12・ブレイクファスト
ベッドでの安眠を堪能し、日の出とともに起床する。夜遅くまで起きて歩くのが危険なら早朝から歩けば良いじゃない! ということで、早寝早起きがこの十数日の間に習慣になったのだ。
起き上がれば掛け布団の上に寝転がってたシロちゃんと金ちゃんが転がり落ちる。幼稚園児がお遊戯でするどんぐりころころっぽくて可愛い。にしてもここまで転がされて起きないってどんだけ寝汚いんだ。
『……おはよ』
ツッ君が凛々しい顔で起きた。目がしょぼしょぼしてるから台無しだ。
「おはよツッ君。眠そやね」
ミズキちゃんが欠伸を一発かまし、ひーちゃんが口を一文字にして目元をこすりながら起き上がる。
「おはよミズキちゃんひーちゃん」
『良く寝たわー』
『ん』
シロちゃんは丸くなって、金ちゃんは大の字になって寝たままだ。起きろよ。
街を目指して歩いてた時は寝ててもカバンに入れたりして起きるまで放置してたから気にならなかったけど、こう――歩く必要がなくなると起きないのが気になる。
「シロ助、金太郎、起き」
もうシロ助と金太郎で良くないか。こっちの方が呼びやすいんだけど。
『ぷむむ……』
『あと二時間ー』
シロちゃんは意味不明な寝言を、金太郎はテメー今すぐ起きろと言いたくなるような迷い言を言った。
「うーん……。三人とも、シロちゃんと金ちゃんを起しといてんか? 家の人に挨拶してくるから」
『分った』
『分ったわー』
『了解』
ツッ君は固い――もう少し打ち解けてくれたら良いのに。エレメンジャーに恰好良さを求めても微笑ましいだけなんだけどな。要素戦隊って言うより萌えプチ戦隊って感じがするし。
室内は質素で、衣装箪笥が一つとベッドがあるだけで生活感がない。客室なんだろうか。そしたら土埃で汚しちゃったのが申し訳ない。後で洗わなきゃ。
扉を開ければどうやら二階建てか三階建てらしく、端に階段があった。ふわりと香ってくるパンの匂いにお腹が盛大に鳴る。最後に炭水化物を摂取したのは六日前です隊長。
「パーマパーマパーマーン、僕を呼んでる声がするぅ」
来てよパーマン、私のところへ。でもパーマンよりは某頭がアンパンなヒーローに助けて欲しいですな。炭水化物と糖分、そして食物繊維も摂れる優れ食品ですぜアンパン。凄いよアンパン、恰好良いねアンパン、流石だアンパン。
歌いながら階段を降り、美味しそうな香りの発生源を目指し廊下を進む。奥さんと旦那さんらしき声が聞こえるからそこを目指すのが妥当だろ。
カンカンカンカンカン! とノックをして扉を開ける。確かヨーロッパではノックは四回が正式のはず。ベートーベンの『運命』で有名な「ダダダダーン!」というのは運命が扉をノックする音からきているとか――日本人からすれば少ししつこいようにも思える回数だけど。
「失礼します」
そう声をかけて中を見回せば、どうやら鋭意パン焼き中だったらしく窯の前で汗を垂らすおっちゃんと、パン生地捏ねてるおばちゃんがいた。見た目四十代。でも実年齢がそのとおりかは分らないからどうとも言えない。
「あらっ、起きたのね!」
「おお! 起きたのか、良かったな、なあマリ!」
「ええ。私、この子に朝食上げてくるわねヨシキ。貴方、一緒に来て頂戴」
何故だろう。見るからにコーカソイドの顔した旦那さんと奥さんが和名って……。これはアレか? 言葉が分るから名前もそういう風に脳内変換されてるのか? 私は日本語以外話した覚えがないんだけど。
マリさんと言うらしい奥さんに連れられてまた廊下に出る。向かったのは居間で、バスケットに入ったパンとお水を出された。
「お食べなさい、そんなにやせ細って……。話すことは後でもできるから食べてお腹を膨らませてね。私はまたあっちにいるから食べ終わったらいらっしゃい」
「あ、有難うございます」
頭を下げればにっこりと笑ってごゆっくり、とマリさんは出てった。
居間は四人掛けのテーブルと四脚の椅子が真ん中に鎮座し、壁にはパッチワークのタペストリー、東に開いた窓から朝日が差し込んでる。食器棚は四分の一が食器を占めてはいるけど残りはほぼ他のもの――たとえば花瓶とか鍋とかフライ返しとかが占領してた。食器棚と言って良いんだろう、きっと。だって食器が入ってるんだ一応。
椅子を引いて座り、パンを手に取った。柔らかいロールパン。一口サイズに千切るのも面倒で、またパン屑が出るのがもったいなくてかぶりつく。
美味しい――焼き立てじゃない、きっと昨日焼いたんだろうパン。もうとっくに冷めてるのに何故か熱くて、口の中が火傷しそうなくらい熱かった。鼻水が出る。視界が揺れる。きっと、この世界のパンには強力なワサビが入ってるんだ。だから鼻も目も熱いんだ。
コップの水を呷りパンを流し込む。
ワサビはまだ、口の中で残ってるらしかった。
湿っぽい話第二弾。