第3話 どこかの世界で爆誕した勇者が悪と戦っている件について
赤い稲妻が、黒い大地を裂いた。
禍々しい角を生やした魔族将軍グラディウスが、巨大な斧を思い切り振り下ろす。
重い衝撃が地表を爆ぜさせ、画面の隅まで土煙が飛び散った。
その斧を受け止めているのは、一人の青年。
金髪を揺らし、白いマントをひるがえしながら、光の剣で必死に押し返す。
勇者——レオン。
「これで終わりだ、勇者ァッ!!」
グラディウスの咆哮と同時に、闇の魔力が斧へと収束していく。
空気が震え、映像越しにも圧が伝わってくる。
だが、レオンは怯まなかった。
剣を握り直し、強い光を宿した瞳で叫ぶ。
「……終わらせるのは俺だ!!」
右手を勢いよく突き出す。
「くらえッ!
——シャイニング・オーバードライブ!!」
画面全体を覆うほどの眩い光柱が走り、
グラディウスを真正面から貫いた。
「ぐ……ぐわあああああッ!!」
爆炎の中、黒い巨体が崩れ落ちる。
煙の向こうから、虚ろな声が響いた。
「……勇者よ、とどめを刺せ……」
レオンは剣を構えたまま、悲しげに眼差しを落とす。
「お前と戦った俺には分かる……
お前の心は、完全に闇になんて染まってない。
まだ……間に合うんじゃないか?」
グラディウスは、薄く笑った。
それは敵意ではなく、少しの感謝にも見えた。
「……く、くくく……同情かよ。優しいねぇ、勇者……
できれば……違う形で出会いたかったぜ……」
その言葉を最後に、身体が光に砕け散った。
「……許さんぞ、魔王。
悪は必ず——俺の剣で打ち砕く!!」
『次回、Brave Over Drive!』
『レオン、ついに魔王城へ突入!?』
『最強の四天王・黒鎧騎士オルゲンが立ちはだかる!』
『第22話《断罪の騎士と聖光の勇者》お楽しみに!』
ピッ。
テレビが暗くなる。
「技名ダサッ!
なに?こんなの流行ってんの!?」
エンフィーが画面を指さす。
「さあ?テレビはつけてるだけで、ほとんど観てないし」
「くらえっ〜シャイニングオーバードライブ〜
…こんなの好きなの子供くらいだよ、きっと」
彼女はわざとらしくポーズを真似してみせる。
倫太郎はそれを眺めながら、ふと我に返った。
「……てか、お前さ。
なんで普通にここにいるんだよ?」
エンフィーはポテチをつまみながら、平然と答える。
「他に行くとこもないし、
ターゲットのそばにいた方が把握しやすくない?」
「いやいやいやいや!
なんで自分を狙う殺し屋と同居しなきゃなんないんだ
よ!?」
「まあまあ。
家賃代と食費代として家の中では殺さないであげるから」
「外でも殺すなよ!!」
エンフィーに悪気はない。
倫太郎は諦めた。
そして話題を変える。
「……でも、俺からしたらこのアニメより
お前の世界の方がよっぽどファンタジーに思うけど?」
「それは価値観の違いだね。
そっちから見たらファンタジーかもしれないけど、
あたしからしたら、こっちの世界だってファンタジーよ」
エンフィーはふっと真顔になった。
「あんたも向こうに行ったら、こんな感じなのかな?」
倫太郎は、軽く息を呑む。
「……いや、まず行かねぇし」
「てか、気になってたんだけどさ、
あんたって何でそんなに卑屈なの?
自分のことどう思ってんの?」
その問いは、妙に鋭く落ちてきた。
倫太郎は視線をテレビの黒い画面へ向ける。
そこには、自分の表情がぼんやり映っていた。
「……役に立たない人間だよ。
誇れるものも、特別な力もないし」
エンフィーは大きくため息をつく。
「看護師って、プリーストみたいなヒーラーのことでしょ?
本当にそれで自分は役に立たないって思ってんの?」
倫太郎は瞬きをした。
「あぁ、そっちの世界って……やっぱそんな感じなんだ」
「プリーストはね、前衛の戦士よりも大変なんだよ?
誰かが倒れたら癒して、苦しんでる人を支えて、
それでも自分は一番傷つきやすい」
エンフィーの声は、やけに優しく響いた。
「あんたの世界でも、似たようなもんでしょ?
見えないところで支えて、大変でも患者にはそれを
見せない。それを誇れないって言う方がおかしいよ?」
エンフィーは倫太郎の仕事を隠れてみていた。
その率直な感想であった。
その感想は彼の心に刺さる。
「……俺さ、昔から周りに出来る奴が多くてさ。
なんか、自分なりに頑張ってもそいつらにはかなわなくて、
親からも期待はされてなかったし」
エンフィーはいつになく真面目に倫太郎をみつめて話を聴く。
「比べてるつもりなんかなかった。
でも、そいつらの出来てることに比べたら
俺のすることなんかちっぽけに思えて。
ずっとそうやって生きてきた。
だから卑屈なんだろうな」
倫太郎の視線は少し低くなる。
「自分を変えたいと思った。
誰かの役に立つ仕事って考えたら、
安易だけど看護師が浮かんだ。
でも、患者にありがとうって言われても社交辞令って思う。
患者のためにって思ってやってることも嫌がられる。
同僚からも期待されてない」
倫太郎は更に視線を落とす。
「結局何も変えられなかった。
だから自分には『価値』がないって
本気で思うよなったのかもしれない」
エンフィーは再び大きなため息をつく。
「あんた、本当にそう思ってんの?」
倫太郎は不意を突かれたかのように目を丸めエンフィーに視線を移す。
「あんたは絶対みんなの役に立ってる!
仕事してるあんたの姿、ありがとうって言ってる患者の姿、
あんたが見てないところであんたを褒めてる同僚もいた」
エンフィーは真剣な表情で倫太郎の目を見ている。
「気がついてないだけよ、倫太郎。
あんたは自分に『価値』がないって思い込んでるだけ!」
倫太郎は困惑している。誰かにそんなことを、こんなに真っ正面から言われたことはなかった。
「…今日はもう寝る、明日早いし」
倫太郎はどうしていいか分からず、エンフィーから逃げるようにベッドに潜りこんだ。
「ま、ゆっくり考えなよ。
あんたの価値は、あんたが思うよりずっと高いんだから」
その言葉は、胸に静かに染みていった。
(てか、何で殺さなきゃいけない奴のこと励ましてんだろ、
あたし…)
彼女の中に芽生えた違和感、彼女の想いとは関係なく背中の羽は小さな金色の光を帯びていた。
◇
同じ頃 ——異世界・光の泉
静寂の夜。
光の泉は月光を受け、神秘的に輝いていた。
その前に立つのは——女神アリア。
彼女は胸の前で手をそっと組み、
先ほど覗いた倫太郎の世界のアニメのことを思い返していた。
(……勇者レオン……あの技……なんて眩しいの……)
アリアは周囲に誰もいないことを確認。
右手を勢いよく前に突き出すと同時に叫ぶ。
「シャイニングオーバードライブ!」
泉がぽちゃん、と小さく光を跳ね返す。
アリアは恥ずかしそうに、だが、どこか満足げに微笑んだ。
(ふふ…暴走する光の波動…
シャイニングオーバードライブ…)
女神の小さな必殺技は、
夜の泉にそっと消えていった——。
第3話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんでいただけると嬉しいです。
第4話は11/28の13時に公開予定です。




