23・何もかもを知っている?
「どどどどうしょ!? コウイチさんウチどないしたらエエのん!?」
黒目黒髪の少女は全員出頭しろ、という命令に私は混乱する。今まで放置していたくせにとかいう不満は吹っ飛んでいた。絶対にこの容姿では日本人だとバレるに違いない――面倒に巻き込まれるのは本当に勘弁してほしい。
私は家に帰りたいのであって冒険して中年サラリーマン魔王をぶっ殺したいわけじゃない。この街でしばらく資金を貯めながら情報を集め、何年かかっても良いから日本に帰ろうと、帰る方法を探そうと思っていたのだ。魔族の殺戮なんて面倒で時間がかかるだけのアドベンチャーはゲームや漫画の中でだけにしてほしい。まあ私はそういう漫画よりも現代モノの色々な日常を綴った漫画の方が好きなんだけれども。たとえばおたんこナースとか。戦いたい人だけ戦っててくださいとしか言いようがない。
「ナカコ、君には俺よりも頼りになる相手がいるはず。俺も君をサポートするけど、まずは彼らに頼ってごらん。きっと君の助けになるから」
「へ……」
お祭り騒ぎにちょっと疲れてコウイチさんの部屋に遊びに来ていた私は、外から聞こえてきた砦からの命令に混乱のあまりコウイチさんにすがりついていた。コウイチさんは私の頭を撫でながら普段よりも低いけど落ち着いた声で私をなだめる。――頼りになる相手……? おばちゃんとおっちゃん、は頼りになるか。全然と言うと酷いかもしれないけどこの状況で頼れるとは思えない。なら他に、私が腹を割れる相手はコウイチさんしかいないじゃないか。
「彼らって……」
「いるだろう? いつも君を守ってくれている存在が」
エメレンジャー……? エメレンジャー!! でもあの子たちが何の役に立つって言うんだろう。あの子たちの能力を全部理解できているとは思わないけど、あの能天気で可愛くて微妙に役に立たない彼らが一体何をできるというのか。
「て――え? なんでコウイチさんエメレンジャーのこと知っとんの」
そうだ。私はコウイチさんに教えてなんかいない。エメレンジャーのエの字も言った覚えなんてない。
「えめれんじゃーが何かは知らないけど、君の近くには頼れる子たちがいるだろう?」
「おる、おるけど、でも」
なんで知ってるの。
「ナカコ、もう時間がない。君が速く行かないとパン屋の夫婦が咎められてしまうよ――さあ」
私の背中を押し、コウイチさんは微笑んだ。帰ってきたら教えてあげるよ、全て、と言われ、半ば雲の中を歩いてるような気持ちでパン屋の二階にある私の部屋に戻った。そこにはエメレンジャーが当然ながら勢揃いしてて、なんでか泣きそうになった。
「なあ、私どうすればエエん? もぉ分らへん……助けて、エメレンジャー……」
気安い兄ちゃんだと思ってたコウイチさんは私の秘密を知ってた。知ってるからこそ私を隠そうとしたんだと思う。そして彼は、エメレンジャーの存在も知っている。全てが私の意志に無関係に、無遠慮に暴かれているような気がする――誰に頼れというのか。この街で一番頼りにした人間はコウイチさんだというのに、足元が崩れてしまった。
『ナカコどうしたの? いたいいたいなの?』
『いたいいたい、とんでけー』
『あら、まあ』
『誰かナカコ、苛めた……?』
『ナカコ泣かないで』
十五センチにも満たない身長のくせに、ピョンピョンと跳ねて私の肩に乗り頭に乗り、エメレンジャーは私の言葉を待ってくれる。
「出頭しろて命令来るし、コウイチさんはおかしゅうなるし、これで私が日本人やてバレたら……!」
混乱の極み、とはこういう心理状態のことを言うんだろう。私は部屋に入ってすぐのところでしゃがみこんだ。何も見たくない、聞きたくない。この世界に飛ばされて、誰も助けてくれなくて、自分でどうにかしろとばかりに何の説明もなく放り出されて。ひたすら歩き続けてやっと手に入れた平穏な日々が崩されて――もう嫌だった。おばちゃんは優しい。おっちゃんも優しい。コウイチさんは各地の面白い話を聞かせてくれて。貯めたお金でいつか、と願っていた。必ず帰るのだと思っていたのに何故……?
『ナカコ、バンザイして?』
私の正面に立ったミズキちゃんが急にそんなことを言い出した。
「え……?」
『ほら、バンザーイ』
『ナカコ、バンザイして』
ひーちゃんが髪をクイクイ引っ張る。訳も分らず両腕を上に掲げれば、同じように両腕を掲げていたミズキちゃんの指先からびしゃりと水が出て私の両目を直撃した。勢いがありすぎて痛い。
「おふぅ!? 何すんのミズキちゃん!?」
底に沈んでいた気持ちが一転したのは確かだけどなんか違う。やり方が間違ってる気がする。急所に攻撃とか、基本的に放任主義ながらも優しい子だと思ってたのに……酷い。
『金ちゃん、鏡代わりになってあげて? これでナカコは大丈夫よー?』
『エメレンジャー・ごーるど、へーんしんっ!!』
私が教えたことながらそんな掛け声をあげてツルツルの鉄板になった金ちゃんに、こんな状態ながらなんだかおかしくてクスリと笑ってしまった。鉄板になった金ちゃんをひーちゃんとツッ君が持ち上げ、シロちゃんは私の頭の上に乗ったまま一緒に鉄板を覗き込んだ。普段と違うところ――瞳が黒じゃなく、青みがかった灰色になっていた。一見したところその変化は分らないけど、よく見てみれば分る変化だ。でもどうしてこんなことを?
「ミズキちゃん、これ……」
『ニホンジンの特徴は黒髪黒目なんでしょー? それなら大丈夫よー』
「あ……う、うん!」
もしかすると、皆は分ってるのかもしれない。私は日本人で、魔王を倒した救世主と同じ国の人間だということを。だからこそ、ミズキちゃんは私を助けるためにこんなことをしてくれたのかもしれない。
『おなか減ったわー。ナカコ、ご飯ちょうだい?』
魔力をよこせと両手を突き出してきたミズキちゃんに、なんだか救われた気がした。
ミズキちゃんのターン! というにはミズキちゃんが出ていませんが。コウイチさんは一体何なのか、バレバレでしょうがまだ秘密ということにしてください。




