01・傘をさせば異世界
駄文書きの自覚があるので、それでも付き合ってやんよ! と言ってくださると幸いです。
その日は台風が来ていて、暴風警報が出るんじゃないかってくらい風が強かった。雨も嫌がらせのようにコンクリを叩いている。だというのに注意報どまりとはどういうことだ。休校になるのを願いながらテレビの前でスタンバってたというのに、学校に遅刻するかしないかというギリギリの時間になっても注意報は注意報のままだった。
「仲子、遅刻すんで」
「うい、分ってるよ。警報やないし休校にならんことくらい分ってます」
母さんが漫画から顔を上げて時計を指差した。のだめカンタービレも嫌いじゃないって言うか好きだけど、私は動物のお医者さんとかもやしもん派。クラシックの曲名なんて分んないし覚えられないのに対して、獣医とかバイオの知識はどっかで使えるからね。まあそれだけが理由ってわけじゃないけど。
仕方なしにカバンを掴んで玄関に向かう。いやもうホント、なんで警報にならないのか不思議なくらい雨風強いんだけど。学校に着く頃にはびしょ濡れになるだろうし、タオル持って行った方が良いかも。居間から玄関への廊下の途中にある洗面所に半身を突っ込んでタオルを一枚取る。弁当の入ったショルダーバッグに押し込んで制靴を履いた。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、気い付けーやー」
もはやテンプレの挨拶を交わして玄関を出れば、横殴りの暴風雨。まだ家の敷地内から出てさえもいないのに憂鬱だ。母さんが許してさえくれれば喜んで学校を休ませて頂きたい。休みたい、と言うより休むべきだ、と思うんだけど。
幸せが逃げるため息を吐いて傘立てからジャンプ傘を取った。つい最近買ったばかりの新品で、制服がモノトーンカラーだからそれに合わせて真っ黒だ。こういうのをコウモリ傘って言うんだよね確か。
「これって夜道危険やんな、今考えると」
明るい色合いの傘を買うべきだったと後悔してる。これじゃあただでさえ雨で視界が制限されるのに、黒いから闇に溶けちゃうだろう。車にはねられてあの世逝きなんて痛そうだし怖い。今度新しいのを買おう。出費痛いけど買おう。
脇に制カバンを挟んで傘を開く。視界いっぱいに広がる傘の内側、手首を捻って頭上に掲げればそこは――見知った玄関前じゃなかった。
切り立った崖から見下ろせば地平線まで広がる広大な森。右手前から左向こうに走る幅広の河は澄んで青く、中天に差し掛かる太陽の光を反射して輝いている。――おかしいな、私が踏んでたのは土じゃなくてコンクリのはずなんだけど。玄関から二歩も歩けば門扉に着くくらい狭い住宅の敷地内にいたはずなんだけど。こんなネイチャーな環境、今まで来たことも見たこともないよ。
雨も降ってないのに傘を差してるなんて変な気がして、カバンを地面に置いて傘を閉じた。学校の制服はリボンタイとカラー以外は真っ黒なセーラー服だ。スカート丈は膝下十五センチというロングスカートで規定の靴下は白。白と黒というシックな色に惚れて受験したから私はこれで大満足なんだけど、中には陰険そうに見えるとか可愛くないとか言う子もいる。好き好きだと思う。
「どこやねんここは……」
別のことを考えて逃避するのは止めよう。先ずは現実を受け入れることから始めようじゃないか。あっはっはっは、ここどこよ。
「日本国内――じゃないのは確か、やな」
極彩色の目に痛い鳥が首を絞められたような鳴き声を上げながら飛んでいるのを見て、日本国内じゃないことは分った。こんな鳥が日本にいるもんか。周りを見回せば私はどうやら突き出た崖に立っているらしい、後ろには鬱蒼とした森が広がっている。街はもちろんのこと人家などある気配もない。
キョロキョロと周囲を見渡すうちに顔から勢い良く血の気が引いて行くのが分かった。何故なら、
「どないせいっちゅーねん」
森からは見るからに獰猛な肉食獣が現れ、私に向かってまっすぐ歩いてきたから。