第8話 尾行から始まり、強行手段に終わる――それって暗殺の流儀ですか?
その影は、誰にも気づかれず現世へと降り立った。
魔王軍直属、潜入と諜報に特化した魔物
彼はビル群の影に身を溶かしながら、目的の人物を静かに見据えた。
「……魔王様は『派手に』暴れろとおっしゃった。
だが、暗殺の美学から言わせれば、ナンセンス」
魔物は怪し気な笑みを浮かべる。
通勤時間、そろそろ倫太郎が来る。
「静かに、何ごともなかったかのように…
まずは小手調べだ」
魔物は路地裏にしゃがみ込み、何やら四角い木箱と棒を取り出す。
「よし、踏んだ瞬間に上からザルが落ちて捕まる仕組み、
そして奴はここを通る…完璧だ」
一分後、そのザルは風で倒れ、通りかかった猫に乗っ取られていた。
「なぜだ!? 理論上は完璧だったはず……!」
自信満々のトラップは、猫の昼寝スペースとなり、あえなく失敗。
倫太郎はくつろぐ猫を微笑ましく思いながら通り過ぎる。
続く第二の罠、倫太郎の歩くルートに置いた滑る石。
倫太郎は無意識にその石を蹴り飛ばし、それは道の端にある排水溝へと消えて行った。
「なるほど、さすがは勇者…
一筋縄ではいかんということか!
魔王様が『派手に』暴れろとおっしゃっるのも納得だ」
魔物のしょうもない罠は、倫太郎の平凡な日常にことごとく拒否されていくのだった。
◇
夜。
仕事帰りの倫太郎は、いつもの疲れを背負いながらも、どこか軽い足取りの印象がある。
「倫太郎、今日はなんか明るい感じするけど、
いいことでもあったの?」
隣のエンフィーはその僅かな変化に気がついていた。
「いや、別に…?」
当の本人は無自覚
2人たわいもない会話で帰り道を行く。
その背後に影が忍び寄っているとは知らずに。
電灯の届かない細い道へ差しかかったとき、前方に何者かの影が見えた。
「……さあ、『派手に』いこうか、勇者よ!」
妖精エンフィーが血相を変える。
「り、倫太郎! 逃げるよッ!」
「えっ、ちょ、なんで!?」
「魔物よ、魔王の手先!!
何でここにいるのかは分からないけど!!
二人は全力で走り出す。その後を追う魔物。
戦闘に慣れている魔物に対し、非戦闘型の妖精と一般人が敵うはずもない。
「諦めたらどうだぁ?」
路地を曲がるたび、距離が縮まる。
逃げ切れない。すぐに追いつかれる。
「おらぁ!!」
魔物は倫太郎に攻撃を繰り出すが、倫太郎はギリギリ避ける。
倫太郎を狙い振り下ろされた手は空を切り地面に叩きつけられる。
アスファルトの地面がえぐれる。
悟ったエンフィーが立ち止まり、倫太郎の前に飛び出す。
「逃げて倫太郎!!」
「お、おい、エンフィー!?」
小さな身体を震わせながら必死に広げる羽。
たいした力があるわけじゃない、攻撃魔法もできない。
それでも守ろうと立っている。
「雑魚妖精が、そんなに死にたいなら先に始末してやるぜ!」
魔物の手がエンフィーに向けて振り下ろされようとした、その刹那。
エンフィーと魔物の間に稲妻のような光が刺す
空間が波紋のように揺れ、そこに白銀の紋章を抱いた騎士のような見た目をした存在が姿を現した。
『上位存在』…世界の監視者、その使者。
「何だ…てめぇ…!?」
魔物は目の前の存在が強者であると本能で察知する。
しかし、戦闘体勢に移る間もなく、その身体が強制的に地に押し伏せられる。
「ぐお!?」
「無許での異世界間の転移、
および異世界への無秩序な干渉…
我が主の命にて抹消する」
「ま、待て! 俺は!がっ、ああああ!」
騎士に剣を突き刺された魔物は断末魔をあげ、光となって消えた。
騎士はエンフィーにも目を向ける。
「お前たちの干渉、主は黙認している。
だが『激しい』干渉はやめておくことだ」
忠告を終えると、騎士は波紋とともに消え去った。
落ちた静寂。つかの間の放心。
倫太郎は我にかえる、そして自分を庇って立っているエンフィーを見つめた。
まだ、震えているのが分かる。
「……エンフィー、ありがとう。怖かったろ?」
「こ、怖いわけないし……!」
エンフィーは背を向けたままだが、おそらく泣いている。
倫太郎は胸の内に、温かいものが芽生えるのを感じた。
(誰かにちゃんとお礼を伝えたのなんていつ以来だろ…
社交辞令とかじゃない、本当の感謝の気持ち)
そして、倫太郎は気がつく。
自分が今感じたこの感情は自分にも向けられていたことを。
気付かないふりをしていただけ、分かろうとしなかっただけ。
その感情は、小さな祝福の光をさらに強めていく。
自分という存在が、誰かにとって『価値』のあるものなのだと。
倫太郎はエンフィーの頭を優しく撫でる
「俺、エンフィーの言ってたこと、分かった気がする」
いつもならツンデレが来そうな場面であったが、エンフィーは涙が少し残るその目で照れくさそうに微笑んだ。
「遅いよ、ばーか」
その言葉に、倫太郎は小さくうなずいた。
彼らを脅かす影が迫った夜
彼の内側で、小さな光が確かに息づきはじめていた。
第8話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんでいただけると嬉しいです。
第9話は12/11の13時に公開予定です。




