第9話 勇者は頑張ってるのに、俺の適正値はゼロ?俺はこっちでスローライフを送ります。
画面の中で、レオンはもはや立っているのもやっとという様子だった。割れた鎧の隙間からは蒸気のような息が漏れ、剣を地に突き立て、膝をついたまま肩を震わせている。
「レオン、もうやめて!
今のあなたは、シャイニングオーバードライブを撃てな
い!」
駆け寄った僧侶が叫ぶ。
「そうじゃレオン!
今シャイニングオーバードライブを撃てば、お前は……!」
魔法使いまで焦りを隠せない声だった
「レオン、ここは俺たちに任せとけ。
いつまでもお前のシャイニングオーバードライブに
頼りっぱなしじゃ、カッコつかねぇだろ!」
戦士が大剣を構えて前に出る。
「勇者よ。
確かにお前のシャイニングオーバードライブは強力だ。
だが我にとっては恐るるに足らん。
同じ技が通用するとでも思ったか?」
対する魔王は、黒炎をまといながら冷ややかに笑う。
「こいつら、シャイニングオーバードライブって
言いたいだけだろ!」
テレビの外側からエンフィーがツッコむ。
画面に意識を戻す。
レオンはゆっくりと立ち上がった。
今にも折れそうな足で――それでも剣を握る手だけは震えていない。
「それでも……俺はお前を倒す」
「なに……?」
魔王の声が揺れる。
「これまで俺を支えてくれた人たちのためにも!」
その瞬間、勇者の身体に光が集まり始めた。
まるで世界そのものが勇者に寄り添うように、
粒子が舞い、集中し、輝きを増していく。
「ば、バカな……!? なんだ、この力は……!」
魔王が後ずさる。
「お前のどこに……そんな力が……!」
「魔王よ……お前には分からないだろう」
レオンは剣を構えた。
「これは俺だけの力じゃない。
生きとしいけるものの……
この世界に生きる“みんな”の正義の心だ!」
光が剣に収束する。
部屋のテレビまで眩しさに照らされた。
「くらえ……これが最後の……!」
「や、やめろォーーー!」
「シャイニング!
オーバー!!
ドラーーーイブ!!!」
刹那、画面いっぱいに白光が弾けた。
魔王の断末魔がこだまし、黒い身体は光に飲まれ、輪郭が崩れて霧のように消滅していった。
爆煙が晴れ……倒れているレオンの姿が現れる
「レオン!」
仲間たちが駆け寄る。
レオンの手は、力なく地面を掴んでいた。
「大丈夫……」
レオンはかすかに笑う。
「俺は死なない……だって俺、勇者だからな……」
そこでエンディングが流れ、画面が暗転した。
*
「……なんだかんだで面白いアニメだったよな。
技目はダサいけど」
エンフィーが腕を組んだまま言う。
「まあな。結局、俺も全話観ちまった。
技目はダサいけど」
倫太郎も苦笑いを返す。
ソファに並んで座る二人。
平和な、いつも通りの夜だった。
倫太郎が尋ねる。
「エンフィーの世界って……ああいう感じなのか?
魔王とか勇者とか」
「うーん…
シャイニングオーバードライブとか
言わないけど、近いかな。
魔王は本当にいるし、世界を脅かしてる。
勇者も昔はいたみたい、何故か記録は残ってないけど……」
「世界を救ったのに?」
「うん」
「そっか……勇者とかみんなの役に立ってそうなのにな」
倫太郎にはもう一つ疑問があった。
「あと、あの騎士みたいなやつ、何だったの?」
エンフィーは首をふる
「分からない。でも、この世界の存在じゃないことは確か」
エンフィーはうつむく。
(前にアリア様が言ってた『彼ら』があいつなのかな?)
考えごとの最中、エンフィーの頭に言葉が響く。
( エンフィー…)
「あ、アリア様…」
「……エンフィー? どうした?」
「……ん、ううん。なんでもないよ。
ちょっと呼ばれただけ、行ってくる」
( エンフィー。
至急、ヴェルグレイスへ帰還しなさい。
詳細は向こうで伝えます)
アリアの声は、いつになく淡々としていて、冷たく感じた
エンフィーは手を振り、次の瞬間まばゆい光に包まれながら姿を消した。
◇
異世界―光の泉
エンフィーが戻ると、アリアが立っていた。
彼女の表情はいつもの甘さを微塵も残さず、威厳ある女神そのものだ。
「エンフィー、彼の適正値がゼロとなりました」
エンフィーは喉がひりつくのを感じながら、
まっすぐアリアを見上げた。
「……ごめんなさい」
いつからだろう、エンフィーは薄々とこうなることを予感していたのかもしれない。
アリアは一拍置き、静かに告げる。
「倫太郎、彼は完全に自分の中にある『価値』を見つけた。
前にも言ったけど、『適正値』はあちらの『価値』と
こちらの『価値』の反比例の関係にあります。
だから彼のヴェルグレイスでの『価値』はもうない。
勇者にもなり得ない」
エンフィーの羽が小さく震え、それを見たアリアはため息をついた。
「はぁ…エンフィー、あなたは悪くないわ。
あなたはちょっとしたきっかけを与えて、
彼はただ成長しただけ」
アリアの声は優しかった。
だが、しばらくの間を置き口調は戻る。
「ただ今をもってProjectRを凍結。
魔王勢力の侵攻に備えます。
なのでエンフィー、あなたも戻ってきなさい」
ふと頭に浮かんだのは、ソファで笑う倫太郎の横顔だった。
( 終わるなんて、嫌だ…でも…)
「アリア様……お願い。
せめて……せめて、ちゃんとお別れしたい。
何も言わないでいなくなるなんて、そんなの嫌だよ」
アリアは目を伏せ、少しだけ考える素振りを見せた。
そしていつもの優しい微笑をほんの少しだけ戻して言った。
「……一日だけ許可します」
エンフィーの目に涙がにじむ。
「……ありがとう、アリア様」
エンフィーは深く頷き、再び転送装置の光に包まれていった。
エンフィーが光の粒となって現世へ戻ったあと、
白光の間にはアリアだけが残った。
静寂。風すら流れない。
アリアはゆっくりと顔を上げ、天井のさらに上、
そこにいるであろう、上位存在へと視線を向けた。
上位存在…名称はないが多世界を監視するその存在はそう呼ばれている。
多世界の均衡が揺らぐとき以外、彼らはただ見守る。
人々の戦争、寿命を迎える世界、
それがその世界の定めとあれば彼らは黙認する。
そして、唯一、その存在を認知しているのは女神アリアだけ。
だが、彼女もその大いなる存在の前ではただの端末に過ぎない。
「これも、あなたたちが選んだ結果だと言うの…?」
だが、何も返ってこない。
警告も、訂正も、介入も、一切。
ただ、空虚な静けさだけが広がっている。
アリアはしばらくその沈黙を感じ、
やがて、ほんのわずかに目を細めた。
「黙認と言うわけね…」
それはそのままでもよいという意味なのか、
ヴェルグレイスを見捨てるという意味なのか…
彼らから生まれたアリアでさえも分からなかった。
第9話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんでいただけると嬉しいです。
第10話は12/12の13時に公開予定です。




