第11話 小さな希望を見つけた俺の現世とはうらはらに大きな絶望へ向かう異世界の話。
夜勤の深い時間帯。
ナースステーションには、機械の作動音と紙を捲る小さな音だけが響いていた。
倫太郎はひとり端の席に座り、教科書を開いて線を引いていた。真剣な眼差しで、時折うん、と唸りながら。
そこへ、ゴム底の靴が軋む音が近く。
「……なにそれ、夜勤中にお勉強?」
看護当直の師長が、にやりと笑って声をかけてきた。
「えっ、いや……その……暇なだけで、別に仕事とは……」
「ふぅん?
じゃあ、仕事と関係ないことを勤務中にしてるの?」
師長がわざと眉を上げる。
「い、いや、それは……あの……」
逃げ場のない視線に観念し、倫太郎は息を吐いた。
「……認定看護師、目指して勉強してて……」
その瞬間、師長の顔がぱぁっと明るくなった。
驚きと喜びがそのまま表情になっている。
「えっ……ちょっと、めちゃくちゃ立派じゃない!
あなたさ、やればできるけど自己主張が希薄すぎて
夢も希望も持ってない子だと思ってたけど……
違ったのねぇ!」
「ま、まあ……前はそうだったんですけどね」
「前は?」
師長が首をかしげる。
「あ、い、いや! なんでもないです!」
慌てふためく倫太郎を見て、師長はくすりと笑う。
「でもね、目標があるって素敵なことよ。
胸張りなさいな。応援するから。
うちは資格取得の費用、全部補助出るんだから」
「あ、ありがとうございます。
じゃあ、また人事に聞いてみます」
「その代わり、認定とったら……コキ使うからね?」
「うっ……そ、それは……」
「あはは、冗談よ。半分」
師長は軽く肩を叩いた。
「期待してるの。頑張りなさいよ、間くん」
「……はい。頑張ります」
倫太郎は照れくさげに笑い、再び教科書に視線を戻した。
だが、遠く離れた異世界では、全く別の戦いが続いていた。
◇
天を裂くような轟音。
女神アリアを中心とした光の陣営が、押し寄せる闇に必死に抵抗していた。
「後退するな! 踏ん張れ、今が正念場だ!」
女神側の天使たちは傷だらけで、それでも羽ばたき続けていた。
だが、闇は濃く、深い。
その頂点に立つのは…魔王。
その視線は、遠くの戦場など見ていなかった。
ただ静かに、冷たい瞳で過去の影を見つめ続けていた。
◇
光に選ばれ、世界に選ばれ、人々に讃えられ。
だがその中身は、空っぽだった。
魔物を倒し、人間の戦争に駆り出され、無意味な殺し合いの象徴となった。
人々の笑顔は、自分の心を満たすことはなかった。
やがて、心はすり減り、壊れ、闇へ堕ちた。
死の間際、確かに感じた。
自分の中に流れ込んできた上位存在の意志を。
そして同時に与えられた二つの祝福。
不老不死の力と、成長し続ける力。
だが、その力は彼らとの因縁を産んだ。
だから魔王は決意した。
復讐のために姿を消し、力を磨き、時を待った。
そして、今、その力は膨れ上がり、大陸を覆い尽くす闇となった。
◇
そして舞台は現世へ戻る。
夜勤明け、時刻は昼に迫ろうしている。
倫太郎は白む空の下、病院を出た。
疲れているはずなのに、足取りは軽かった。
勉強していることを受け入れられた嬉しさと、
確かに毎日が前に進んでいる実感。
そして――胸の奥に残る、ひとりの妖精の影。
エンフィーがいない寂しさが、風のように胸を掠める。
「……なんか、変わったよな。俺」
呟いて、ひとつ息をついた。
「帰ったら……劇場版《Brave Over Drive》でも観よっかな」
気持ちを切り替え、道を歩き出したその時だった。
キィィイイイッ!!
タイヤが擦れる悲鳴。
視界の端で、小さな影が道路に飛び出したのが見えた。
考えるより先に、身体が動いていた。
「危ないっ!!」
倫太郎は子どもを抱きかかえ、力いっぱい突き飛ばした。
そして――
ドンッ!!
重い衝撃が、全身を叩き潰した。
地面に転がり、視界はぐらぐらと揺れる。
遠くで泣き声が聞こえる。
(よかった……子ども、無事だ……)
思考がゆっくりと溶けていく。
瞼が重く、呼吸が細くなる。
最後に見えたのは青い空だった。
倫太郎は、意識を手放した。
意識不明の重体――そのまま救急車に運ばれていった。
第11話を読んでいただきありがとうございます。
次回で最終話となります、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
最終話の公開は12/14の20時です。




