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原典:無題  作者:
紫煙の夜に沈む
3/7

ep.03

 ──仁さんの息子のわんちゃん。

 改まって言葉にすると、なんとも愉快な文字列だ。

 仁の息子──是永美咲(みさき)のわんちゃんというのは、三兎月(みとつき)紅々縷(くくる)のことだろう。一度だけ、美咲の腕に絡みつくように抱き着いた彼女を見たことがある。俺と同じ真っ白い髪に、真っ赤な目を持った女。とはいえ、俺と違って彼女の色彩は生まれつきのものらしいが。

 一度、自宅に戻り、デスクチェアに深く腰を下ろす。体重を預けると背凭れが小さく軋む音がした。

『はろはろー! いっくん、聞こえてますか?』

 イヤホンから聞こえてくるやかましい声に眉が寄る。うるさい、と伝える代わりに指先でイヤホンを軽く叩く。

『聞こえてるようならなによりですよう! 居場所がわかったら教えてくださいね。それまで、水瀬ちゃんは適当にぷらぷらしているので!』

 了解の合図にイヤホンをひとつ叩く。これで、暫く甘ったるい女の声を聞かずに済むだろう。

 片膝を立てるように座り直し、キーボードに指を走らせる。外で何か見つかれば、恭から通信が入るだろう。しかし、彼女が何もかもを伝達するとは限らない。モニターの端っこに、彼女に持たせた小型カメラの映像を出しておく。今のところ、彼女は言葉のとおり、夜の街を歩いているだけのようだ。

 人を探すのなら、実際に街を歩き、人に話を聞くのがいいのだろう。ドラマで見る警察も、そうやって捜査をしているのをよく見る。だが、そんな聞き込み調査なんて地道な作業をするのは御免だ。この街には、多くの目がある。その全てをクラッキングし、映像を盗み見たほうが早いに決まっている。カメラの行き届かないところを見るのが、恭の役割だ。

 探すのは対象者本人と、紅々縷が狙っていると思われる女性だ。

 仁から渡された写真を机の上に並べる。高瀬(たかせ)沙織(さおり)──目立った特徴はない。何枚か角度を変えて見ても、群衆に混ざればすぐに見失う顔だ。

 美咲と同級生の女だ。モニターを埋め尽くす数多の映像を眺めて、彼女の姿を探す。

 どうして、高瀬はこの街に戻ってきたのだろうか。凰龍会との約束を破ることが、どれほど愚かなことか、この女だって理解しているはずだ。

 ポケットから取り出した煙草を咥え、ジッポで火を灯す。煙を深く吸い込み、一拍置いてからゆっくり吐き出した。

 イヤホンは沈黙しており、恭にも目立った変化は見られない。

 ──高瀬沙織はともかく、三兎月紅々縷は目立つと思ったんだけどな。当てが外れたか?

 紅々縷の行動を分析するために、既に知っている情報を改めて精査する。

 彼女と会ったのは、美咲に紹介された一度だけだ。俺の顔を見上げる双眸が澱んで見えたのは、睫毛が影を作っていることだけが理由ではない。仄暗い狂気が、滲んでいたのだ。

 美咲の犬というのは、ただの比喩表現ではない。あの女は、異常なほどに美咲に執着している。美咲の言葉にも、従っているように見えるだけだ。凰龍会の依頼を熟している最中に、ターゲットが謎の失踪を遂げたのは一度や二度の話ではない。しかもそれは、決まって、美咲にとって都合の悪い相手だ。彼を害する相手に対し、紅々縷は止まる理由を持っていない。

 浮世離れしたような雰囲気と、それを裏付けるような掴みどころのない言動。それは、どこか本能的なようで──

 ──まさか、監視カメラを避けて行動してる……?

 だとすると、この方法で俺が見つけ出すのは、難しい。影を捉えても、それは気配が少し察せる程度にしかならない。

「恭。俺も外に出る」

『はーい。いっくんが先に見つけたら、水瀬ちゃんを呼んでくださいねえ!』

 俺の意図を、恭は汲み取ったらしい。それだけではなく、俺の心配までしているようだ。

 妙なむず痒さに、眉が寄る。誤魔化すように浅く息を吐き、ソファの背に放っていたコートに袖を通した。

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