表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

1-3-3

 アレンは一目で分かった。


 エージェント・ドスがテーブル越しに突きつけてきた写真と――同じ顔だ。


 ジュゼッペ・ペルラ。


 写真じゃ足りなかった。


 実物は、街そのものを私物のように歩く男だった。


 靴音は静かに、だが確実に響いた。磨き抜かれた革靴。特注だ。雪混じりの路面も汚していない。濡れない、寒くない。街に触れられることすら許さない男。


 チャコールのコートは重く垂れ下がり、素材はカシミアか――それ以上か。


 片手のグローブが金時計のカフを直す。ただの仕草。時間を見るためではない。見せつけるため。


 髪は完璧に撫でつけられ、分け目は外科的精度。


 顔の線は鋭く、口元には年季の入った「勝者の笑み」が刻まれていた。


 歩きではない――演技だ。


 背筋はまっすぐ、目は半開き。顎の角度は「お前に見下ろされる価値はない」と語っている。


 葉巻が一本、指の間で燃えていた。吸ってはいない。舞台小道具のように持っているだけ。


 そのまま、何も言わずに〈コート・ダジュール〉の中へ消えた。


 彼は踊り子を見に来たわけじゃない。


 これは「演出」だった――では、誰への?


「おい、兄ちゃん。あの店ばっか見てっとヤバいぜ」


 アレンは顔色一つ変えず、わずかに体勢をずらした。手はポケットの中、興味を隠す。


「ちょっと、気になるだけだよ」視線は水たまりに映る建物の輪郭を追う。「この辺にしちゃ珍しい連中が集まってる」


「ハァ? あの首に毛皮巻いた金持ちどもか?」


「そう。普通なら北区か中心街にいるはずだ」


「そりゃ、ヴィックの店だからな」男はくぐもった笑いを漏らし、電柱にもたれた。「特別なんだよ、ここは」


「ヴィック?」


「ヴィカロ・ガロッポロ。昔は“ヴィック・ジュニア”なんて呼ばれてた。親父の売春宿を継いで――禁制前の話な。次は密造酒。地下酒場はすぐ潰れた。まぁ、ありがちな失敗だった」


 鼻の脇を汚れた親指でこすった。


「それが今じゃ、通りまるごと手に入れて――ベルベットの宮殿を一夜で建てやがった」


「立派な実業家だな」アレンは通りの向こうに目をやった。


「否定はできねぇな。前はジャンキーとギャングの巣窟だった。銃撃戦も日常茶飯事さ」


 ヒビだらけの歩道を指さした。


「今じゃ誰も寄りつかねぇ。まるで呪われてるかのように、な」


「つまりこのブロックは彼の縄張りってわけか。本人はどんな奴なんだ?」


「さあな。俺ら浮浪者には干渉してこねぇ。珍しいタイプのワルだ」


「いい奴に見えるな」


「会ったことはねぇ。でも、そういう評判だな」


「街に食いもんでも投げてんのか?」


 男がじろっと横目で見た。


「ギャングに入りてぇのか、あんた?」


 アレンは口元にかすかな笑みを浮かべた。


「生き延びたいだけさ」


「なら、聞いて回れ」足元で吸い殻を靴底でねじ潰す。「次の通りに売春宿と酒場がまだある。新入りが要るかもな」


「やってみるさ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ