21・魔王=中高年のサラリーマン
いよいよ魔王討伐隊がこの村に来るのだとか。勇者たちの歩みは亀さんなのか、意外。明日明後日あたりには到着するらしく、街は完全にお祭り騒ぎだ。やっぱり祭りとなるとどの国でもどの人種でも財布の紐が緩くなるもんで、ピザトーストとかの総菜パンの売れ行きが普段の倍以上に膨らんでお店側としてはウッハッハと高笑いしたいくらいの儲けが出てる。その代り忙しさも倍増で、今みたいにピザトーストをせっせと用意しなきゃいけないんだけど。
「どんな人が来るんやろなー? かっこエエ人やったらええなぁ」
私個人としては醜いよりは格好良い方が嬉しい。魔王の顔がどんなのかは知らないけど、やっぱり美形が剣をふるう姿を見たいじゃないか。この世界の一般的なセンスをこの数週間で学んだけど、どうやら日本のわびさびなどどこの異文化だと言わんばかりで「キンキラキンこそ一番!」という感じだった。――まあ、日本のあの寂れたものをこよなく愛する文化は、大仏に付けた金箔がはげるのと共に花開いていったものだけども。
『シロちゃん、ゆーしゃイヤ』
『金ちゃんもゆーしゃ、きらいっ!』
なんだかんだ仲の良い二匹――じゃなかった、二人がオーブンの上でゴロゴロと芋虫のように伸びたり縮んだりしながら言った。何をしたいのか凄く気になる。
「へー、二人は勇者嫌いなんや?」
精霊魔法は魔の術と言って人間に忌み嫌われてるけど、精霊からしたら言いがかりも甚だしく腹が立つのだろう。それに精霊はほとんどが魔族側にいるというから魔族を殺し魔王を倒そうとする勇者が嫌いなのかね。
『精霊は思われないと死んじゃうのよー』
ミズキちゃんがティンカーベルみたいなことを言い出した。なるほど、思ってもらえないと死ぬというなら勇者が嫌いな理由がよく分る。
「勇者は魔族を殺すからなぁ」
信仰により生き延びている精霊が、信者を殺す人間の代名詞である勇者を嫌うのはもっともだ。
「せや。本当に基本的な事やねんけど、なんで人族と魔族は争っとるん?」
そういえば基本的な部分をすっかり抜かしてたけど、魔族と人族が争う理由って何なんだろうか。今までこの街で数週間過ごす間、魔族の襲撃なんて一度もなかった。魔物も来なかったし、門番のマサキさんたちだって「一応見張り番をしている」という程度で緊張感なんてさっぱりなかった。城外に出ても心配されなかったからここらの治安は良いのだと思う。
魔族の国に一番近い街なら――なんでこんなに平和で安穏としていられるんだろう。魔族が敵だというなら、ここは国境線で熾烈な人魔の戦いが繰り広げられていて当然じゃないのだろうか。
『魔王がムキムキモリモリしてるからなの!』
寡黙なツッ君、オーブンの中で火加減を見てくれてるひーちゃんに代わり、表現が時空を飛び越えたシロちゃんが説明しだした。ちょっと、ミズキちゃん説明して。それかツッ君お願い。
『不安だからよー』
「ブルータスお前もか」
『ミズキよー?』
「ううん、もうエエ」
ヒントが少ないというか5W1Hがない説明にちょっと泣きそうだ。ツッ君が何か言いたそうにしてるけど、ちょっとショックが大きすぎて今は聞けないよパトラッシュ。
魔族の存在で不安になるのは人族だけだろうとは思う。でもそれが魔王討伐にどう関係があるんだろうか? 魔族は私が見る限り森の奥に引っ込んでるから脅威だとは思えないし、わざわざ行って倒しに行く必要性がないように思える。なら魔族のいる場所に何かがあるということだろうか? たとえば聖地。エルサレムを奪取しようと十字軍が何回も行って散って行った。魔王を倒せば魔族の国の中枢はガタガタになるだろうし、聖地を奪うには楽になるだろう。でもそれなら「勇者一行」を送り出す意味が分らない。大軍を率いて攻め込む方がより確実なはず。
ツッ君を上目づかいに見上げればコクリと頷くツッ君。ツッ君格好良い。
『人間は魔族が怖いから、攻め込まれないかいつも不安……だから時々こうやって魔王を倒しに行く』
「攻撃は最大の防御である」か。魔族と魔王にとっては傍迷惑でしかないね。
『ここ何代もまおーは力使えない。そのまま殺される』
「うわぁ……」
魔族の身体能力がどんなのかは知らないけど、力を使えない者に討伐隊(隊と言うからには複数人数)で取り囲んで集団リンチ――討伐隊最低だ! 魔王可哀想!
『だいたいのまおーはそこで死ぬことを選ぶ。生きてても良いことない』
「なんてこった……」
嫌なことを知ってしまった……これじゃあ討伐隊に笑顔を振りまくことなんて無理だ。無抵抗の魔王(イメージはくたびれた中高年のおじさん)を嬲り殺す勇者ズ(イメージは現在の若者たち)とか、キレやすい若者のイメージがこびりついて離れない!!
嫁には役立たずと文句を言われ、娘からは「お父さんと私のパンツ一緒に洗わないで」と汚物扱いされ、高校生になったばかりの息子は睨みつけてくるばかりで会話がない。疲れ切った中高年のサラリーマンは偶然街を暴走する少年たちに絡まれ、おやじ狩りと称したリンチに遭い――死亡。最後の言葉はきっと「もう、生きるのに疲れた……」。
ヤベェ、魔王が可哀想過ぎて目の裏が熱い。コップの水をぐいと飲み干し口元を拭う。
「魔王、助けられんもんやろか……。あまりに不憫や」
生きていればきっと良いことがある。たとえば娘の結婚と初孫、たとえば息子との和解と話題の共有。
天井を見上げながら言ったその言葉にツッ君たちは顔を見合わせたちょうどその時、オーブンからひーちゃんが出てきてピザトーストが焼きあがったのを告げた。
今回もエメレンジャー(ひー不在)のターン! ちょっとばかり心情の部分が長く周囲の描写が少ないですが、魔王の置かれている可哀想な環境を書きたかったので満足です。
次は軟派(?)な彼・コウイチさんのターン!――になる、はず!