16・そうだ、焼いてしまおう
おばちゃんの名前はマリさんで、おっちゃんの名前はヨシキさん。名字はない。田中だったら良かったのに。ただ名字の代わりに「ブーケ村の」と付くのが一般的なんだとか。レオナルド・ダ・ヴィンチと同じようなもんだね、あれもヴィンチ村のレオナルドって意味だから。
「ナカコ、ピザの売れ行きが凄いわ」
台所でピザトーストを焼いてる私のところに、カウンターで売り子をしてるマリさんがニコニコと笑いながらやって来た。そりゃそうさ、ピザトーストは現代日本のパン屋さんでも人気な総菜パンの一つだぞ。
「あ、そうですか? 良かった」
そういえばトマトって夏場の果物だよな冬とかピザソースどうしよう、と思ってたらアラびっくり。心配は無用だった。
この世界には魔法が発達してるとかでハウス栽培が行われているから、年中季節の野菜の収穫があるとのこと。現代的なのか中世並みなのかどっちだ。
「ナカコのおかげで繁盛してるわ、有難うねナカコ」
それにしてもこのおばちゃんは、私のことをおかしいと思わないんだろうか? どこから現れたやも分からない不審人物――児童?――を気軽に引き取り、今まで見たこともない料理をするのを変に思いもしない。おかしいと思えよ、とは引き取ってもらった手前言えないけど、マリさんはもう少し疑うことを覚えるべきだと思う。
「おばちゃんが喜んでくれて私も嬉しいです」
無難な返事を返して笑めば、なんて良い子なの、と抱きしめられた。引き寄せられた瞬間息を吸い込んで、背中をさすられる間中息を止めて耐える。もう条件反射になって来たよこれ。
「無理をしちゃ駄目よ、まだ病み上がりなんだからね?」
「はーい」
良い子の返事をすればマリさんは仕事に戻るわねと出て行き、私は手を振って見送った。
「さて、シロちゃん金ちゃん。あんたら何しくさっとるんや? 聞かせてんか?」
私が必死に背中に隠してたところでは、パンの表面に転がってピザソースまみれになってるシロちゃんと金ちゃんがいた。どや顔で私を見上げてるが、一体何をしてるんだこの幼児。
『ソース広げてるの!』
『金ちゃん偉い子!』
「さよか」
パンの上に乗るのを躊躇って静観してたツッ君に涙が出そうだ。ついでにひーちゃんは今オーブンの中で焼き加減を見てくれてるから不在。ミズキちゃんは「あらまあ」とか言いながらニコニコしてる。真面目なのはひーちゃんとツッ君だけだ! なんたること!
「あんな、マリさんにはあんたら見えへんねんからな、そこらへん分かってる? ピザソースが自然に塗られてったら心霊現象やっちゅーの」
『シロちゃんお手伝いしたぁー』
「それは手伝いやないっちゅーの」
『金ちゃん悪くないもん、ナカコ分からずや!』
「私か、私が悪いんか」
どうやらこの世界では魔法が発達してるとは言っても『精霊魔法』はさっぱりなようで、丹田あたりにあるとか言う魔力を精製して魔法を使うのが主流なようだ。それに精霊魔法は魔族が好んで使うから嫌われてるらしい。
つまり。その精霊さんと仲良くしてる私は、魔族として「オレ殺ス、オマエ死ヌ!」とか言いながら殺される可能性がある。なるべく疑われる要素はなくしたいのだ。
てかさ、精霊と仲良くしてるってことは私、魔族側なんじゃないの? 私は「魔王だったらどうしよう、フヒヒヒ」とか言うタイプじゃないから魔王だろうが勇者だろうがどっちでも良いんだけど、もしお迎えが来たとしたら、何故すぐに迎えに来なかったか拳で語り合う必要がある。
「シロちゃん、金ちゃん、そこの桶で体あろてき。人が見たら人型に浮かぶピザソースに見えるからな」
『やっ! シロちゃんまだお手伝いするっ!!』
『金ちゃん偉いから手伝うっ!』
「……えいっ」
もう面倒だから一緒に焼いてしまえ。私は二人の上からピーマンの輪切りとウィンナーソーセージ、チーズを乗せてオーブンに突っ込んだ。
マリさんとヨシキさんって名前しか出てこないなぁ。そのうち――出るんだろうか?