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Remainer  作者: んご
10/12

第10話 大切な人とちゃんとお別れしたくて、俺はこの世界のチートスキル《有給》を消化した

――はるか昔。

かつて勇者と呼ばれた男は、魔王を打ち倒した後、

玉座の間で歓声に包まれていた。


人々は彼の名を讃え、涙を流し、彼の一振りが世界を救ったと言った。


だが、当の本人は、祝福の中心でただ下を見ていた。

胸の奥には達成感も、誇りもなかった。

あるのは、言いようのない虚無。


自分は、本当に勇者だったのか?


彼はその後も戦い続けた。

残党の魔物を狩り、人々の戦争の火種に担ぎ出され、

誰かの都合で剣を振るわされる日々。


気づけば、勇者は都合のいい武器としてだけ存在し、

本人の意思などどこにもなかった。


 (これが、俺の望んでいたことなのか?)


その違和感はいつしか歪みへと変わり、 

世界を呪うほどの憎悪となった。


静まり返った玉座の間。


魔王は、高くそびえる黒鉄の玉座に身を沈めたまま、

ゆっくりと目を閉じた。

遠い過去の残滓が胸をざわつかせる。


あの頃の自分は、何を求めて剣を振るっていたのか。


答えはとうに失われている。

力を振るえば称賛され、拒めば利用された。


世界を救っても、誰もその後の自分の苦悩には気づかない。

誰ひとり、勇者の心など見てはいなかった。


魔王は短く息を吐き、瞳を開ける。

あの世界も、この世界も…結局は同じだ。


「……ならば、終わらせるだけだ」


その独白に呼応するように、玉座の前で膝をつく一人の魔族が声を上げた。


「魔王様。進行の準備、すべて整いました。

 軍勢はいつでも動けます」


 魔王はゆっくりと立ち上がり、黒い外套を翻した。


「それともう一つ報告がございます」


「なんだ?」


「勇者の転生計画は失敗に終わったとのことです」


「そうか…」


魔王は現世に刺客を送ったときのことを思い返す。


( 刺客を送ったのは奴らが動くのかを見る目的もあった。

 結果、奴らは動いた。

 勇者候補を生かしたことは奴らの意志だと思ったが、

 気まぐれだったというのか?)


「…まあよい。始めるぞ。

 世界に…奴らに私の答えを見せてやる」


 静かな足音が、深く重い決意を刻むように響いた。



 物語は、現世へ戻る。


 ◇


昼下がりの公園。

晴れているのに少し肌寒い風が吹き、落ち葉がカサリと揺れた。


倫太郎とエンフィーは並んでベンチに座り、特に会話もなく空を見上げていた。

倫太郎が仕事を“有給で休んだ”ことなど、生まれて初めてだ。自分でも驚いていた。


しばらくして、倫太郎がぽつりと口を開いた。


「……あの話、本当なのか?」


エンフィーは視線を前に向けたまま、小さく頷く。


「うん。倫太郎が頑張ったせいと、

 私の小さな祝福(リトルブレス)のせいで、

 あんたのヴェルグルレイスでの適正値は…」


「いや、そこじゃなくて」


 倫太郎は首を振る。


「……本当に、帰っちゃうのか?」


 

その言葉に、エンフィーの肩がわずかに揺れた。

しかし、横顔は笑っているようにも見えるし、無表情のようにも見える。


「……帰らないといけないんだよ。

 アリア様の命令だし」


「そっか……」


短いやりとりのあと、二人は自然と出会った日のことを思い返すように話し始めた。


最初に現れたときの衝撃。

何度も殺されそうになったこと。

どうでもいい話で笑った時間。

テレビを観て必殺技のダサさに共感したこと。


「……なんか、あっという間だったな」


「ホントにね。こっちは数週間だけど、濃かったよ」


エンフィーはふっと息を吐き、そして真っ直ぐ倫太郎を見た。


「もう、あんたも気づいてると思う。

 自分の『価値』に」


「『価値』……」


「うん。

 あんた、自分じゃ気づいてなかったけどさ、

 前に進む力も、誰かを助ける力も持ってるよ。

 だから…なんか目標とか持って生きなよ。

 あんたなら絶対できるし、

もっと誰かの役に立つことだってできるよ。

 ……何より、倫太郎、あなた自身のために」


 その言葉は、胸の奥に静かに落ちていった。


「……ありがとう。

 あんま自信ないけど……頑張ってみるよ」


倫太郎は照れたように笑い、それから、少しだけ目を伏せた。


「こんなふうに思えるようになったのも、お前のおかげだよ。

 本当に……ありがとう。エンフィー。

 出会えてよかった」


「っ……!」


エンフィーの目が潤んだが、すぐに顔をそむける。


「べ、別に! あんたが勝手に変わっただけでしょ!

 私はただ……ちょっと手伝っただけ!」


「はいはい。

 やっぱお前はそれぐらいツンツンしてる方がいいよ」


「なっ……! もう!」


二人は同時に笑った。

短い時間だったが、その笑いには確かな温かさがあった。


やがて、エンフィーがふわっと宙に舞う。


「……そろそろ、時間だ。行かなきゃ」


「そっか……」


立ち上がらずに見上げる倫太郎に、エンフィーは微笑んだ。


「バイバイ、倫太郎」


「じゃあな、エンフィー」


風が吹き、落ち葉が舞う。

エンフィーの姿は光に包まれ、ふっと掻き消えるように消えた。


ベンチにひとり残った倫太郎は、静かに空を見上げた。


「……目標、か」


今は隣でパタパタと聞こえていたはずの音は無く

その言葉だけがしばらく、夕暮れの公園に響いた。

第10話を読んでいただきありがとうございます。

この先の展開も楽しんでいただけると嬉しいです。

第11話は12/13の13時に公開予定です。

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