第2話 異世界でチートスキル…いや、そもそも死にたくないんですけど
剣と剣がぶつかる甲高い音が、焼けた大地に反響した。
荒野の中央。血と泥に塗れた二つの影が、互いに息を荒げながら向かい合っている。
一人は黒い鎧の巨躯。
圧倒的な魔力が身体を取り巻き、立っているだけで大気が震えていた。
もう一人は白銀の鎧を纏った青年。
両手で剣を構え、ふらつく膝に必死の力を込め、なおも魔王を真正面から見据えている。
風が吹き、焼け焦げた草が揺れた。
「……これで終わりだ」
黒い鎧の巨躯――魔王が大剣を振り上げた。
青年は歯を食いしばり、折れかけの身体を前へ押し出す。
「──まだ……終われるかよっ!」
張りつめた空気を切り裂き、青年が最後の力で駆け出す。
瞬間、眩い光が二人を飲み込んだ。
巨大な影と小さな影が交差する――そこを境に、世界は白く塗り潰された。
◇
過去の追憶、深い闇の底からゆっくりと浮かび上がるように、魔王の瞳が静かに開いた。
丘の上、魔王城を見下ろすように一本の大樹が立っている。
その根元に、魔王はそっと小さな花を置く。
枝葉が風に揺れるたび、
懐かしい声が微かに響く気がする。
だが、その記憶は言葉にならない。
「……」
魔王は何も言わなかった。
言葉を失ったのか、
あるいは語る資格を捨てたのか。
長く続いた沈黙のあと、
彼は大樹に背を向けかけて、
――もう一度だけ振り返った。
その一瞬に宿った優しさを、
誰も知らない。
この世界のどこにも、記録は残らない。
風が吹き、
大樹の葉がひとひら落ちる。
それは、遠い昔に喪った何かの
最後の欠片のようだった。
◇
「勇者……」
静かな泉を眺め、女神アリアがぽつりと呟いた。
「とてつもなく昔……
この世界は、異世界からの勇者に救われた。
記録はほとんど残ってないけど、
伝説だけは消えずに残り続けてる。
同じことが……また起ころうとしてる」
エンフィーの羽音が遠くで微かに響き、光の泉に現世の光景が浮かび上がる。
「上手くやってね、エンフィー」
女神は遠くの空を見つめた。
これから始まる騒動の気配を危惧するように。
◇
「ぬおおおおおおお!?
なんで物干し竿が斜め上から降ってくるんだよ!!」
住宅街。
朝の静けさを切り裂いて倫太郎の叫びが響く。
避けた瞬間、頭上を金属の竿がブンッと通過し、電柱にカーンと激突した。
「……あっぶな!!」
肩の上から、小さな妖精が鼻で笑った。
「何騒いでんのよ。当たっても死ぬだけじゃん」
「それが嫌なんだよ!」
エンフィーは、殺意マックスである。
「今日こそ仕留めるわよ、倫太郎。
あんたが死んでくれないと
ヴェルグレイスに未来はないの!」
「だから、俺には関係ないって…!」
倫太郎は何故こんな状況になったのかを考えていた。
事の発端は昨夜…。
気絶したエンフィーを道端に放置するのも忍びなく、
倫太郎はしぶしぶ自宅まで連れ帰った。
面倒だった。
朝になり目を覚ましたエンフィーは、
助けられたことに対して複雑そうな表情をしたが、
一つだけ控えめな礼を述べた。
「……助けてくれたし、寝込みは襲わないでおいてあげた。
知らないうちに死ぬのは……ちょっと可哀想だから。
ただでさえ人殺しなんて気分良いもんじゃないからね」
「じゃあ辞めたらいいのに…」
そして、エンフィーは妙に律儀にこう続けた。
「だから、外に出た瞬間からスタートね」
それを聞いた倫太郎
「ふふふ……残念だったな。今日は休みだ。
おれは一歩も外に…」
倫太郎は勝ちを確信したその直後、思い出す。
(……あ、今日までのコンビニ支払いあったんだった)
「…ちょっと、トイレ…」
倫太郎はすぅーっと玄関へ向かう。
静かにドア開け、次の瞬間には猛ダッシュしていた。
エンフィーはニヤリと笑った。
結果、“家から出たら殺される”という
よくわからない状況が確定し、
朝からあの有様なのである。
エンフィーの魔の手は止まらない。
ギギギギ……
隣家のハシゴがゆっくりと角度を変え、倫太郎めがけてバタンと倒れ込んできた。
「ぎゃああああ!!?」
「あーまた避けた~」
「避けるわ普通!!」
逃げる倫太郎、追いかけるエンフィー。
死なないことに必死の倫太郎を気にもとめず、
エンフィーは楽しそうですらある。
「なんか楽しそうだな!?
さっき人殺しは気分良くないとか言ってたよな!?」
「…そうだっけ?
まあ、今日は仕事休みなんでしょ?
とことん殺ってあげるから」
「なんて休日だぁ!!」
数時間後。
「……はぁ……はぁ……まだ……殺れ……」
「お前さすがに疲れただろ……」
「う、うるさい……私は…あなたを…」
息を切らしながらそう言った直後、
エンフィーはぽふっと倫太郎の目の前に落ちた。
「……魔力……切れ……」
「いや寿命みたいに倒れるなよ!」
倫太郎はしゃがみこみ、虫のように地面に落ちた彼女をつまみあげる。
「低血糖みたいなもんか?ほら、これ食っとけ。
甘いので回復するんだろ?」
倫太郎はコンビニ袋をあさり、クッキーを取り出して口元へ。
「……屈辱……だけど……食べる……」
かじった瞬間、羽がふわりと光った。
「……あ、美味しい……」
「よかったー」
「なんで殺される相手の心配してんのよ…」
その後、少しだけ元気を取り戻したエンフィーは、黙ったまま倫太郎の肩に座った。
「……ねぇ、倫太郎」
「ん?」
「……この前もだけど…今日、ありがとう。
その……助けられるの、嫌だけど……でも……」
エンフィーは言い淀み、結局何も言わずに俯いた。
倫太郎はそんな彼女を見て、ふっと真顔になる。
「……エンフィー。
俺を殺そうとするのは百歩譲ってまだいい。
だけどさ、周り巻き込むのはやめろ。
関係ない人に被害が出たら……後味悪すぎる」
エンフィーは驚いた顔をした。
「……自分が狙われてるのに、周りの心配……?」
「いや、その……俺が原因で誰か怪我したとかで
責任取りたくないし…」
エンフィーには少し考えるような間があった。
「……わかったわ。
周りには……迷惑かけない。
今日のは、ちょっと反省する」
「ならよし」
エンフィーは倫太郎の肩に揺られながうつむいていた。
(……困る……ちょっとだけ……
ほんの少しだけ…殺しにくい……)
あたりはすっかり夕暮れ、街灯が二人を包み込んでいた。
第2話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんでいただけると嬉しいです。
第3話は11/25の13時に公開予定です。




