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アレンは一目で分かった。
エージェント・ドスがテーブル越しに突きつけてきた写真と――同じ顔だ。
ジュゼッペ・ペルラ。
写真じゃ足りなかった。
実物は、街そのものを私物のように歩く男だった。
靴音は静かに、だが確実に響いた。磨き抜かれた革靴。特注だ。雪混じりの路面も汚していない。濡れない、寒くない。街に触れられることすら許さない男。
チャコールのコートは重く垂れ下がり、素材はカシミアか――それ以上か。
片手のグローブが金時計のカフを直す。ただの仕草。時間を見るためではない。見せつけるため。
髪は完璧に撫でつけられ、分け目は外科的精度。
顔の線は鋭く、口元には年季の入った「勝者の笑み」が刻まれていた。
歩きではない――演技だ。
背筋はまっすぐ、目は半開き。顎の角度は「お前に見下ろされる価値はない」と語っている。
葉巻が一本、指の間で燃えていた。吸ってはいない。舞台小道具のように持っているだけ。
そのまま、何も言わずに〈コート・ダジュール〉の中へ消えた。
彼は踊り子を見に来たわけじゃない。
これは「演出」だった――では、誰への?
「おい、兄ちゃん。あの店ばっか見てっとヤバいぜ」
アレンは顔色一つ変えず、わずかに体勢をずらした。手はポケットの中、興味を隠す。
「ちょっと、気になるだけだよ」視線は水たまりに映る建物の輪郭を追う。「この辺にしちゃ珍しい連中が集まってる」
「ハァ? あの首に毛皮巻いた金持ちどもか?」
「そう。普通なら北区か中心街にいるはずだ」
「そりゃ、ヴィックの店だからな」男はくぐもった笑いを漏らし、電柱にもたれた。「特別なんだよ、ここは」
「ヴィック?」
「ヴィカロ・ガロッポロ。昔は“ヴィック・ジュニア”なんて呼ばれてた。親父の売春宿を継いで――禁制前の話な。次は密造酒。地下酒場はすぐ潰れた。まぁ、ありがちな失敗だった」
鼻の脇を汚れた親指でこすった。
「それが今じゃ、通りまるごと手に入れて――ベルベットの宮殿を一夜で建てやがった」
「立派な実業家だな」アレンは通りの向こうに目をやった。
「否定はできねぇな。前はジャンキーとギャングの巣窟だった。銃撃戦も日常茶飯事さ」
ヒビだらけの歩道を指さした。
「今じゃ誰も寄りつかねぇ。まるで呪われてるかのように、な」
「つまりこのブロックは彼の縄張りってわけか。本人はどんな奴なんだ?」
「さあな。俺ら浮浪者には干渉してこねぇ。珍しいタイプのワルだ」
「いい奴に見えるな」
「会ったことはねぇ。でも、そういう評判だな」
「街に食いもんでも投げてんのか?」
男がじろっと横目で見た。
「ギャングに入りてぇのか、あんた?」
アレンは口元にかすかな笑みを浮かべた。
「生き延びたいだけさ」
「なら、聞いて回れ」足元で吸い殻を靴底でねじ潰す。「次の通りに売春宿と酒場がまだある。新入りが要るかもな」
「やってみるさ」




