22・運命を変えるがらんどう
まるで王侯貴族のご来訪とでも言わんばかりの祭り騒ぎの中、討伐隊の方々は光を反射しながら入城――入砦? した。もちろん頭が輝いてるわけじゃなく鎧が眩しい。外国人のセンスにはついていけない。店主も職人も事務職も関係なく大通りに押し掛け、道の真ん中に通り道を作って並ぶ。私はコウイチさんと並んでお店の前に立っているものの、背が足りなくて見えるのは人の頭ばっかりだった。椅子を持ってきてその上に立ったら余裕で見えて、コウイチさんはケラケラと笑った。
「キラキラしてますねー」
他の人の耳があるから言葉を崩さず言えば、コウイチさんが一瞬ひょっとこみたいにおかしな顔をした後納得してニヤリと口元を歪めた。爽やかな好青年だと思っていたんだけど違ったのかね。実は腹黒で好きな子を苛めてしまうとか……どこの乙ゲーのキャラだよ。
「ナカコちゃんはああいうのが好きなのかい?」
「へ? いや……眩しくて目が痛いというか、あのセンスにはついていけないな、とは思いますが」
事実、漫画や映画でシンプルイズベストな軍服とかを見慣れた私からすればアレは悪趣味でしかない。装飾よりも実用を優先すべきであって、見た目で戦うんじゃないんだからあの宝石とかその宝石とか無駄だろう。某どらまたの女魔術師みたいに魔力を増幅させる魔石だというならいざ知らず、赤青黄色の宝石が散らされているのを見る限りその線は薄い。
「いやぁ、同感だね。僕もあれはどうかなって思うんだ」
「ですよねー」
それにしても、椅子の上に立ってやっとコウイチさんの身長より頭一つ高くなるだけというのはどういうことだろうか。周囲の皆さんも軒並み背が高くいらっしゃって、あまりの身長差にちょっと泣きそうなんだけども。
「もっとさ、単純って言い方は合わないな――簡略化すれば良いのに。いくら勇者って言ってもあそこまで宝石を使うのはもったいないよね。どうせ魔王との戦闘で宝石の表面なんか傷だらけになるし、中のいくつかは魔王城で落としたまま忘れて帰るし、外して路銀の足しにするなんて国王が許すはずないし」
「あー……」
鎧を用意するのは王国側だろうから、その一部とはいえ無碍に扱えない。でもこんだけ歓迎されてるんだから路銀が尽きることはないだろうし、それどころか『路銀の足しに……』とか言いながら渡されるくらいだろう。なんだ、気楽な旅じゃないか。だから時間食ったのかね? 緊迫感がないのかもしれない。
横に視線をずらせば、コウイチさんは勇者一行を冷えた目で眺めていた。まるで馬鹿にしているみたいでコウイチさんらしくない気がする。とはいえ私はまだ一月程度の付き合いしかない相手を理解しきるなんてスーパー技能なんて持ってないから、『いつものコウイチさんじゃない!』とか言わないんだけども。何か『勇者』に嫌な思い出があるのかもね。前代勇者が何年前に出征したのかは知らないけど、その時に身内が巻き込まれたとか。無礼討ちとかされたのかね――今代の勇者もなんか、皆を『下民共め』とでも言わんばかりの目で見てるし。歓迎してもらってタダ飯食わせてもらってる立場のくせに。
「おっ、来た来た」
考え込んでる間に勇者一行が私たちの目の前を通りがかった。勇者は何故か周囲に油断なく視線をやっていて、とても目付きが怖い。何か探してるみたいだ。
「っ!――ナカコ、しゃがんで!!」
何かにハッと気付いた様子でコウイチさんが私の腕を引っ張った。コウイチさんの腕の中に倒れ込むことになり、椅子から転げ落ちてコイウチさんに鼻をぶつけ痛さのあまり呻く。ぐわっ、鼻が!
「何、どうしたん急に」
「シッ」
口に指をあてられ仕方なく黙る。勇者一行は私たちの前を通り過ぎて行った。
「ナカコ、ニホンジンって知ってるかい?」
「えと、うん。知っとるけど……」
日本人だけど、それがどうしたんだろうか。そういえばミエコさんが数日前に救世主がどうだとか言っていた。でも私は救世主というよりは魔族側な気がするんだよね……エメレンジャーとかで。
「黒髪に黒目の者はニホンジンだとか言って、魔王討伐に無理やり連れて行かれてしまうかもしれない」
「えー?」
「ナカコは知らないのかもしれないけど、ナカコみたいな容姿の子は少ないんだよ。黒い髪に黒い瞳なんて滅多にないんだから」
そう言えば皆様カラフルでいらっしゃるというのに、黒髪はあんまり見ない。今までのお客さんでも黒髪の人を一人見たか二人見たか……。でもそれだけで日本人だと言われちゃ迷惑でしかない。
「誰が本当のニホンジンか判断する方法があるらしいけど、それが明らかにされたことはないんだ」
「へぇー」
現代日本人でもないと知らないことでも聞くのかね。たとえば今の総理大臣は誰だ、とか。――頻繁に代替わりしてるから意味ないな。新聞社の名前を一つ挙げよとか。クラスメイトに家ではスポーツ新聞しかとってないとか言う凄い子もいたけど、新聞の名前なら誰でも一つは挙げられるはずだし。
「じゃあ大人しくしとった方がエエんやね」
「うん」
軟派な兄ちゃんというイメージだったコウイチさんが、ちょっと恰好良く見えた。
でも。勇者一行が城主の屋敷に入ってから一時間もしない間に、この砦の中で暮らす黒髪の少女を全員集めろという命令が下された――
がらんどう:どんでん返しのどんでんと同意。舞台用語。