表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

1-7-1

 ニコラス・アプリアは、コート・ダジュールの金箔の扉をすり抜けた。帽子を深くかぶり、肩を丸めたいつもの猫背。


 その背のエンジェルの翼は先端が褐色に染まり、ランプの光でフクロウの影を思わせた。


 彼は帳簿向きの男にしか見えなかった。絹の檻ではなく。ベストとズボンは同じ濃い織物、下に格子柄のシャツ、蝶ネクタイはきちんと結ばれすぎて色気がない。遠目は清潔だが、近づけばインクの匂いと布にしみついた影。ベストに走る金の鎖がかすかに光り、靴が煙をかき分ける。


 ヴィックの部下が二人、左右に付き従っていた。ひとりは重みで沈む革のケースを抱えて。ニコラスは運ばせるだけで自分は指先もかけない。


 ドアのバウンサーが顎を下げた。

「こんばんは、アプリアさん」


 ニコラスは乾いた笑みで応じた。癖であって、温かみではない。


 近くのテーブルで、ジンに酔った常連がグラスを掲げた。

「ニコラス! 一杯やろうぜ!」


 足を止めず、顎髭に光をかすめさせて顔だけわずかに向ける。

「相変わらずだな。仕事中に飲むかよ、俺が」


 老人は笑い声を上げたが、ニコラスはもう進んでいた。


 メインフロアは黄金の灯と香水で膨らんでいた。ニコラスはほとんど目を向けない。流れ作業のように歩を運ぶだけ。


 二人を追い、狭い階段に入る。下のフロアの煙とブラスは遠のき、階段には一本の電球だけ。鉄の籠に収まり、風に揺れていた。


 途中で、彼は足を止めた。


 上からひとり降りてくる。肩幅の広い長身。すでに部屋の寸法を測り終えた者のような、無駄のない静けさ。スーツは地味だが仕立ては確か。灰色の中折れ帽に短く刈り込まれた黒髪。顎は四角く固く結ばれ、殴られても割れそうにない頑強さ。


 ニコラスは身をずらし、狭い階段を譲った。


 男は帽子のつばに指を触れた。挨拶とも言えない、右手のほんの一瞬の合図。もう片方、左手は黒い革手袋に覆われ、だらりと下げていながらも重みを帯びていた。まるで自分の役目を知っているかのように。


 薄明かりの中で、二人の目が一瞬交わる。


 ニコラスはボウラー帽をわずかに傾けて応えた。弱い電球がベストの鎖を照らし、ワニ革の靴が軋んだ。


 ただそれだけのこと。だが残った。認識の重み。

 異なる盤に座っていながら、同じゲームの使い手。


 男はそのまま下りてゆき、足音は下のざわめみに溶けた。

 ニコラスは無言のまま登り、出来事を心の帳簿に一行書き加える。


 廊下がすでに多くを物語っていた。


クララのオフィスにはまだ誰かいた。客か依頼人か、そんなことはどうでもいい。会話の最中の部屋の空気はニコラスには分かる。


だから、ノブに触れる前から声を張った。

「ミス・クララ、いつもの件で来た」


ドアを押し開ける。作り笑いの陽気さ、わざと大きく響かせて、直前の言葉をかき消すように。


一目で絵が描けた。

クララは机に座り、手元にウイスキーのグラス、ボトルは開いたまま。

部屋の中央にはマレクが立ち、サブマシンガンを肩にだらりと下げていた。いつもの持ち場じゃない。何かがあった。ニコラスはそれを見て、胸の奥に留めただけ。詮索はしない。


「金の話になると元気ね」クララは冷ややかに言った。


「誰だってそうさ」ニコラスはにやりと笑い、ソファに腰を落とす。視線が部屋を滑る。赤ワインの跡が残るグラス。灰と混じった小さな染み。クララのグラスは琥珀色、ウイスキー。二つの酒、二つの物語。


クララは机の引き出し金庫に身をかがめ、ダイヤルを回す。


「金を受け取れ」ニコラスは後ろを振り向かずに言った。


連れてきた二人が前に出る。ひとりが空のケースを開き、もうひとりがクララの引き出しから札束を取り出して詰めていく。整然と、素早く。


クララは椅子に戻り、上から札束を一つ取り、真っ二つに割ってマレクに渡す。


「行きなさい」


「はい、ミス・クララ」マレクは振り返らずに出て行った。


「女にでも使うのか、マレク?」ニコラスは笑みを浮かべてからかった。


デーモンの唸り声が答えだった。


ニコラスはクララに目を戻す。

「俺がチェックを回すから助かってるんだぜ、ミス・クララ。ヴィックの金を抜けるのは、あんただけだ」


「気にしないわ」彼女は煙草に火をつけた。


「ヴィックは気にする。最近は……」ニコラスは言葉を宙に残した。


彼女の視線が、机の上のもうひとつのケースに流れた。重すぎるケース。


「気になるだろう?」ニコラスは滑らかに言った。「あれは他の連中の分だ」


クララの唇がわずかに曲がった。

「稼げるようになったってことね」


「この青い楽園に勝てるものはない」ニコラスは答えた。「だが確かに、稼ぎ始めてる。ヴィックの小さな縄張り争いが、ようやく形になってきたらしい」


クララは煙をゆっくり吐き出した。

「愚か者ね」


ニコラスは薄く笑った。

「貧乏な愚か者より、金持ちの愚か者のほうがマシだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ