く収まったのかも知れない。そんなことを思った。どうせスミレは俺に振り向いてくれない。そして、ベアキャットのスミレの地位も揺るがない。でも、俺はこんな可愛い彼女ができて、美桜さんはスミレに対しての自信がつくのなら……
「いいよ。私こそごめん。自分勝手やった。マネ君の気持ちとか考えてなかったし。私が本気で誘惑すれば簡単に落ちるって思ったんやけどなあ。マネ君のスミレへの思いは強いんやね」
「……」
俺は何も言えなかった。




